個人からも、ニッチな工具を扱うECとして知られている。20年前の創業当初はFaxでの注文が全体の約7割を占めていたが、2019年時点ではWeb注文が約9割になっている。
撮影:Business Insider Japan / モノタロウ
「工具業界のアマゾン」とも呼ばれ、製造業向け工具販売による売上が約1900億円(2021年12月期時点)の事業規模に成長しているモノタロウ(MonotaRO)。時価総額は1.2兆円(4月22日時点)、この2年で株価が1.8倍(2020年3月2日と2022年3月1日、終値ベースの比較)になるなど快進撃を続けている。
中小企業や建設の「現場」を支えるニッチなECというイメージの一方、IT業界においては、徹底的なデジタル化やデータ経営で効率化を進める企業としても知られている。
4月20日からは、新たな物流倉庫「猪名川ディストリビューションセンター」(兵庫県)も開設し、自動化と、長年培った情報システムによる連携を強みに、拡大を続けている。
1800万点を越える膨大な商品の取り扱いや、業界最大規模をうたう当日出荷体制はどのように実現されているのか。
その裏側を支える「物流テックとしてのモノタロウ」の姿を取材から探った。
モノタロウを支える物流ITはどうやってできたか
新たな物流倉庫としてこの4月に開設する「猪名川ディストリビューションセンター」。モノタロウが運営する最大規模の倉庫になり、延べ床面積は18万9000平米。在庫能力は60万点。
写真提供:モノタロウ
「物流センター」というとダンボールやコンテナが並び、作業員やフォークリフトがせわしなく動き回るイメージをお持ちではないだろうか。
自動化が進んでいる物流倉庫では、作業員は目の前に運ばれた箱から目的の商品を受け取るだけで済む。モノタロウも例外ではなく、自動化された物流センターを運営している。しかし、もちろん当初からそうした「ハイテク物流」で動いていたわけではなかった。
モノタロウの幹部の1人はこう語る。
「私が入社した2014年時点では、紙に印刷されたピッキングリストを持って人間が台車で商品を運びながら、手で梱包していました。尼崎物流センターに異動後、ピッキングリストが紙からタブレットに変わり、一部に自動倉庫と自動梱包機が導入されています。
2015年からは関東の物流センター開設のために奔走しながら、無人搬送ロボットと自動梱包機の導入を進めてきました。入社から7~8年かけて、進化した経緯があります」(執行役 物流管掌 物流部門長 吉野宏樹さん)
吉野さんは、「何を自動化するべきかの見極めが重要」「物流倉庫の業務を自動化するロボットや自動棚においては、各メーカー様で機能としては大きな違いや優位性はない」と断言する。
重要なのは、個別の技術や製品を組み合わせて、「いかに最適な形で使いこなせるか」だ。
「猪名川ディストリビューションセンター」で棚を移動させる自動搬送ロボット(小型AGV)。
写真提供:モノタロウ
笠間ディストリビューションセンター(茨城県笠間市)で稼働中の小型AGV「Racrew」。日立インダストリアルプロダクツのソリューションだ。
写真提供:モノタロウ
最適な形で使いこなす具体例の1つに、倉庫で走り回るロボット導入がある。
倉庫業務の自動化の1つには、「コンテナを作業員の前に自動搬送する」方式がある。この方式では生産性は最も高いものの、2015年の検討当時は投資規模が大きく、設備トラブルによる影響範囲が大きかった。
そこでもう1つの方法として、「小型無人搬送ロボットが作業員の前まで搬送する」方式を選んだ。従来の人間が商品棚まで移動する方法よりも生産性は3倍で、投資も一定に抑えられる。また、トラブルによる影響も比較的軽微だからだ。
モノタロウの執行役 物流管掌 物流部門長の吉野宏樹さん。
吉野さんは倉庫の自動化において、どこか一部を高効率にするのではなく、「ボトルネックの解消と作業能力の均等化」がとりわけ重要だと考えている。
「全体の作業能力を増やすためには、ピッキングを自動化するだけでなく、前後にある工程も同様に効率化しなければなりません。
商品の入荷から在庫保管があり、ピッキングの後には梱包を行います。そこで作業工程でバランスよく処理できる設備を構築しなければ意味がないからです」
倉庫の効率化は奥が深い。一部だけを速くしても意味がなかったり、作業の一部を人が担う以上、人の動きを念頭に入れた設計が必要だ。
「例えばピッキングの速度を改善する場合、1人ならばらつきは少ないですが、100人ならばらつきも大きくなります。そこでロボットによる自動化であれば、ばらつきが少なくなります。
次にやるべきは全体の処理量をどれだけ増やせるかですが、自動化すれば1時間で100の処理量が120に増えるとは限りません。
商品を載せたベルトコンベアの速度を上げれば、処理量が上がるように思えます。しかし、(例えば)分速100mでは人間が商品を取れないので、意味がありません。そこで自動化させるだけでなく、スループット(実質的に通過できる荷物の量)の最大化を重要視しています」
モノタロウの考え方として、ビジネス上の改善のポイントは、売上高に対する「物流費」の比率を下げることだと、吉野さんは言う。物流費は運送費・人件費・設備投資の減価償却費・家賃などで構成される。
「運賃であれば距離と荷物のサイズで単価は決まっているため、コントロールできるのは一定の範囲に留まります。しかし人件費として作業にかかる手間は、大きな改善の余地があります」
人件費の改善は、効率化によって実現する、という考え方だ。
「例えば商品をピッキングする工程の作業時間は物流センターの作業時間全体の約3割程度を占めています。さらに作業者の動きを分析すると、1日の大半を“移動”に費やしています。(商品のサイズがさまざまのため)ピッキングをロボットで完全に自動化させることは現時点では難しいと感じています。
そこで物流センターでの作業時間を工程ごと、作業単位ごとに分解して、どの工数に時間がかかっているかを計測します。ピッキングなら歩く時間、梱包ならダンボールの高さを調整するための作業、商品の大きさに合わせてダンボールを作る作業などがあるので、そこで何かを探したり移動するなどを省く自動化に投資しました。こうして(分析的に)効率化を進めていくことが、我々のアプローチとなります」(吉野さん)
広報やサポート担当社員でも「SQLが使える」が当たり前
2021年に開設したモノタロウの梅田サテライトオフィス。東京・赤坂を含め複数のオフィス拠点を持つが、「本社」は今も尼崎市に置いている。
写真提供:モノタロウ
ここまで掘り下げたとおり、モノタロウはテクノロジーの会社だ。改善すべきものを計測し、効率化する。
2000年の設立当初から社内に開発チームをもち、システム開発を内製化してきた。このことは、大企業の課題として指摘されることも多い、社内ITの「外注に任せる姿勢」とは対照的とも言える。
IT化を進める企業では、データ分析人材やエンジニア人材の「比率」をたずねることは一般的だが(ちなみに、モノタロウは全社員の3分の1〜4分の1、150人程度がITエンジニアだ)、モノタロウには興味深いエピソードがある。
「モノタロウではITエンジニアやデータサイエンティスト以外も日頃からデータにふれており、業務に必要なデータを一覧表示するダッシュボードを各業務ごとに構築するなど、常に可視化されています。
業務に関わる各々がが必要なデータを自分で取得するので、『物流やカスタマーサポートや広報などを含めて社員の6割がSQL(※)を書ける』と言うと驚かれます」(執行役副社長 久保征人さん/エンタープライズビジネス、商品、商品開発 管掌 リスクマネジメント室長)
※SQLとは:データベースの操作言語。
これは、モノタロウではPDCAや改善プラン策定などでちょっとしたデータが必要なら「データ分析部門に情報提供を依頼」などしない、ということだ。6割の社員は、自分でデータベースを触って、必要な情報を直接持ってくる。日々の分析と、それに基づく改善を考える上で、一般社員が自発的にデータベースに触れる意味は非常に大きい。
気になるのは、なぜITに対する苦手意識が少ない組織をつくれるのかだ。
モノタロウは選考時点で一定のITリテラシーを求めているのかを聞くと、久保さんは必ずしもそういうわけではない、という。
「当社にはアルバイトから正社員登用された人もおり、全員が必ずしも入社前からITに関する素養があるわけではありません」
モノタロウの執行役副社長 エンタープライズビジネス、商品、商品開発 管掌 リスクマネジメント室長の久保征人さん。
モノタロウでは、情報システム部門によるデータ分析ツールなどの社内勉強会も開催しているが、それだけで底上げすることは容易ではない。
久保さんは「モノタロウには仕事を通じて成長しようとする文化が強くある」という。この企業カルチャーに、根本的な秘訣がありそうだ。
自律的「カイゼン」をする組織はなぜできる?
猪名川ディストリビューションセンターに並ぶ小型AGV。
写真提供:モノタロウ
このような自前で複雑な情報システムや物流施設を構築して、社員がSQLを使いながら自主的に改善を行っていく組織は、「企業文化」としか言いようのないものだ。
とはいえ、同じ社内でも仕事が違う各部門で働く人たちが同じような「ポジティブに学ぶ」価値観を持てるのはなぜか? ありきたりかもしれないが、吉野さんはその秘訣は、自社の行動規範ではないか、と答える。
「モノタロウには5つの行動規範がありますが、特に『他者への敬意』と『傾聴』が重視されています。どんな立場であれ敬意を払って、お客様、社外の取引先、社内の声に耳を傾け、変化を自ら捉える姿勢が徹底されています。この行動規範を守れなければ、モノタロウで活躍するのは難しいと感じます」
お互いの足を引っ張るような悪い意味での競争意識がなく、自分と組織の成長に対して高い意欲を持つ人材が集まっていることが背景にあるのではないか、と吉野さんは言う。
IT部門を統括する久保さんは、そうした企業文化を、ITの力を使って実際のカイゼンと成長に置き換えていく立場だ。
「当社のITエンジニアチームは全社員の4分の1を占めるのですが、2022年に新たにモノタロウ Tech VisionというITエンジニア組織のVisionを策定しました。拡大する組織においてより大きな顧客価値を出すためには、Tech Visionのようにエンジニア組織を1つの方向性にまとめる考え方が必要になると考えたためです」
このTech Visionのなかでは改めて「顧客価値を提供するためデータとテクノロジーを徹底的に活用する」ことを掲げている。ECと物流の両方にかかわる企業として、データドリブンのテクノロジー企業であろうとするという表明だともとれる。
「将来的には海外子会社も含めて、グローバルで通じるより大きな価値を提供できるエンジニア組織を作っていきたい」と、久保さんは意気込みを語った。
(文・マスクド・アナライズ)