有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部の片桐豪志(かたぎり・つよし)氏。電力、ESG投資・SDGs、地方創生など、主にパブリックセクターのプロジェクトで企画立案から実行までを担う。科学技術イノベーションの社会実装を支援するグループ内横断組織、DTSTの発起人。
デロイト トーマツに聞く「カーボンニュートラル」の現在地。実現のカギを握る日本の科学技術
2050年カーボンニュートラルの実現には、CO2の排出を抑制したり、排出したCO2を回収・貯留したりする技術が欠かせない。実は日本は、カーボンニュートラル関連で優れた技術をいくつも持っているが、社会実装までの道のりには課題も多い。
そこに技術とビジネス、双方の知見を持ち社会実装に向けた一気通貫の支援を行っているのが、デロイト トーマツ グループ(以下デロイト トーマツ)内で2021年に発足した横断型組織、デロイト トーマツ サイエンス アンド テクノロジー(以下、DTST)だ。
同組織には、自然科学系の専門研究機関や大企業の研究開発部門での経験を持ち、現在はデロイト トーマツのプロフェッショナルとしてビジネス領域の業務に従事しているハイブリッド人材が集まり活動している。彼らから見た日本の科学技術のポテンシャルやカーボンニュートラル実現のための現実解とはどんなものなのか、発起人含む3名に話を聞いた。
日本の科学技術は「世界に誇れる」
気候変動問題を解決に導くには一人ひとりの行動変容が求められるが、単に活動を縮小するだけでは人々の生活の豊かさを維持することは難しい。気候変動問題の解決と豊かさの追求を両立するには、カーボンニュートラル技術によるイノベーションが急務だ。
世界ではカーボンニュートラル関連技術の研究開発が進んでいるが、日本も負けてはいない。DTSTのリーダーを務める片桐豪志氏は現状をこう明かす。
「日本は特許数が多く、日本にしかない技術を数多く持っています。
カーボンニュートラル関連では、例えば大気中のCO2を回収する『ダイレクト・エア・キャプチャー』技術や、木材を直接ガス化する『バイオマスガス化』技術はとてもレベルが高い。
実用化にはまだ至っていないものの、海外からも注目されるような先進的な技術の研究が進んでいます」(片桐氏)
ただ、気になる現状もある。アメリカの気候テック専門調査会社クリーンテック・グループが毎年発表している、優れたクリーンテック企業を選出する「The Global Cleantech 100」2022年版の中に、日本企業の名前はゼロ。
技術レベルは高いのに、なぜ評価されないのか。一つは「発信力に問題がある」とDTSTカーボンニュートラルチームの齋藤晃太郎氏は指摘する。
「素晴らしい研究をしている人たちは国内に大勢います。しかし、研究者肌でプレゼンやPRが得意ではない方も多い。しかも大学などの研究機関や企業の研究開発部門は縦割りの組織が多く、積極的に発信していかないと外に伝わりません。
その結果、予算がつかずに開発をストップせざるを得ない技術もある。非常にもったいない状況です」(齋藤氏)
有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部の齋藤晃太郎(さいとう・こうたろう)氏。エネルギー・資源分野の環境対応を中心とする政策立案・コンサルティングに20年以上従事。エネルギー・地球温暖化政策、再エネ・省エネなどの次世代技術に精通し、中央省庁の政策立案・実行支援や事業評価のプロジェクトをリードしている。
研究開発組織が、その専門性の高さゆえにサイロ化しやすいのは致し方ない面もあるだろう。しかし、海外では研究機関や研究者、そして社会実装のためのプレーヤーたちをつなげるネットワーク機関があるという。DTSTカーボンニュートラルチームの一人、佐々木友美氏の分析はこうだ。
「例えばCO2を出さないプラントの技術が一つあっても、それだけではビジネスは成立しません。
他の技術と組み合わせて全体をどう設計するか、そのプラントをつくる資金をどこから調達して、製造したものをどう売っていくのか。そこまでパッケージングして初めて技術が社会実装されるのですが、日本にはクリーンテックのプレーヤーをつなぐネットワーク機関があまり存在しません。それも優れた技術が埋もれたままになっている要因の一つです」(佐々木氏)
「理系大学院」「研究開発畑」出身……ハイブリッド人材250人が集まった
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の佐々木友美(ささき・ともみ)氏。2020年に入社し、企業価値評価に加え、企業活動やスポーツチーム、研究施設などの社会的インパクト・経済波及効果分析を担当。DTSTには、科学技術イノベーションの社会実装というテーマに興味を持ち参加。文系出身のバックグラウンドを生かしつつ関係者間のコーディネーションを担う。
研究室で優れた技術が生まれても、外に伝わらずに社会実装されない──。この課題を解決すべく発足したのがDTSTだ。組織ができたのは、片桐氏がグループ内の新規事業公募制度で入賞したことがきっかけだった。
「私自身もともと高専から大学院まで理系の研究畑出身で、研究者がいくら素晴らしい研究をしていてもそれだけでは物事は実現せず、知財戦略やマーケティング、官民との交渉や調整など、ビジネスとのつなぎ役が必要なことを痛感していました。
一方、ビジネスサイドの経験を約10年積んでわかったのは、企業や投資家側からはどこにどんな技術の種があるのかが見えづらいこと。
イノベーションで社会を変えていくには、この間を埋めて実行支援を担う存在が必要で、それは私一人ではできません。デロイトトーマツという専門家集団だからこそ実現できると考えて応募したところ、優秀賞をもらい2021年に事業化しました」(片桐氏)
発足時のメンバーは25人ほどだったが、片桐氏がグループ内を行脚し、理系大学院出身者や元研究者など技術とビジネスに精通したハイブリッド人材が集結。現在、組織は約250人まで拡大し、「宇宙」「量子コンピューター」など分野ごとのチームで活動している。
理系のバックグラウンドを持ち長年エネルギー問題に取り組んできた齋藤氏と国際関係論の観点から気候変動に関心を持っていた佐々木氏は、カーボンニュートラルチームに所属し課題解決に取り組んでいる。
カーボンニュートラル関連の技術を「可視化」する
Shutterstock / shutter_o
では、DTSTは技術とビジネスの溝をどう埋めていくのか。カーボンニュートラルチームの取り組みの一つが「技術リスト」の公開だ。カーボンニュートラル実現に貢献する技術を、「CO2排出削減量」「CO2排出削減コスト」「技術成熟度」といった観点から定量的にわかりやすく整理したもので、2021年9月に第1弾を、同年12月に第2弾を発表した。
「企業が、脱炭素技術を採用したい、投資したいと考えても、これまではどのような技術があり、どう活用できるのか理解しづらい部分がありました。
例えば水素の研究者とアンモニアの研究者がいると、共に『自分たちの技術はすごい』と主張して、優位性を難しい専門用語で説明しようとします。これだとビジネス側は混乱してしまう。そこで有望な技術を同じ尺度で定量化して、比較できるようにしました」(片桐氏)
「この技術リストでは『透明性』と『客観性』を重要視しています。実際のリストを見ていただければわかるのですが、定義、分析項目、作成時のプロセスなどを詳細に公開し社内でも複数回のレビューを行った上でリスト化しました。
企業が技術を導入・投資する際や、政府が有望技術を後押しする施策を検討する際などに『客観的な情報』として活用いただけるよう更新を続けていきます」(斎藤氏)
今後も有望な技術を順次加え、各専門家に協力を仰ぎながらさらに精度を高めていく予定だ。また、その技術領域にどのようなプレーヤーがいるのかといったビジネス側の情報も追加していくという。
科学技術のイノベーションが、これからの日本を変えていく
Shutterstock / metamorworks
優れた技術が可視化されても、ビジネスとしてパッケージングをしないと社会実装は進まない。ここは、もともとデロイト トーマツの得意分野だ。DTSTには、本業でビジネスモデルをつくり、現場でステークホルダーとの調整業務に従事するなど、多種多様なスキルを持つメンバーが揃っている。理系のバックグラウンドがない佐々木氏も、ステークホルダーのコーディネートで力を発揮している。
「ステークホルダーは研究機関や企業、官公庁、そして市民団体と多岐に渡ります。それぞれの言語や視点があり、考えを翻訳しながら一つひとつ合意形成をしていくのは決して簡単なことではありません。デロイト トーマツ内の知見を活用しながら、有機的に各者をつなげて実装を後押ししていきます。
そして『カーボンニュートラル技術を使った製品がかっこいい』『購入したい』など消費者の行動が変わるところまでみなさんと一緒に進めていきたいですね」(佐々木氏)
DTSTが発足して1年強。現在、カーボンニュートラル技術の社会実装に向けて複数のプロジェクトが動いているが、片桐氏は確かな手応えを感じている。
「技術の実装に必要なのは、技術の深い知識、ビジネスへの精通、そしてステークホルダーやメンバーを率いる強いリーダーシップの3点で、それができるのがDTSTだと思っています。
一つの技術が社会実装されるまでには5~10年かかることもありますが、すでにマイルストーンを達成したプロジェクトもいくつか出てきました。さらに実績を積み重ねて、カーボンニュートラル実現の道筋を見せていきたい。
大げさではなく、これからの日本を変えるのは『科学技術のイノベーション』だと信じています。イノベーションの種をつなぎ、ビジネスとして実装する。イノベーションで社会は変えられるということをみなさんに示していくつもりです」(片桐氏)