今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
アメリカではテック企業を中心に株価が低迷し、自社株買いのニュースを目にすることが増えました。この動きから何が読み取れるでしょうか。入山先生が自社株買いとあわせて株主に利益を還元する3つの手段を分かりやすく教えてくれました。
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なぜ企業は自分で自分の株を買うのか?
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは「自社株買い」という言葉をご存知でしょうか。今週はこの「自社株買い」について考えてみましょう。
BIJ編集部・小倉
最近、アメリカの企業が株価低迷を受けて自社株買いをしているというニュースをよく耳にします。例えばZoomはコロナで業績を伸ばしましたが、コロナが落ち着くとともに株価が下がってきたので自社株買いをすることを決めたそうです。
またネットフリックスも、株価が2019年後半の水準まで下がったので、自社株買いを検討しているとか。なぜこんなにアメリカの企業は自社株買いをするのか。自社株買いのメリットとは何なのか。
自分の勉強も兼ねて、先生に伺えればと思います。
なるほど。小倉さんが見せてくれた資料によると、S&P500社のうち半数以上の294社が、2021年の第2四半期に少なくとも500万ドルの自社株買いを実施したそうです。
特にアップル、アルファベット、フェイスブック(メタ)、オラクル、マイクロソフトなどの大手テック企業がこぞって自社株買いをしていますね。
そういえば最近、アマゾンも自社株買いに加えて、株式分割をして大きなニュースになりました。株式分割とは、株の単位を小さくして買いやすくすることです。
例えば1株1000円だったのを4等分すれば、1株250円になる。そうして値段を下げることで、みんながアマゾンの株を買いやすくなる。
いまアメリカでは若い個人投資家が増えていますが、そういう人も買いやすくなるわけです。これが株式分割ですね。それに加えて自社株買いをした。
「自社株買い」とは簡単にいうと、上場企業が市場に流通している自社の株を自分で買い付けることをいいます。例えばBusiness Insiderが上場しているとしたら、Business Insider自身がBusiness Insiderの株を買うことですね。
自社株買いにはいくつか目的がありますが、最大の目的は、自社の株を保有している一般の投資家や機関投資家への利益還元です。なぜなら企業が自社の株を買えば、その分の株が市場に流通しなくなる。つまり市場に出回っているトータルの株の数が減るわけです。
株の価値は変わらないのに、市場に流通している株の数が減るということは、一株あたりの潜在的な価値が上がるということになります。
BIJ編集部・小倉
供給が少なくなるからですね。
その通り。そして自社株買いにはもうひとつ、戦略的な意味合いもあります。
これはいろいろな議論がありますが、一般的には、「うちの会社の株価はいま市場で評価されているよりも、本当はもっと高いはずですよ」ということを会社がアピールする手段として使われます。
つまりいくら自社の株でも、わざわざこれから値が下がる株を買うわけがない。上がると思うから買うわけです。
ということは社外の人から見れば、 「あれ、Business Insiderが自分で自分のところの株を買っている。ということはBusiness Insiderは、これから自社の株が絶対に上がると思っているんだな。
まだ明らかにはしていないけれど、何か株が上がるような戦略を持っているのかもしれない」 ということになる。
BIJ編集部・小倉
そうか、自信があるように見えるのですね。
そういうことです。ですから一般には、自分たちの会社の株価が、自分たちが思うより低いときに自社株買いは行われます。
BIJ編集部・小倉
「俺たちはこんなものじゃない」というアピールになるわけですね。
配当よりも自社株買いが好まれる理由
いずれにせよ、株式会社は投資家に対して、配当か、もしくは自社株買いで利益還元をしなければいけません。
ではなぜアメリカでは自社株買いがよく行われるかというと、利益還元のプレッシャーと頻度が、日本とは桁違いに大きいからです。
まず配当の頻度でいえば、日本の配当は1年に1回ですが、アメリカではクォーター(4半期)ごと。 また配当の割合(配当性向)も、日本では会社が得た純利益のうちおよそ20~30%程度を配当に回しますが、アメリカでは70~80%、下手すると90%を配当に回さなくてはなりません。
もちろん会社によって差はありますが、アメリカのほうがよくも悪くも株主重視の資本主義が進んでいるので、投資家からの「利益還元してくれ」というプレッシャーが強い。しかし、経営状態によってはうまく配当を出せないときもある。
そんなとき、自社株買いをすることが多いのです。 僕は基本的に会社の株主への利益還元の本筋は配当だと思いますが、しかし会社はあまり配当をしたくない。
なぜなら毎年お金を出さなければならないし、利益のうちのどれだけを配当に回すかという「配当性向」を一度決めると、その比率を簡単に下げられないからです。
例えば会社が儲かったので、20%だった配当性向を40%に上げたとしましょう。しかしその後、経営が苦しくなったので、40%を20%にしたいという提案をしても、それは株主総会で否決されてしまう。
「配当性向を下げるような経営者は、株主総会でクビにするぞ」という話になりかねません。 そういう厄介な配当で利益還元をするよりも、自社株買いのほうが簡単なので、自社株買いがよく行われるのです。
そしてもう一点、自分たちで株を買うと、外の投資家が持つ株の量が減りますね。ということは株主が減るから、トータルの配当の額を減らすことができる。 以上のような理由から、自社株買いをする企業が増えているということです。
BIJ編集部・小倉
なるほど。よく分かりました。
自社株買いよりも未来への投資を
さて、ここからが大事なポイントです。 さきほども言ったように株式会社が株主に利益還元をする手段は、配当と自社株買いの2つですが、実は3つめがあります。それは単純ですが、企業努力によって普通に株価を上げることです。
つまり自社株買いなどしなくても、「この会社は未来があるんだな」と市場が期待してくれれば株価は上がる。株価とは未来への期待値だからです。
ということは一番大事なのは、自分たちの事業に投資をすることです。例えばデジタルの分野に投資をするとか、いい人材を引っこ抜いてくるとか、そういうことにお金を投じる。
そしてそれに結果がついてくれば、自動的に未来を期待して株価は上がるでしょう。
個人的な経験としては、実は日本企業の経営陣の中にもけっこう安易に「自社株買いをしようか」という話をする方もいます。しかし自社株買いと配当は、投資家を喜ばせこそすれ、会社自らの成長には何のプラスにもならない。
未来への投資が起きないからです。人も雇わないし、研究開発の投資もしないし、デジタル化もしない。
BIJ編集部・常盤
銀行からお金を引き出しているようなものですね。
そうですね。だから配当も自社株買いも大事だけど、やはり自社の未来の成長のために投資することが本質的なはずですが。
それに自社株買いの難しいところは、流通する株式の数を減らせるのでEPS(一株当たりの利益)は確実に上がるけれども、それが一株当たりの株価に必ずしも反映するとは限らないことです。
冒頭に、流通する株式が減れば株価が上がる可能性が高いと言いましたが、必ずしもそうではない。
なぜなら、一株あたりの利益は確実に増えますが、それは利益が実績値だからであって、やはり一株あたりの株価を上げるには、投資家がその企業に未来への期待を持たないといけないからです。
BIJ編集部・常盤
確かにそうですね。そういえば、Business Insider Japanの村上茂久さんの連載「会計とファイナンスで読むニュース」でも取り上げましたが、フェイスブック改めメタは盛んに自社株買いをしているものの、思ったように株価が上がらないようです。
まさにそれです。SNSが成熟してしまったいま、メタにはもうあまり投資先がない。だから自社株買いをしている。そのあたりを投資家に見透かされたのでしょう。
だから自社株買いをしたとしても、「この会社の未来はそんなに明るくないでしょう」と思われたら、株価はそれほど上がらない。だから自社株買いをしても株主への利益還元にならないこともあるのです。
BIJ編集部・小倉
それを考えれば、自社株買いに使う資金を未来への投資に回したほうがいい場合もありそうですね。たいへん勉強になりました。ありがとうございました!
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。