Netflixの共同CEO、リード・ヘイスティングス。
Ore Huiing/Getty Images for Netflix
ネットフリックス(Netflix)の共同CEOリード・ヘイスティングス(Reed Hastings)は2022年4月19日、第1四半期決算発表に臨んだ。同四半期は厳しい内容となったが、それに加えて第2四半期に有料会員が200万人減るとの見通しを示したほか、今後1、2年で広告付き低価格プランの導入も検討することを明らかにし、エンターテインメント業界に衝撃を与えた。
「これまでネットフリックスを応援してくださってきた方々は、私がこれまで広告の煩雑さに対して否定的だったのをご存知でしょう。当社のサブスクリプションのシンプルさを大いに気に入っていただけていることと思います」とヘイスティングスは切り出した。
「私自身、そのシンプルさをとても気に入っていますが、それと同じくらい消費者が選択できる権利も尊重したい。広告に寛容で低価格プランを求める消費者に合うサービスを提供することはとても理にかなっていると思います」
アメリカとカナダで有料会員数が伸び悩む中、ネットフリックスは最近「広告は絶対に表示しない」方針から「絶対に表示しないとは言っていない」に態度を軟化させていたとはいえ、このヘイスティングスの思わぬ発言は業界関係者を驚かせた。なお、2019年後半にサービスを開始したDisney+は2022年3月4日に、今後広告付きプランを提供すると発表している。
とはいえ、広告付きプランは技術的には実装が簡単でも、経済的な観点からすれば必ずしも正しい選択とは言えないと、業界の専門家はネットフリックスの決算報告の数週間前に語っている。
年間1兆1700億円の広告収入を逃している可能性
米ニューヨークの投資銀行、ニーダム&カンパニー(Needham & Company)のアナリストは2022年1月21日の投資家向け書簡で、ネットフリックスは広告を導入しないことで年間90億ドル(約1兆1700億円、1ドル=130円換算)の収益機会を逃している可能性があると試算した。
この数字はメディアストリーミング端末製造販売会社、Rokuが獲得したとする(ニーダム試算)1ユーザーあたり年間40ドル(約5200円)の広告収入に、試算時点でのネットフリックスの全世界の有料会員数2億2200万人を掛けて算出したものだ(ネットフリックスの有料会員数は、2022年第1四半期の3カ月間で20万人減って同四半期末の時点で2億2160万人となり、第2四半期末までに2億1960万人にまで減少する見込み)。
もちろん、Rokuはネットフリックスのような世界的規模の事業を展開しているわけではないため、この試算は上振れしている可能性がある。一般的に、インプレッション単価(Cost Per Mille、CPM)は海外よりもアメリカ国内の方が低い。
ニーダムは、ネットフリックスが低価格の広告付きオプションを1つでも追加すれば、競合のストリーミング配信業者に対する競争力を高められると指摘している。アナリストらは投資家向け書簡の中で、月額料金5~7ドル(約650円~910円)の価格帯と1時間あたり5~6分の広告枠を推奨している。
「競合するほぼすべての動画配信サービスがこの2段階の価格戦略を導入している。この価格設定により、ネットフリックスの現在の広告なしプランと比較して、『広告付きプラン』での増収が見込める」とアナリストらは分析している。
ヘイスティングスは広告付きプランの価格についてはコメントしていないが、Huluの場合は広告なしプランが月額12.99ドル(約1700円)、広告付きプランは月額6.99ドル(約910円)である。
ヘイスティングスは決算発表の場で次のように述べている。
「Huluの場合はこうした2段階の価格設定がうまくいっていると思います。ディズニーも導入していますし、HBO(米ケーブルテレビ放送局)も過去に導入していました。こういった企業でも実際にうまくいっているのだから、私たちがやってうまくいかないのではないかという懸念はさほどありません。テストしてから導入するかしないかを決めるのではなく、ひとまず飛び込んでみて見極めればいいと思っています」
ヘイスティングスは、広告付きプランは「短期的な打開策」ではないと言明している。
「広告付き低価格プランをオプションとして提供し始めれば、それを選ぶ人もいると思います。また、我々には巨大な会員数という大きなインストールベース(訳注:製品やサービスに対して確保できているユーザー数)があり、今のままで十分満足しているユーザーもいます」
ヘイスティングスは「実質的な数という意味では、数年かけて段階的に増やしていくと考えてほしい」として、第三者が同プラットフォーム上でターゲット広告を配信できるようにすることにも言及した。「収益可能性という点では、オンライン広告市場は間違いなく進歩している」という。
「我々は純粋なパブリッシャーとして、第三者に高額なマッチング広告を出してもらったり、ユーザーに関するデータ統合のサービスを利用してもらったりすることで、そのような業種に直接手を出さずに会員へのサービスに集中したい。そうすることで素晴らしい顧客体験を生み出しつつ、さまざまな広告主からベストな方法で収益を生むことができる」と彼は言う。
ただし、効果測定やデータ収集に関し、ネットフリックスの高すぎるとされる機密性が逆に障害となる可能性がある。
この点に関し、Swerve TVのCEOであり以前Rokuの経営幹部を務めていたスティーブ・シャノン(Steve Shannon)は2022年3月の段階で次のように述べている。
「ネットフリックスはデータを非常に出し惜しみしています。今後広告収入を見込むなら、広告主にこうしたキャンペーンの有効性を納得させなければならないでしょう。広告を売るには、データを手放す必要があります。彼らは考え方を変えなければなりません」
ライセンサー側の大きなメリット
技術的な観点から見る限り、ネットフリックスのエンジニアチームなら広告型動画配信サービス(AVOD:Advertising Video On Demand)を開発することは十分に可能だ、とInsiderの取材に応じた複数のAVOD関連企業の経営幹部は話す。ストリーミング配信事業者の大きな課題は、ライブラリー内のプログラミングに関する現在のライセンス契約の内容だ。
前出のシャノンは、「コンテンツライセンス供与の観点から見れば、大きなメリットがある」と言う。
「例えば、ネットフリックスは『となりのサインフェルド』などの非オリジナル作品のサブスクリプション配信権は持っているでしょうが、広告付き配信契約権は持っていないため、一部の作品は提供できない可能性があります」
AVODの幹部の1人は2022年3月にInsiderに次のように語っている。
「CBSやターナーなどの放送局がネットフリックスで自社作品の配信を開始した際は、広告は入れないという条件付きでした。自分で自分の首を絞めるようなことはしたくなかったからです。もしも突然ネットフリックスが彼らとまったく同じライブラリーコンテンツをプラットフォーム上で動かし、広告を販売できるようになったら、こうしたメディア企業の収益源は一夜にして消滅してしまうでしょう」
広告付きプランの収益は1ユーザー月1300円程度か
一方で、広告事業への参入は、一部の人が考えるほどネットフリックスにとって利益にならない可能性もある。
「リード(・ヘイスティングスCEO)がこの件に関してあまり多くを語らない点を除けば、広告型サービス提供の障害は、広告付きサービスの価値(つまり収益)が、おそらく1ユーザーあたり月額10ドル(約1300円)程度にすぎないということだ」と指摘するのは、ロサンゼルスを拠点とする投資会社ウェドブッシュ(Wedbush)のアナリスト、マイケル・パクター(Michael Pachter)だ。
このような試みは加入者数の増加にはつながるが、収益の大幅な増加にはつながらない、と彼は考えている。
ネットフリックスの現在のアメリカでの料金は、1人視聴プランの月額9.99ドル(約1300円)から視聴可能端末台数4台プランの月額19.99ドル(約2610円)までとなっている。標準的な視聴者層は月額15.49ドル(約2020円)のプランを契約している。
「本当のリスクは、15.49ドルで契約していた顧客が5.99ドル(約780円)の広告付きプランに乗り換えてしまい、それ以上の収益を生まなくなることです」とパクターは指摘する(5.99ドルは仮定の価格。Huluの広告付きプランは6.99ドル、Disney+の広告付きプランの価格はまだ公表されていない)。
さらに、ネットフリックスがアメリカ国外でそのような戦略を追求したとしても、海外の広告市場はそれほど魅力的ではない。
「海外の広告市場の問題点は、アメリカ国内に比べて規模が小さいことです」とシャノンは言う。「海外の広告市場は規模が小さく、非常に細分化されているので、アメリカ国内ほどビジネスに適していません。アメリカの広告市場というのは非常に独特で、世界でもあまり類を見ないタイプの市場なんです」
テレビで自社作品を配信し広告需要を試す
ヘイスティングスは今回、決算発表で爆弾発言をしたかもしれないが、だからと言ってネットフリックスがユーザー向けの広告付きプランの開発を最後までやり遂げるとは限らない。
3月にInsiderの取材に応じたAVODの幹部は、その気があるならまずはネットフリックスのオリジナル作品をリアルタイムのケーブルテレビで配信してみれば、別プラットフォームでの配信がどうなるかを試せるだろうと指摘している。すでにネットフリックスで配信されている作品や映画をリースし、ほかのプラットフォームで再配信するというわけだ。
「そのようなライセンスなら買いたいと手を挙げる事業者はいると思います」と、前述の幹部は言う。「しかし私が知る限り、そのような話は今のところ出ていません。そういった外部からの要望は絶対にあるはずですが」
これはおそらく市場を試すことになるばかりでなく、配信事業者にとってはライブラリーのフォーマット化を促すことにもなるだろう。しかし、作品によって再生時間が大きく異なるオリジナルシリーズのラインナップが増え続けていることを考えれば、これは技術的にも大変なことだ。テレビには30分枠で放送時間23分か、1時間枠で放送時間42分という制約がある。
いずれにせよ、ネットフリックスはこれまで避けてきた分野に参入しようとしているのだ。状況を把握するまでには時間がかかるだろう。
決算発表で、ヘイスティングスはこう締めくくった。
「広告付きプランについてはここ1、2年のうちには結論を出したいと思っています。ただし消費者の選択として広告付きでさらに安い価格を提示するということに、我々は非常にオープンなのだと考えて欲しい」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・大門小百合)