ポール・ハンキンが過去10年間、リモートワークを続けながら旅した土地のコラージュ。
Paul Hunkin
いまからちょうど10年前の2012年、コンピュータサイエンスの修士課程を修了したばかりのポール・ハンキンは、旅に出たい自分を抑えきれずにいた。
無線センサーネットワークに関する論文の審査待ちの間、ハンキンにはいくばくかの時間の余裕があった。
彼は衝動的に次のフライトに飛び乗った。ニュージーランド北島北海岸の街、カティカティにある自宅から7000マイルも離れたインドへの旅だった。
ハンキンが自ら「無分別な」バックパッカースタイルと呼ぶこの旅の作法は、さまざまの面倒に巻き込まれる自宅に比べて圧倒的な海外生活の素晴らしさに気づいたときから、彼にとって不変のライフスタイルになった。
「旅先でお金を稼ぐ方法を見つけられなければ、家に戻って両親と一緒に暮らし、そのうち定職に就かねばならなくなるのです」
結論から言えば、ハンキンは首尾よく稼ぐ方法を見つけ出した。ソフトウェア開発者やコンサルタントとして働きつつ、フランスやクロアチア、ブラジル、ケニアなど83カ国を旅してまわることができた。
彼は現在36歳。ポルトガルの首都リスボンを拠点に、これまで同様「無分別な」バックパッカースタイルの生活を続けている。まさに時代を先取りしてきたと言っていいだろう。
ハンキンのように海外で暮らすリモートワーカーの数を正確に把握するのは難しい。
米調査コンサル会社グローバル・ワークプレイス・アナリティクスの分析によれば、パンデミック以前は米企業に勤務する従業員570万人(全従業員の4.1%)が労働時間の少なくとも半分以上をリモートでこなしていた模様だ。
パンデミックを背景にリモートワークを採用する企業が一気に増え、国内のオフィスに縛られなくなった労働者たちはいまおそらく、憧れの「デジタルノマド」生活を夢見ている。
米フリーランサープラットフォームのアップワークは、2021年に米企業の採用担当者1000人を対象に調査を実施。その結果をもとに、今後5年間で4070万人の専門職あるいは知的労働者がフルリモートに移行すると予測する。
リモートワーカーのなかには個人的な理由あるいは物理的・経済的な制約があって海外生活を敬遠する人も多い。
ハンキンはそんな人たちのために、海外を旅しながら働いた10年間の試行錯誤をもとに、次のような5つのアドバイスを提供する。
【1】旅を始める前にお金を稼ぐ方法を見つけておく
飛行機のチケットだけ予約してあとは現地で何とかしようと思っているなら、考え直したほうがいいとハンキンは語る。
「お金を稼ぐために必要になりそうなスキルはすべて、出発する前に身につけておくことです」
ハンキンはニュージーランドの実家にいるうちに、フリーランサーとしてアップワーク(前出)経由でソフトウェア開発の仕事を始めた。海外に出てからもアップワークの活用は続け、(業務実績の)ポートフォリオを充実させて十分な収入を得るのに役立ててきた。
彼のアップワークのプロフを見ると、委託報酬は1時間120ドル、スポットコンサルだと1時間200ドルと書かれてあるが、近ごろはリテーナー契約(=一定期間の専属)かプロジェクトベースでの仕事がほとんどだとハンキンは語る。
アップワークを通じて初めて引き受けた仕事の報酬は200ドルだったが、その後、プロジェクト1件で30万ドルというケースも経験したという。
自身は海外生活に飛び込んでうまくいったものの、これから同じ道を歩もうという人には、オンラインで本当に生計を立てられるのか、実績をつくって確かめてから故郷を離れることを勧めたいとハンキンは語る。
「食えなくなったら人口3000人の小さな街に戻るしかないんだぞ、という覚悟は間違いなく強力なモチベーションになるのですが、これからやろうとする人にはそのやり方はお勧めできませんね」
【2】拠点を持つ
ハンキンはロンドンからバンコクまで毎度異なる都市を3年あるいは4年ほどの活動拠点に定めて世界を転々としてきた。ただし、いずれの拠点でも周辺地域に足を伸ばし、探索の範囲を広げている。
「バンコクとシンガポールの間でかなり長い時間を過ごしたのですが、あのあたりは東南アジアを広く探索するための拠点としてすごく役立ちました。その後、2016年にパートナーとロンドンに移り、北欧をくまなく旅するための拠点にしています」
新たな場所に移ってから落ち着くまでのプロセスは意外に退屈なもので、そのストレスをいくらかでも和らげる方法として、(物理的に常にそこに戻らなくてもいいので)ホームと呼べる拠点を持っておくのがいいとハンキンは強調する。
「(ニュージーランドを出てから)最初の数年間は拠点的な場所はとくに設定せず、あちこち飛び回っていました。それはそれでいいのですが、自分としてはそのうち、新たに足を踏み入れた土地でしっかり根を張ろうと思うと疲れを感じるようになってしまって……」
加えて、住所をある程度の長期間(旅先に)固定することには、納税上のメリットもある。
「一般的に、ある土地に複数年の滞在を続ければ、その国の税法上の居住者になります。私も現在は税法上ポルトガルの居住者ですが、その前はイギリスの居住者でした」
拠点を持つことの効用として、もうひとつ、大型のモニターやエルゴノミクス(=人間工学にもとづいて設計された)チェアのように、旅先では使わないものの気に入っていて手放したくないモノを置いておく場所がどこかにあるのは便利だとハンキンは指摘する。
【3】Wi-Fi環境など必需品が滞在先にあるか確認する
デジタルノマドにとって、滞在先について入念に調べておくことはきわめて重要だとハンキンは語る。
値段の手ごろ感や交通の便の良さといった基本的なファクターはもちろん、仕事をするのに必要なあれこれを忘れてはならない。
ハンキンはエアビーを愛用している。スタンダードなホテルに比べて部屋数が多く、仕事専用の部屋が用意されていることもあるからだ。
また、滞在先で高い生産性を維持するために考慮すべきなのはもうひとつ、インターネット環境。安定したWi-Fi接続が確保されないと、休暇中ならさほど不便を感じずに済むものの、リモートワークが必要な場合は収入減につながりかねない。
ハンキンの実体験としては、中東地域に滞在した際にスカイプ(Skype)やワッツアップ(WhatsApp)を通じたコミュニケーションがブロックされ、クライアントとのやり取りに苦労したという。
「旅先のどこかで何か複雑な仕事をしようと考えているなら、(ネット環境は)大きな問題になるでしょう」
【4】ルーティンを守る
ハンキンによれば、従来的な仕事を離れると、従来的な仕事のスケジュールからも逸脱してしまいがちだが、毎日のルーティンを自らに課し、徹底的にそれを守ることで、新しい環境に気をとられずに済むという。
「私はルーティンの信奉者と言ってもいいくらいです。世界のどこにいても同じ時間に起きて、メールを送り、その日の予定を確認するのが日課です」
クライアントのコアビジネスアワー(営業時間)については、iPadでも電話でもいいから何かしら対応できるようにしておきたいとハンキンは語る。
労働時間は週40時間程度だが、「抱えている仕事や他の仕事との兼ね合い次第で、日ごと、週ごとにまったく変わる」上に、「(世界を旅してまわるなかで)どこにいるか、天気がどうかによっても変わる」という。
滞在先の街の散策を予定している日でも、しっかりルーティンやスケジュールを守り、退屈な仕事を先に片づけるのが重要とのこと。
「すごく退屈な話に聞こえるかもしれません。でも、数日の観光旅行ではなく、(十分な収入を得ながらの)持続可能な旅を続けようとするなら、楽しいことをする前にまず仕事を終わらせる必要が絶対にあるのです」
【5】コミュニティを見つける
2012年、バンコクとシンガポールの二拠点生活を続けるうち、ハンキンは妻のタンチラとめぐり会った。いまでは愛猫のチャッピーも加わって、一緒に旅を続けている。
そんなハンキンも、旅の始まりはひとりだった。
時間帯が異なる場所で働いているとどうしても仕事のソーシャルな(つながりを生み出す)面が失われるので、友だちをつくるには仕事以外で人と会うしかない。
ハンキンによれば、孤独を解消する最も手っ取り早い方法は、他の在外生活者を探すことだ。
「一番簡単に人と会えるのはだいたい外国人コミュニティです。働きながら滞在できるような地域には必ずそこで暮らす外国人のグループがあります」
ハンキンはこれまで主にフェイスブックを通じて国外居住者グループを探してきたが、最近は国外居住者向けのスラックチャンネルにも参加した。
また、現地のコワーキングスペースの席を使ったり、カフェでノートパソコンを開いたりするのも、地元人を含めて同じような意識の仲間に出会う良い方法だという。
(翻訳・編集:川村力)