国際通貨基金(IMF)が発表した「世界経済見通し」春季改訂版は、世界各国のGDP成長率が軒並み下方修正となった。が、パンデミック発生後のデータを並べて見てみると、日本だけは他の先進国と何か違うようで……。
REUTERS/Issei Kato
国際通貨基金(IMF)は4月19日、世界経済見通し(World Economic Outlook、WEO)の春季改訂版を公表した。
ほぼすべての国・地域について、2022年の成長率見通しが引き下げられ、世界経済の成長率(実質GDP伸び率)は4.4%から3.6%へと、前回(2022年1月)予測から0.8ポイントも下方修正された【図表1】。
【図表1】2020〜23年の主要7カ国(G7)および中国の成長率軌道(前年比%)。
出所:IMF 'World Economic Outlook, April 2022'より筆者作成
前回予測時点でも、資源価格の高騰を背景とするインフレ懸念が世界経済の重しになるとの見方が出ていたが、今回はそこにロシア・ウクライナ戦争と各国中央銀行のタカ派(=物価の安定を重視した金融引き締め支持姿勢)転換という2つの下押し材料が加わった。
新型コロナ感染拡大による想定外の減速から2021年の急回復を経て、2022年も続く旺盛な需要をいかに制御して物価を安定させるかが世界経済の課題とされていたが、ウクライナ危機により資源価格は高止まりし、資源以外についても供給制約の解消につながる道筋が見えてこない。
結果として、インフレ沈静化の目途は立たず、各国中央銀行は経済の縮小均衡覚悟で利上げを強いられている。
今回見通しのサブタイトル「戦争が世界の経済回復を後戻りさせる(War Sets Back the Global Recovery)」は現状を的確に言い当てている。
前回予測時点では、資源などの供給制約は2022年後半には緩和され、各国中央銀行は「インフレは一時的」というスタンスのもと、緩やかな金融政策の正常化プロセスを維持するはずだった。
米連邦準備制度理事会(FRB)は2021年11月末にはすでにタカ派に傾斜していたものの、現在のような「年7回利上げ」「2022年上半期中のバランスシート縮小」といった急旋回は想定されていなかった。
ロシア・ウクライナ戦争が、数カ月前にメインシナリオとされていた見通しに大幅な修正を強いた形だ。
アメリカと欧州の「立ち位置の違い」が明確に
今回の改訂見通しを国別にみると、地政学的リスクの震源地である欧州の下方修正幅が大きい。
2022年のユーロ圏全体の成長率は1月予測の3.9%から2.8%へと1.1ポイント引き下げられた。欧州連合(EU)を離脱したイギリスも、4.7%から3.7%へと1.0ポイント下方修正された。
ユーロ圏の内訳を見てみると、西側諸国のなかで(エネルギー依存度の面などから)ウクライナ危機の当事者に最も近いドイツは3.8%から2.1%へとほぼ半減。地力に乏しいイタリアも3.8%から2.3%へと1.5ポイント引き下げられた。
そんな欧州とは対照的に、アメリカは4.0%から3.7%へと0.3ポイント、カナダも4.1%から3.9%へと0.2ポイント、いずれも軽微な下方修正で済んだ。ロシア・ウクライナから地理的に遠く、資源国としての顔を持つアメリカとカナダの強みがはっきり出た。
上記のような北米と欧州の経済・金融情勢の差異は、過去1年間のインフレの内訳をみるとより鮮明になる。
下の【図表2】は2020年12月から2021年12月までのアメリカ、欧州、その他先進国におけるインフレの内訳を比較したものだ。
【図表2】先進国のインフレ内訳の比較(2020年12月〜21年12月の寄与度)。
出所:IMF資料より筆者作成
総じてエネルギー主導のインフレという理解は間違っていないが、アメリカではインフレ(への寄与要因)の半分以上がエネルギー以外になっている。
インフレに対するエネルギーの寄与率はアメリカで46%、欧州では73%、その他先進国では68%と、アメリカの低さが際立つ。
賃金上昇を背景とするサービス物価の上昇や、住宅価格の上昇を背景とする帰属家賃(=持ち家を住宅サービスととらえ、その利用料として家賃を払っているとみなす際の市場評価価格。GDP計算上使われる)の高止まりが反映された結果と思われる。
パンデミックの傷が癒えないのは日本だけ
さて、そうした世界の状況を踏まえつつ、日本の成長率見通しに目を向けてみよう。
冒頭の【図表1】にあるように、2022年1月時点の3.3%から2.4%へと0.9ポイント引き下げられており、アメリカやカナダと比べれば、日本はウクライナ危機を通じて欧州に近いダメージを受けたと理解できる。
海外からの資源輸入に依存するがゆえに、地政学的危機に際してダメージが大きくなる構造上の弱みは欧州と同じで、予想された通りの展開と言える。
なお、3月以降は円相場の下落が続いているため、資源価格高騰のダメージは今回の春季見通しで示された以上に大きくなることが予想される。
今回はほとんどの国・地域で成長率見通しが引き下げられたが、日本については今回に限らずパンデミック発生以降、下方修正が常態化している。
欧米諸国が(行動制限の解除や経済再開を背景に)そろって上方修正を記録した2021年も、日本だけは行動制限がくり返されたために下方修正が続き、世界経済の上昇気流に乗れなかった。
そうした経緯を踏まえると、一斉に下方修正となった今回の見通しだけでなく、パンデミック発生以降2年間の実績と今回の見通しを合わせて評価したほうが実情をとらえやすいだろう。
下の【図表3】は、2020~2021年の実績と2022年の見通しを累積した成長率を可視化したものだ。
【図表3】IMF世界経済見通し(2020〜22年の累積成長率)の国・地域別比較。
出所:IMF資料より筆者作成
最も高いのがアメリカで6.0ポイント、最も低いのは日本でマイナス0.5ポイント。マイナスになったのは日本だけ。
欧米諸国は2020年の落ち込みが大きかったから2021年の回復も大きかった、との見方は間違っていないが、一方で、2020年の落ち込みを回復しきれていないのは日本くらい、との見方も客観的事実と言える。
上の【図表3】からは、同じユーロ圏でもドイツやイタリアなど原発稼働を忌避して資源価格上昇の影響を受けやすい国の成長率は冴えないことが分かる。逆に、原発大国として知られるフランスは比較的高い成長率を維持できている。
そのあたりの論理も、日本の成長率の落ち込みと無関係ではないだろう。
日本にも、原発再稼働を含めたエネルギー政策のあり方、引き締めがタブー視される金融政策のあり方を見直すべきときが来ているのは間違いない。
そうした見直しを踏まえた新たな政策を打ち出すことで海外への所得流出を極力抑えることが、通貨価値の急低下に直面する日本にいま求められている経済政策ではないだろうか。
しかし、実際には「検討・注視しつつ対立論点を避ける」相変わらずの状況が続いている。
経済成長率についてパンデミックの傷を引きずったままなのは日本くらいというこの状況を正確に認識していれば、即断即決で必要な措置を打つしかないように思うが、そうした危機感はいまのところ感じられない。
足もとの急速な円安進行には、そうした日本の政治・経済のあり方に対する警鐘が含まれている、というのが筆者の基本認識だ。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。