コロナ禍の長期化によって、子どもの心には少なからず影響が及んでいる。
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2020年春の一斉休校から始まり、繰り返される休園や学級閉鎖。次々と中止になる学校行事……。マスク着用で友人や親、先生の表情をしっかりと見ることもかなわず、気晴らしに友達と遊びに行ったり、集まって話したりすることもはばかられる。
コロナ禍の2年間は、子どもたちの生活に大きな影を落としている。
国立成育医療研究センターの「コロナ×こども本部」では、2022年3月に、コロナ禍が子どもの心に与えている影響に関する報告書※を公表した。今後子どもたちにどのような支援が必要なのか、社会医学研究部の森崎菜穂部長に聞いた。
※この報告書は、成育医療研究センターが実施した「コロナ×こどもアンケート第 7 回調査」と「2021年度新型コロナウイルス感染症流行による親子の生活と健康への影響に関する実態調査」の2つの実態調査の結果を合わせたもの。
心の悩みを相談できない子どもたち
子どもの間で一定数うつ症状がみられていた。
出典:第7回調査報告 ダイジェスト版より引用
3月に発表された報告書によると、小学5年生~中学3年生の合計約3000人のうち、郵送調査回答があった小学 5~6 年生の9%、中学生の13%に、中等度以上の抑うつ症状がみられていた。Webでの調査結果では、同様に中等度以上の抑うつ症状がみられていた小学5~6年生の割合は13%、中学1〜2年生では12%だった。ただ、中学校3年生だけ、42%と跳ね上がっていた。
この調査が行われたのは、郵送、Web共に2021年の12月。全国的にデルタ株の流行が落ち着いており、オミクロン株の感染もまだ極端に広がる前の時期だ。
成育医療研究センターが実施した2つの調査では、コロナ禍が子どもたちの心身に与える影響を聞くほか、子どもがSOSを発信できるのか、周囲の大人はそれを適切に支援できるのかも調査している。
調査では、回答者に「この数週間、いつもとちがって、なんだか悲しくなったり、つらい気持ちになったりすることが多くなった」などの典型的な抑うつ症状を示す子どもの描写を読んでもらい、それがどのような状態なのか、自分が同じ状態になったらどうするのかを聞いた。
小学5年生~中学3年生では、この質問に対して郵送で調査に協力した95%(Web回答だと94%)が「助けが必要な状態である」と回答。しかし、「自分ならどうするか」という項目では、小学5~6年生の25%(同29%)中学生の 35%(同51%)が「相談しないで自分で様子をみる」と回答した。
国立成育医療研究センターの森崎菜穂部長は、この調査結果を受けてこうコメントしている。
「子どもたちは、鬱は『助けが必要な状態である』と分かっています。ただ、自分がその状態になったらどうすると聞かれると、周りに相談することなく自分で抱え込むことを選択する人が一定数いました。さらに、抑うつ症状が重い子どもほど、その割合が高くなっていることも分かりました」
うつ症状の描写を読んだあとで、自分がその状態になったときにどうするのかをたずねた結果。相談せずに様子をみようとする子どもの割合が多い。
出典:第7回調査報告 ダイジェスト版より引用
また、「典型的な抑うつ症状の子どもの描写」を保護者にも読ませ、自分(保護者)ならどうするのかを回答してもらったところ、「(自分のこどもが同じ状況だったら)病院は受診させずに様子をみる」という回答が29%(同22%)にのぼった。
森崎部長は、保護者の「様子を見る」という回答が多かったことは印象的だと指摘する。
「最近では心の病気の認知度も上がり、精神科の受診ハードルが下がって、自分のパートナーや友人などがうつ状態になれば受診を勧める動きは増えました。しかし、わが子となると、受診のハードルが上がるのです。 こどもの精神科を見れる医者が少ないという医療提供体制の問題ももちろんありますが、精神科に受診すると子育ての失敗を認めることになると思ってしまう人もいることも一因だと思われます 」(森崎部長)
今回の調査結果を踏まえ、成育医療センターでは、子どものSOSサインと大人の適切な対応を公表している。
子どものSOSのサイン。
出典:国立成育医療研究センター資料より引用 https://www.ncchd.go.jp/center/activity/covid19_kodomo/report/CxC7_children_sos.pdf
こういった子どものSOSのサインに気づいたときに、まず保護者がやらなければならないことは、子どもの話を聞くことだという。
「子どもがお腹が痛いと訴えても、それが胃腸炎によるものなのか、心因性なのかはすぐにはわかりません。だから、保護者が子どもの話を聞くことで初期スクリーニングを行って、問題があるようなら医療機関につなげてほしいと思います」(森崎部長)
ただし、聴き方にはポイントがある。詰問するような聞き方だと、子どもは心を閉ざしてしまい、本当のことを言ってくれなくなる。
大人が子どもの話を聞くときに心がけたいこと。この他に、話を評価したり解決する前に、こどもの体験を共有する(例:「もう少し教えて」など)ことや、こどもの力に一緒に気づく(例:「そういうとき、どうしてる?」など)ことも重要だとされている。
出典:国立成育医療研究センター資料より引用
しかし、こういった対応をしようにも、コロナ禍では保護者自身の余裕もなくなっているケースもみられる。中には、保護者自身が支援を必要とするほど追い詰められている場合もある。そして、子どもだけでなく、大人も自身が深刻な状態にあるほど、支援を求めにくくなる傾向がある。このような状況を打開するには、周囲からの助けが必要だ。
「子どもの異変に気付いて支援につなげる役割を担うのは、子どもの保護者だけではありません。たとえば学校や園の先生、ママ友など、周囲の大人が子どものSOSサインをキャッチして支援につなげていってほしいと思います」(森崎部長)
児童相談所やホットラインなどの相談できる場所の連絡先を子どもに教えたり、医療機関やスクールカウンセラー、地域の精神福祉保健センターの窓口などに相談して医療につなげたり、できることは少なからずある。
長引くコロナ禍。子どもの心の変化
2020年4月、1度目の緊急事態宣言の発令によって、街から人が消えた。
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成育医療研究センターは、コロナ禍が始まった2020年の春からWebでのアンケート調査を続けてきた。今回の調査は7回目だ。
ずいぶんと早い段階からコロナ禍に関する調査を継続してきたのは、2020年3月から始まった一斉休校が子どもやその保護者に少なからず悪影響を与えると、いち早く危惧したからだ。
「休校が決まった当初(2020年2月)から子どもや保護者への影響が危惧されていましたが、説得力のあるデータがないのがネックでした。そこで私たちは早めに全国の子どもたちの実態を把握し、それを発信することで問題提起していこうと思ったのです」(森崎部長)
こうして最初の調査は最初の緊急事態宣言下である2020年4月~5月に実施した。このときは、来たるべき学校再開に向け、学校や園の先生などの大人に子どもの状態を把握してもらい、何に気をつけるべきか発信しようという意図があったという。
しかし、最初の緊急事態宣言が明け、学校が再開されても子どもたちの生活は元通りには戻らなかった。感染対策のため、常にマスクを着用し、給食では黙食を強いられた。そして学校行事も次々と中止や縮小されていった。それが結局2年以上も続いてしまっているのだ。
「学校が再開された当初は、抑圧環境が長く続いたことによるPTSDが出るのではないかと私たちは考えていました。しかし、感染拡大防止のための抑圧環境は思った以上に長引いています。そこで、ストレスがコロナ禍を通じてどのように変化していったのかをみていこうと思い、調査を継続することにしたのです」(森崎部長)
これまで全7回実施された調査では、すべての調査で心の状態をたずねることを基本としながらも、調査時期によって子どもたちへの質問は少しずつ変えている。
また、6回目まではWebのみの調査だったが、7回目からは郵送での調査も併せて実施することとなった。
「Webのアンケートに回答できるような、SNSを活用したり、インターネットを使いこなしたりする保護者や子どもたちは、日本全体を見渡すと偏った層ではないかという懸念がありました。調査を開始した当初は世の中に問題提起する目的で迅速性を重視した方法で行われてきましたが、長期的な影響をみていくには違う方法を取らなければいけません」(森崎部長)
※過去の調査結果はこちら。
コロナ対策が緩和されても、子ども心は見過ごせない
2022年4月21日の渋谷。2年前と比べると同じコロナ禍でも様子は全く異なる。
撮影:三ツ村崇志
成育医療研究センターでは、今後も半年に1度程度のペースで調査を続けていく予定だ。
「今後は、日本も海外に倣って、感染対策を緩めていき、少しずつ日常に戻っていくと思われます。しかし、そうなったときにすんなりと元通りになれる子どもと、そうでない子どもに分かれていくはずです。アフターコロナでつまずいてしまう子どもはどのような環境に置かれているのか、どのような特徴があるのかを調査で明らかにしていきたいです。これを調べるために、追跡調査も行う予定です」(森崎部長)
成育医療研究センターは、2022年4月に「成育こどもシンクタンク」を設立。研究結果をもとに子どもたちの問題を把握し、支援につなげていく体制もできた。
「保護者の中には、子どもがSOSを出してもどこの病院に行けばいいのかわからないという人がたくさんいます。受診を必要とする人に医療提供体制を整えて、医療とうまくつながるように尽力していきます」(森崎部長)
(文・今井明子)