「1本10円」子ども向けスナック菓子の代表的存在として世代を超えて支持を集める「うまい棒」が4月1日出荷分から12円に値上がり。円安と物価上昇が生活にもたらす影響はこれからさらに顕在化してくるだろう。
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最近またよく聞かれるようになった「円安は良いか悪いか」との議論について、筆者としては「総論としては日本経済にプラス、各論ではさまざまな見方があるもののマイナスの意見が多く、(有利不利の)二極化を助長しかねない」というのが最もフェアなスタンスと考えている。
国内総生産(GDP)を計算すれば、「グローバル大企業への恩恵をはじめ全体としてはプラス」と言えるとしても、「値上げなどマイナス面ばかり見えてどこにプラスがあるのか分からない」と感じる市民の数のほうが圧倒的に多く、それゆえにメディアなどでは「悪い円安」が先行あるいは強調されやすい。
例えば、日本経済団体連合会(経団連)の十倉雅和会長(住友化学会長)は4月4日、円安によりエネルギー資源を海外から調達する企業の収益が圧迫される一方、輸出企業は恩恵を受けていると指摘し、「『良い円安』と『悪い円安』は短期的に判断するものではない」と述べている。
これは日本銀行や金融機関各社のエコノミストらが唱える理屈に近く、冒頭で触れた「総論としてはプラス」という見方に類する。
経団連は円安から大きな付加価値を享受するグローバル大企業を中心に構成される組織であり、十倉会長の述べるような意見になるのは当然だ。
そうにしても、総論だけをもって「円安は日本経済にとってプラス」と世論を納得させるのは、現在の世相を踏まえると難しく、各論としてのデメリットあるいはマイナス面も丁寧に扱わねばならない雰囲気が強まっている。
経済・金融の論理だけから考えれば、「円安に良いも悪いもない」というのが正論だ。市場で決まった日本の通貨の適正価格であり、それ自体は良くも悪くも受け入れるしかない。
しかし、デメリットを感じる経済主体が多くなれば、理論的に正しいだけでは何の説明にもならないし、何の解決にもならない。
円安を嫌う経済界の声
経済界からは以下に挙げるように円安を嫌気する声が続々と上がっており、政治に何らかの影響を及ぼす可能性は高まっているように感じる。
経済同友会・桜田謙悟代表幹事(SOMPOホールディングス会長兼CEO、3月29日)
「現在の為替水準が適切だとはとても思えない」「企業によって受け止めは異なるものの、全体として行きすぎとの評価になっている」
日本鉄鋼連盟・橋本英二会長(日本製鉄社長、3月29日)
「(鉄鋼業界など製造業は円安の恩恵を受けるものの)今回はまったく様相が違う」「円安のリスクというのはこれが初めて」「日本がひとり負けしていることの象徴」「大変大きな問題」
日本商工会議所・三村明夫会頭(日本製鉄名誉会長、4月7日)
「海外輸出をほとんどやらない、海外事業をやっていないにかかわらず、中小企業にとって円安はメリットはほとんどない。デメリットの方が大きい。一般の消費者にとってもまったく同じようなことが言える」「円安が輸出企業の賃金引き上げや設備投資につながればいいが、いまは生産も増やせていない。原料価格が上がったため、メリットを受けられない」
ファーストリテイリング・柳井正会長兼社長(4月15日)
「円安のメリットはまったくありません。日本全体から見たらデメリットばかりだというふうに考えます」
上記と多少毛色の異なるのが、日本郵船の長沢仁志社長の発言(3月29日)で、ドル建てで運賃を受け取ることが多い外航海運では「円安はどちらかと言えば追い風」と説明。それでも、円安による燃料高や原料高の影響で経済が悪化する恐れについては「心配している」と、メリットとデメリットの両面に言及している。
少なくとも、経済界には現状を超える円安を望む声は聞かれず、どちらかと言えば嫌気する声のほうが目立つ。
円安の「揺り戻し」は起きるのか
財界の要人からも円安の危うさを指摘する声が上がるなかで、現政権がいつまでも「日本経済全体にとってプラス」の論理で押し切るのはやはり難しいだろう。
しかし、円安による生活の困窮化が政権支持率にまで響く様子はまだない。
デフレ(=物価下落、つまり通貨価値の上昇)を長年の宿痾(しゅくあ)としてきた日本にとって、インフレ(=物価上昇、つまり通貨価値の低迷)は1970年代に経験した2度のオイルショック期以降、体験したことのない事象だ。
いまの円安についても「いずれもとに戻る」という楽観論がまだ根強いのかもしれない。
もちろん、日本の為替レートは(1973年から)変動相場制ゆえ需給に応じて市場で決まり、しかも日本は世界最大の対外純資産国でもあるのだから、これほどの円安が続けば高い確率で揺り戻しを期待できることは間違いない。
ただし、期待通り揺り戻しが起きたとしても、どれほどの水準まで円高になるのかは何とも言えない。
為替には「理論的なフェアバリュー(=適正価格)が存在しない」と言われるが、推計するためのヒントとして用いられやすいのが購買力平価(=ある国である価格で買えるモノやサービスが他国ならいくらで買えるかを示す交換レート)で、その推移をみると、2012年以降のドル/円相場は明らかに切り上がっている【図表1】。
【図表1】日本の購買力平価(1973年基準、黒太線)の推移。2012年以降に注目。
出所:Datastream資料より筆者作成
足もとの水準は、日米英独仏の先進5カ国(G5)が自国通貨の対ドル協調切り上げを決めたプラザ合意(1985年9月)の直前を彷彿とさせる円安・ドル高になっている。
ここまで円安が進んでしまうと、自然に戻るというよりは、何らかの政策的な介入があって、円高の方向に戻される展開のほうが想定しやすい。
現実問題としてこのまま成り行きにまかせた場合、資源価格の高止まりが続く限り日本の貿易赤字は積み重なっていき、そのような状況が円安の要因とされるうちは、円高への戻りも限定的だろう。
失敗を経験するしかないのか
日本では、新型コロナウイルス感染が「第7波の入り口に立った」などと報じられている。
本当に効果を発揮するのか疑わしい(少なくとも証明されていない)行動規制がまた始まるのだろうか。
そうした「慎重な上にも慎重」(岸田首相)な政策が経済成長率の低迷を通じて円安を助長してきた面が相当あると筆者はくり返し論じてきた。
主要7カ国(G7)の(通貨の対外的な実力を測る指標として使われる)名目実効為替相場と成長率の関係性を示した下の【図表2】をみる限り、否定の余地はないように思える。
【図表2】2021年の主要7カ国(G7)の名目実効相場と実質GDP成長率(名目実効相場は12月31日時点)。
出所:Macrobond、IMF資料より筆者作成
このようなコロナ対策と経済成長の因果関係が認識されていないからこそ、やみくもに厳格な行動規制が高い支持を得るのだろう。
食料を含むさまざまな資源の調達に苦しみ、生活に疲弊する市民の不平不満が支配的な状況まで達しなければ、新たな金融政策やエネルギー政策の導入を(注視・検討にとどまらず)決定し、実行に移すのは難しいのだろうか。
結局、国も人間も「失敗を経験することでしか学べない」のかもしれない。
夢も希望もないような言い方で申し訳ないが、あえて現状から前向きな含意をくみ取るとすれば、これから起きる物価上昇とそれに伴う苦痛を通じて、粘着性が強いと言われてきた日本のデフレマインドがようやく払拭される可能性はある。
「物価は上がるものだ」というごく自然な経済現象が、ようやく日本でも発生し、現実に起こりうる事象として認識されようとしていることを、あえて前向きに理解しておきたい。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。