テスラの上海工場も3月末以降稼働が止まっている。
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上海でゼロコロナ政策による封鎖が長期化し、経済停滞の懸念が高まっている。国家統計局が18日に発表した2022年1-3月のGDPは4.8%のプラスだったが、3月の社会消費財小売総額が前年同期比、前年比いずれもマイナスとなるなど、失速が数字にも現れている。
上海やその周辺都市には自動車の部品産業が集積しており、他の地域で操業するメーカーのトップらが危機感を表明し始めた。
小競り合い、当局幹部の自殺……大混乱の市民生活
「食べ物のことばかり考えている」
日本人も含め、上海で生活する人々の多くがこう話す。3月28日から東西に2ブロックに分けて始まったロックダウンは当初は4月4日までのはずだったが、感染が増え続けたため延長された。
封鎖中は市から週に1回食料が配給されるがそれでは足りず、集合住宅の住民でまとめて生活必需品を調達する共同購入が命綱だ。封鎖が延長された直後は、食料不足への不安と終わりの見えない現状へのストレスで、あちこちで小競り合いやトラブルが発生し、12日には上海市虹口区の衛生当局幹部がオフィスで自殺した。
11日に封鎖の一部が解除され、14日間陽性者が出ていない地区は外出が認められるようになったが、半分以上の地区は封鎖が続いている。外出が許可された地区も陽性者が出ればまた封鎖されるため、自由に外出できる雰囲気ではない。
日本企業「銀行封鎖で決済もできない」
封鎖された団地の門付近で、食料の配達を待つ住民たち。
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世界有数の都市が封鎖され市民生活の混乱に注目が集まっているが、より長期的な影響を及ぼしそうなのが、行動制限による経済活動の麻痺だ。
世界のiPhoneの約3割を生産する台湾・和碩聯合科技(ペガトロン)は上海市と江蘇省昆山市の2工場の稼働を停止し、MacBookの組み立てを請け負う台湾・広達電脳(クアンタ)も13日に上海の工場を止めた。テスラも上海工場の稼働を3月末から3週間にわたって停止している。
独フォルクスワーゲンは、中国国有大手の上海汽車との合弁会社の上海工場を4月1日から5日まで停止すると発表したが、操業再開はアナウンスされていない。
外出制限で従業員の出勤が難しく、物流も止まっているため、ユニクロや無印良品、ローソン、セブンイレブンの上海市内の店舗も15日時点でほとんどが休業している。
無印良品を経営する良品計画は14日、2022年8月期の連結純利益が前期比20%減の270億円になる見通しだと発表した。国内で衣服や雑貨が苦戦していることに加え、中国のゼロコロナ政策に伴う行動規制が一段と強まり、経済活動が当面停滞すると見込まれることから、同国の収益見通しを引き下げた。
上海日本商工クラブが4月9~12日に役員企業を対象に実施した調査では、「銀行が封鎖されているため、押印書類が必要な従業員への給与支払いや取引先への支払いなど決済業務ができない」「ロックダウンにより、製品の生産・納入ができず、他地域の同業者にシェアを奪われ始めた」「食料不足に対応するため、会社で食料品を調達して従業員に配達した」と声が上がり、事業のさまざまな面に支障が出ていることが浮き彫りとなった。
上海封鎖は習主席の意向か
中国はウイルスとの共存を徹底拒否するゼロコロナ政策で、2020年4月から2年弱にわたってコロナを抑え込んできた。特に上海は武漢のパンデミックの時もあまり感染が広がらず、世界でデルタ株が流行している時期も、ほぼ日常を保っていた。
だが、感染者が出ると即時に商業施設や住宅エリアを封鎖するゼロコロナ政策は、2021年後半以降、ただでさえ規制強化で振るわない中国経済のさらなる重しになり始めた。
ウイルスが変異を繰り返す中で、強硬策一辺倒のゼロコロナ政策の弊害が目立ち始めたことを意識してか、李克強首相も3月に「変化に速やかに対応しつつ、物流や人の行き来を少しずつ正常化していく」と述べ、規制の緩和を示唆した。
だが3月から上海で感染が広がると、アジアの経済ハブである同都市でも食料の供給が滞るほどの封鎖が実行された。習近平主席ら北京の政治トップらの指示とされ、経済界からは批判の声はほとんど聞かれなかったが、産業全体への打撃を危惧した自動車業界の若手・中堅経営者がついにSNSで声を上げ始めた。
欧州の部品工場集積する上海
世界のiPhoneの6割を生産する鴻海の鄭州工場では、稼働に影響が出ないよう多くの従業員が泊まり込みで勤務している。
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新興EVメーカー小鵬汽車(Xpeng)の何小鵬CEOは14日、ミニブログのウェイボ(Waibo)に「上海とその周辺のサプライヤーが生産再開できなければ、5月は中国の全ての自動車メーカーが稼働停止に追い込まれるだろう」と投稿した。同社の主力工場は広東省にあり、現時点では稼働に支障は出ていないが、部品調達ができなくなることへ危機感を強めている。
翌15日には通信機器メーカーであるファーウェイの余承東(リチャード・ユー)消費者ビジネスグループCEOが、「上海の生産再開が遅れれば、同都市にサプライチェーンを持つ全てのテック企業、メーカーが生産停止を余儀なくされる。特に自動車産業は深刻だ! 経済損失、代償は大きい! 一部の企業は既に上海ロックダウンの影響で部品が調達できなくなっている」と投稿した。
2人の投稿は、テック・経済界で大きな話題を呼び、物流麻痺の影響が全国、とりわけ自動車産業に及んでいることに注目が集まった。
上海、江蘇省、浙江省が位置する長江デルタ地区は、自動車産業の一大集積地で、完成車メーカーの工場だけでなく、欧州の部品メーカーや研究開発拠点も集中している。ドイツのボッシュは中国本部を上海に置き、上海から距離が近い蘇州、無錫両市で部品工場を運営する。
上海の封鎖によって周辺の物流価格が高騰しているほか、上海以外の地域でも貨物トラックの運転手など物流関係者に日々のPCR検査や強制隔離を行う動きも出ている。感染が少しでも広がると高速道路もすぐに封鎖されてしまう。
部品工場の操業停止や物流停滞は、市民生活の混乱やiPhone、テスラの工場停止などに比べると表面化しにくいが、影響範囲はより広く、経済の長期低迷につながる。2020年末からの半導体不足、原材料費上昇による値上げと逆風が止まらない自動車業界は、ゼロコロナ政策によって需要・供給両面でかつてない試練を迎えている。
世間での知名度が高い何小鵬、余承東両氏があえてSNSで発信したのは、ゼロコロナ政策の見直しを暗に求めたと捉えることもできる。
世界最大のiPhone工場エリアも封鎖の危機
工業とIT産業を管轄する工業情報化部や中国人民銀行(中央銀行)も15日、サプライチェーンの正常化に向けて、具体的な措置を発表した。工業情報化部は、自動車や半導体など重点企業の生産を優先するよう調整を始め、人民銀は物流企業向け融資に動き出した。
経済・金融当局の後押しを受け、上海汽車やテスラは18日から生産再開に向け準備を始めた。
ただし、4月中旬以降は蘇州や内陸部の西安、鄭州でも感染拡大による行動制限が始まっており、経済再開で足並みを揃えられるかは極めて不透明だ。
鄭州市では鴻海精密工業(ホンハイ)のiPhone工場などが立地する地区の当局が15日、人や貨物などの出入りを制限した。鴻海の鄭州工場は20万人を超える従業員が働き、世界のiPhone組み立ての半分以上を担っている。
西安市も16日から19日まで、外出制限を行っている。同市では昨年末に感染が拡大し、中国EVメーカーBYDや韓国サムスン電子の半導体工場が生産調整を余儀なくされた。
いずれの都市も、外出・移動制限に期限を定めているが、1週間で終わるはずだった上海の封鎖が完全に解除されるのは5月になるとの見方が増えている。米政治リスクの調査会社ユーラシア・グループは今年初め、2022年の世界の「10大リスク」を発表し、1位に「ゼロコロナ政策の失敗」を挙げた。その予想が日に日に現実味を帯びている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。