日産の新型EV「アリア B6」。開放感あるグラスルーフ装備、室内は本革(ナッパレザー)のオプションがついた車両だった。
撮影:伊藤有
日産の新型EVアリアのエントリーモデルにあたる最廉価グレード「B6」が5月12日から発売開始される。これに先立って報道陣向けの公道試乗会で実写を体験してきた。総走行距離85kmほどを公道試乗して分かった新型EV(電気自動車、BEVとも呼ばれる)の特徴をファーストインプレッションしていきたい。
価格539万円、「テスラと戦える」国産EV
斜め後ろからみると、水平に走ったキャラクターラインがよく分かる。ボディーの面の撮り方も躍動感があり、デザインにも力を入れたことを感じさせる。
撮影:伊藤有
日産アリアは2020年7月に発表、生産第一陣のファーストエディションにあたる「Limited」の納車がこの3月から始まった。家族5人がゆったりと乗れる、SUVタイプの国産EVに注目している人にとっては、かなり「待たされた」登場だ。
5月発売開始のB6は、最も装備が少ない仕様が選べる最廉価モデルにあたり、価格は539万円(税込)からだ。仕様としては、66kWhのバッテリー、最高出力160kW(218馬力相当)の前輪駆動モーターとの組み合わせで、航続距離は470km(カタログ値/WLTCモード)となっている。
実質的な上位モデルとしては、バッテリー容量が91kWhの「B9」、パワフルな2モーター(四輪駆動)の「e-4ORCE」の組み合わせをそれぞれ選べる。が、日産は発売を2022年「夏以降」と発表していて、具体的な予定を公表していない。半導体不足などの調達遅れが影響していると関係者は説明している。
撮影:山﨑拓実
さて、キーを受け取って実車を目にすると、インパクトのある堂々としたサイズ感が目に留まる。ダイナミックな「面」と「エッジ」を強調したデザインは、国産車らしからぬ迫力があり、重厚感も感じる。
といっても、諸元表上の全幅は1850mm、全長は4595mmだから、3ナンバー輸入車のステーションワゴンなどと同等か、場合によってはやや小さい。フロアに大量のバッテリーを敷き詰めたEVなので、重量はほぼ2トン(1920キログラム)ある。
一方で、室内空間はEVならではの配置の自由度の高さを生かした設計といえる。後席は端的に言ってかなり広い。体感としては、ミニバンの後席を後ろに下げたくらいの足元の広さがあり、乗り込んでみて正直驚いた。非常にゆったりと座ることができる。
マイカーがほぼ同等サイズの全幅・全長のステーションワゴンなのだが、後席はもっと窮屈だ。
撮影:山﨑拓実
後席の空間はこのクラスの車両としてはかなり広く感じる。日産のSUVエクストレイルと比べても+70mmの室内長だという。空間の広さは誰にでも感じられる。
撮影:伊藤有
グラスルーフを開いたところ。さらに前側のガラスはサンルーフのように開放することもできる。
撮影:伊藤有
室内空間の広さの秘密は、新開発のEV専用プラットフォームを使っていることが効いている。日産のSUV「エクストレイル」との比較では、全長が95mm短縮されている一方で、室内長は70mmも大きいという。エンジンがないため前後のホイールの前後幅(ホイールベース)を広く取れることによって、広々とした室内長が確保できたわけだ。EVならではのマジックというところだろうか。
肝心の広さや室内装備の特徴は、以下の試乗動画を参考にしてもらいたい。
身構えなくても「フツーに乗れる」EV
撮影:山﨑拓実
試乗会場の羽田空港近くの公道に出てすぐ感じたのは、何の違和感も感じずに、いつも乗っているエンジンが積んである内燃機関のクルマのように走り出せたことだ。
変な話だが、「これはやっぱりEVだな」と感じるような加速感や操作感が良い意味で全くない。
以前乗ったテスラのモデル3は、EV特有のUIを全面に押し出した車両だから、運転席から見える風景のすべてが新鮮で、それが魅力だった。
アリアの場合は「ごく自然体で乗れる」というのが、実に対照的だなと感じる。
これは10年以上にわたって電気自動車「リーフ」をつくってきたノウハウが生きている部分だろう。加速感1つとっても、唐突なパワフルさが顔を出すことはなく、感性的なチューニングをしていそうな印象がある。
面白いのは、だからといって内装やインパネ(メーターなどが設置されている前面パネル)、ハンドル操作の感触が「国産車っぽいか」と言われると、まったくそんなことはないところだ。
バックミラーもディスプレイタイプ。よく見える。
撮影:伊藤有
ドライビングシート。ハンドルについては、全車種がレザー巻きになっている。
撮影:伊藤有
ディーラーに行く機会があれば実車をぜひ見てもらいたいが、デザイン性の高い内装空間の雰囲気は、(やり過ぎていないところも含めて)どちらかというとヨーロッパ車っぽさがあるし、12.3インチのディスプレイ×2というメーター・ナビ画面は、むしろかなり個性的だ。
個性的なディスプレイ。動画では、ナビ画面に表示した地図を、スワイプ操作でドライバー側の画面に複製する操作も試している。
撮影:山﨑拓実
また操作系で個性を感じる部分としては、音声認識(ボイスアシスタント)が挙げられる。
アリアには日産独自の「ハローニッサン」と呼びかける車両制御系の操作のほか、アマゾンのアレクサを使うこともできる機能が備わっている。
2つのボイスアシスタントがあるので頭が混乱するかもしれないが、おおまかに言えばナビの設定やエアコン操作などは「ハローニッサン」で操作し、アレクサでは自宅の家電との連携、室内からアリアのエアコンをかけて乗車前に車内を冷やしておくーーという使い分けだ。
高速試乗:EVならではの静けさ、自動運転系機能は必須の装備
クルマを見慣れている人だと、前後のホイールの間がかなり広く、フロントとリアから外側に突き出ている幅が短いことが分かる。
撮影:山﨑拓実
運転しながら走行中の室内を観察していると、まず遮音がしっかり効いている印象がある。
エンジン音がしないのは当たり前だが、特に下道だと雑踏の音なども、いつも乗っている車よりもずっと静かに感じる。
足回りの動きは、比較的路面が良い場所しか走っていないので分からない部分が多いが、ハンドリングが妙に軽いようなことはなく、好ましい。
首都高にのってアクアラインをしばらく走ると、日産のお得意の“手放し運転”まで許容する「プロパイロット2.0」が使えるエリアになった。
プロパイロットの乗り味は以前レビューした「スカイラインGT」で細かく説明しているが、高精度マップとGPS、センサーの合わせ技で高度運転支援を実現するシステムだ。
一般的には「自動運転機能」と呼ぶ人が多い。
ハンズオフ(手放し)でも使える、有料オプションのプロパイロット2.0。自動運転系の機能はEVの必須装備だと個人的には思っている。
撮影:山﨑拓実
試乗したエリアは直線が主体だったのでプロパイロット2.0の良さは断片的にしか分からなかった。が、運転が楽であることは疑いようがない。
基本的にハンドル操作、スピードの維持、レーンキープまで車任せでいられる。車線変更のときはハンドルに手を添える必要があるようだが、それすらもクルマ任せでいればいい。これは、たとえば数百キロを走るようなロングドライブなら、疲労感にてきめんに効いてくるはずだ。
ちなみに、アリアB6の場合、プロパイロット2.0は、約46万円のセットオプションという扱いになっている。
車両価格の1割近い追加オプションなので躊躇する人もいるかもしれないが、このオプションは個人的には「必須」だと言っておきたい。
ほぼ下道しか走らないという人以外は、追加しておかないと後から間違いなく後悔すると思う。
オートパーキングは感動的
自動パーキング機能もある。ちゃんと指定した「P」の位置に、アリア自ら動いて停めてくれた。
撮影:山﨑拓実
最後に、オートパーキングについても軽く触れておきたい。
その名の通り、駐車スペースの近くに止めると、自動的に駐車位置を認識して、切り返しながら停車させてくれる機能だ。
90分ほどの試乗だったのでマニュアルを熟読する時間が一切なかったが、それでもオートパーキングは、なんとなく画面操作をしていればちゃんと使えた(編集部のYouTube動画でも解説している)。
画像認識を多用している機能のためか、ドライバーが慣れていないからか、停車位置によってはオートパーキングにうまく入れない時はあった。が、ハンドルやアクセルにまったく触れていないのに、アリアがせっせとハンドルを切ってくれる様子は、どこかかわいさもある。
ぎっしり車両が止まっている駐車場で使おうという気にはならないものの、EVがこれからつくっていく新しいクルマの世界観を象徴している機能の1つだと思う。
いま気になるのは「大容量モデルB9を待つか、どうか」
テスラ以降、EVの定番になってしまった「穴のあいていないフロントグリル」。ここをみると「あ、EVだ」と分かる。
撮影:伊藤有
あえて本文中では触れていなかったが、気になるパワーは、1モーターのB6でも、一般的には十分な力がある。馬力換算でカタログスペック218馬力/トルク300Nmなので、車重を差し引いても一般車としては決して遅い部類ではない。
もちろん、今すぐの乗り換えを検討している人以外は、今夏以降に登場する大容量モデルの「B9」や、四輪駆動の「e-4ORCE」モデルも気になるはず。パワーはそこまで不要だとしても、B9の600キロメートル以上の航続距離(WLTCモード前提の日産測定値)は魅力的ではある。ただ、価格は唯一発表済みのlimited仕様を見る限り、80万円も上がってしまうが……。
そんなこんなで90分ほどの試乗時間はあっという間に終わってしまった。
試乗後の感想としては、装備や乗り味、車格としても、これはテスラと戦える国産EVではないか、ということだ。
本当に数百キロの長距離を移動したときの充電体験がどうなるか、プロパイロット2.0での長距離移動がどんなものか、試乗を終えたあとでも興味は尽きない。
(文・伊藤有)