若手官僚が挑む霞が関改革のいま。20年続く有志団体が“辛口”提言、金融庁に根付いた「20%ルール」とは?

霞が関の若手の写真

霞が関改革に取り組む官僚たち。内閣人事局の地主さん(右上)、国土交通省の北川さん(左下)、金融庁の笠井さん。

撮影:横山耕太郎

「入省後5年で希望すれば幹部育成コースに応募できる仕組みはどうか」「360度評価(上司や部下、他部署から多面的に評価する方法)や、第3者による評価を導入できないか」……。

3月下旬、日比谷のシェアオフィスの一室。集まった8人の若手官僚たちが話し合っていたのは、「未来の霞が関」についてだ。

若手チームは2021年10月、当時の行政改革大臣・河野太郎氏と、マッキンゼー出身の人事院総裁・川本裕子氏により結成された。

改革の旗印となる取り組みだったが、結成の背景には危機的な人材流出がある。河野氏は行革大臣に就任後、「20代の霞が関の総合職の自己都合退職者数が6年で4倍以上になった」と、若手の離職について内情を告発するなど人材危機は深刻化している。

霞が関の働き方や人材流出に関する危機感は今に始まったことではない。以前から危機感を乗り越えようと、有志の官僚たちは改革に向けての活動を続けてきたが、少しずつ成果を出しつつある。

2003年から活動する若手らによる有志団体は2022年3月に新たな提言を発表する予定で、金融庁では「業務時間の20%程度を業務外プロジェクトにあてられる制度」が根付いた。

霞が関を改革しようともがく若手たちを取材した。

連載「霞が関異変 人材危機編」では、官僚らの人材流出が続く霞が関の実態について、5回にわたり迫ります。

退職官僚30人にヒアリング

若手チームの会合の写真

人事院と内閣人事局の若手官僚チーム。会合では「評価制度」など大きなテーマについて、熱のこもった議論が交わされていた。

撮影:横山耕太郎

「提言ですぐに霞が関が変わるとは思っていません。でも大臣と総裁に直接意見をぶつけられるせっかくの機会。逃げずに私達の思いをぶつけたい

冒頭に紹介した若手チームの1人、内閣人事局の地主野の香(じぬし・ののか)さん(34)はそう話す(4月から現在は総務省に異動になり、内閣人事局と併任 )。

チームでは提言をまとめるにあたり、霞が関を去っていた官僚ら約30人にも聞き取り調査を実施。衝撃だったのは、「霞が関の仕事が嫌になったという人は1人もいない」ということだった。

「長時間の残業や膨大な業務量、家庭との両立ができなかったことから離職した人ばかり。『霞が関を辞めざるを得なかったのは私だったかもしれない』と、問題の大きさを思い知りました」

地主さんが提言で訴えたいのは、柔軟な人事制度の導入だ。

もともと法曹志望で司法試験に挑戦していた地主さんは、入省時すでに27歳で、大卒直後に入省した同期とは5歳の差があった。

「霞が関は年功序列の世界。入り口は同じ幹部候補でも、入省時点ですでに私は幹部の年次に上がる前に定年を迎えます。私としては、従来の硬直的なキャリアだけではなく、何らかの専門性を身に付けることで組織に貢献できるようなキャリアパスを歩みたいと思っています」

霞が関の年功序列は「望まない出世」も生み、離職にもつながっているという。

「育休復帰後の女性官僚で、本人が希望していないにもかかわらず、職責の重い役職に昇進する例もあります。全員がピラミッドの頂点を目指して上らされるキャリアではなく、一人ひとりが働き方や専門性を選べるようにしたい」

地主さんら若手チームは、4月中に二之湯智・国家公務員制度担当相と川本人事院総裁に提言を手渡す予定だ。

「老舗」有志団体は1万字超え提言

提言のスクリーンショット

約20年の歴史がある有志官僚のチームも、2022年3月に提言を出した。

プロジェクトKのnoteを編集部キャプチャ

霞が関の働き方に関しては、“先輩格”として2003年から活動する「プロジェクトK(新しい霞ヶ関を創る若手の会)」が存在する。彼らも2022年3月、1万4000字を超える長文の提言を発表した。

本提言の背景には、自殺者を出すほど疲弊した現場の悲痛な叫びと、この国の発展を志してこの道に入った情熱を胸に、真に価値ある仕事をしたいという渇望に似た使命感がある。だからこそ、本提言は無責任な自己批判でも、現場のガス抜きでも、国民へのポーズでもあってはならない。現実を直視しながらも、具体的な改革案を提示し、たとえ小さな一歩ずつであろうとも、必ずや実行に移すことをここに誓う。(プロジェクトKによる提言より)

強い決意表明から始まるこの提言では、霞が関が取り組むべき施策として、「ミッション・ビジョン・バリューの設定」「PDCAを意識した評価方法の導入」「デジタルを前提とした業務効率化」などを列挙している。

「霞が関は物事を変えるために存在する組織です。だから霞が関自体を変えることだってできるはずなんです」

プロジェクトKで副代表を務める国土交通省の北川由佳さん

北川さんは「霞が関も変わってきていることも伝えていきたい」と話す。

撮影:横山耕太郎

プロジェクトKで副代表を務める国土交通省の北川由佳さん(38)は話す。

20年近い歴史を持つプロジェクトKだが、北川さんが参加したのは約1年半前。運営メンバーも入れ替わっており、現在は「第4世代」だという。

過酷な労働環境ばかりが注目される霞が関だが、「コロナ以降は特に劇的に環境が変わってきている」と北川さんは言う。国交省ではリモートワークが当たり前になり、チャットツールも導入され、スマートフォンでメールも確認できるようになった。

「内閣官房に1年間出向して2021年10月に国交省に帰ってきたら、すっかり環境が変わっていました。Wi-Fiが導入されたことを知らず、有線を探して笑われました

新イベントは「意外と変われる霞が関」

北川さんは2018年から1年間、国交省の新卒採用を担当。しかし就活生たちが霞が関を見る目は厳しかったと振り返る。

「準備に1年はかかる国家公務員試験というハードルに加えて、ハードな労働環境というイメージも強い。変わる霞が関を打ち出して、志望する人材を増やしたい」

プロジェクトKでは2022年5月、「意外と変われる霞が関大賞」というイベントを初めて開催する。イベントでは各省が取り組んだ業務改革を発表してもらい、自民党広報本部長の河野氏ら審査員がその取り組みを評価するという。

「現状を悲観するだけではいけない。楽しく能力を発揮してもらいたいし、霞が関にはいい人材がそろっています。プロジェクトKの歴史を背負いながら、これからも内側から声を上げ続けていきます」

金融庁で4年も続く「20%ルール」

金融庁

金融庁では2018年から、いわゆる「20%ルール」を導入し、組織改革を図ってきた。

shutterstock

提言だけで終わらず、実際に成果を上げている取り組みもある。

金融庁では2018年に「政策オープンラボ」をスタート。ラボに参加する金融庁職員は、勤務時間の1~2割程度を本業以外のプロジェクトの活動にあてることができる。

イノベーションを加速するためにグーグルが採用したことで知られる「20%ルール」に近い発想だ

政策オープンラボの狙いは、若手からボトムアップで新規性のある政策提言をしてもらうこと。現在は、プログラミングなどのIT技術で業務を効率化するプロジェクトなど17のプロジェクトがあり、計約120人の金融庁職員が参加している。

「エレベーターホールの掲示で、『プログラミング勉強会やります』『SDGsの専門家とディスカッションしませんか』などと呼びかけるのが当たり前の雰囲気になった。昔からと比べると、明らかに雰囲気が変わったなと感じます」(金融庁監督局の今泉宣親・地域金融支援室長)

「現場の手触り感を知る場所」

地域課題解決支援チームのメンバー

地域課題支援チームの笠井さん(右)と山根瑠利子さん。山根さんは「金融庁内外の人材をつなげ、地域課題に向き合うプロジェクトはやりがいがある」と話す。

撮影:横山耕太郎

「政策オープンラボ」で現在最も大きなプロジェクトは、「地域課題解決支援チーム」だ。

約20人の金融庁職員がプロジェクトに参加しており、地域の金融機関や地方自治体から寄せられる相談について、解決策を探っている。チームの存在が広く知られるようになり、現在は30件ほどの相談事案が並行して進んでいるという。

地域課題解決支援チームの代表を務める笠井泰士さんは、こう話す。

「中央省庁は自治体、地域の金融機関や企業などに関わる政策の立案を担っているものの、なかなか直接、地域の担当者と話す機会は少ない。この活動は、私たちにとっても現場の手触り感を知り、霞が関の制度について説明する場にもなっています」

「オープンなロビーイング」目指す元経産官僚

経済産業省の元官僚・栫井誠一郎さん

元経産官僚の栫井誠一郎さんは、「霞が関の縦割りを変えれば日本はよくなる」と力を込める。栫井さんは、前出のプロジェクトKの副代表も務めている。

撮影:横山耕太郎

霞が関から飛び出し、民間と霞が関をつなぐ取り組みを続ける人もいる。

官僚側から『もっとこういう事業をしかけてよ』とか、企業側から『こういう法律を作ってくださいよ』と、本音で話せる場所を復活させたい。いわば『オープンでフラットなロビーイングの世界』を作りたいと思っています」

経済産業省の元官僚・栫井(かこい)誠一郎さん(39)はそう話す。

栫井さんは2005年から7年間、経産省に勤め、その後退職してベンチャー企業の立ち上げを経験。2018年に創業した「Publink」では、官と民をつなぐ事業やWebメディア、コンサル事業を手がけており、内閣府による地方自治体向けのオープンイノベーション企画を設計したり、長野県の企業誘致支援の企画を請け負ったりしている。

栫井さんが力を入れているのが、霞が関内外をつなぐコミュニティの運営だ。

現在は、現役の官僚限定で170人が参加しているコミュニティ「霞が関ティール」や、経産省や霞が関から転職者した人が集うコミュニティをFacebookで運営したり、大企業と霞が関の管理職ら1000人以上集まるコミュニティの事務局も務める。

栫井さんは同時に一般社団法人・官民共創HUBにも奔走し、虎ノ門を拠点に、霞が関と民間の人材が集うイベントも開催している。

機会さえあれば、『わいわい盛り上げていこう』という官僚はいくらでもいます。霞が関の縦割りが変われば、霞が関が良くなり、霞が関が良くなれば日本が良くなる。官民を超えた横のつながりから、すでに面白い変化が生まれてきています」%!(EXTRA string= )


こうした「霞が関改革」の成果もあってか、人事院が4月15日に発表した2022年度の国家公務員採用試験(総合職)の申込数は、6年ぶりに増加し1万5330人となった。2018年から続いた申し込み者の減少が止まり、学生の「官僚離れ」に少し歯止めがかかった形だ。

しかし、現在の試験が導入された2012年度の2万3881人に比べると、申込者は35%も減っている。

成果をあげつつある霞が関の改革だが、さらに改革を波及させていく必要があるだろう。

(取材・文、横山耕太郎 取材・浜田敬子

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