2022年3月、IBMはニューヨーク・マンハッタンで33万平方フィート(約3万平方メートル)の新オフィスの賃貸契約を締結した。同社は2021年に35万人の従業員を徐々にオフィスに復帰させることを発表していた。
このビルは現在20億ドル(約2580億円、1ドル=129円換算)かけて大規模な改修を行っており、「エネルギーと環境デザインにおけるリーダーシップ(LEED)」認証を受ける見込みだ。同認証は米国グリーンビルディング協会が定めた環境に配慮したチェックリストを満たしていることを示す。
しかし、目新しい称号が期待されるこのビルには旧態依然とした設備が隠れている。年間何トンもの炭素を大気中に放出することになる、天然ガス燃料のボイラープラントだ。
ニューヨークを拠点にした環境調査団体のアーバン・グリーン・カウンシル(Urban Green Council)のCEOであるジョン・マンディック(John Mandyck)は、化石燃料の自家燃焼につながるインフラを使い続けているビルについて、「早く時代に追いつくべきだ」と批判する。
「新しく設計されるビルが、天然ガスの終焉と脱炭素化を考慮していないなんて失望しますよ」
マンディックの反応は決してオーバーなものではない。気候エネルギーソリューションセンター(Center for Climate and Energy Solutions)の推計では、世界の炭素排出量の30%近くは商業ビルや居住用ビルの稼働に必要な電力の発電に由来する。
ビルの炭素排量は、ニューヨーク市にとっても特にデリケートな問題で、アーバン・グリーン・カウンシルは、市内の100万棟の建物で消費されるエネルギーが、同市の炭素排出量の70%を占めていると指摘する。さらに言えば、冒頭のIBMの新オフィスビルを含む市内の5万棟の大型ビルは、同市の炭素排出量の半分を占めている。
代償を払う企業、払わない企業
マンハッタンのハドソンヤードエリアには、高層ビル群が立ち並ぶ。
Cheng Gan/Getty Images
InsiderはIBMに対し、時価総額が1300億ドル(約16兆8000億円)規模にもなる企業の持続可能性と環境に関する目標に、新オフィスがどの程度適合しているのかメールで質問を送ったが、広報担当者からは「回答は差し控えさせていただきます」との返信のみだった。
他にも、マンハッタンで再開発中のハドソンヤードエリアの中心には14.5メガワットの巨大な天然ガス燃料の熱電併給設備があり、敷地内の電力と温水の約半分をまかなうことが予定されている。
メタ(Meta)はこのハドソンヤードの複合施設の主要テナントだ。同社のウェブサイトに掲げられている「気候変動への取り組みをリードしている」という主張との整合性について広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
世界最大の資産運用会社であるブラックロックの創業者ラリー・フィンク(Larry Fink)は、投資における持続可能性を提唱している。しかし、同社もハドソンヤード50番地に本社を移転することを計画しており、同社の取引と業務が化石燃料を燃やすインフラに縛られることになる。この点についてブラックロックの広報担当者には複数回にわたりメールで問い合わせたが、回答はなかった。
環境保全のために代償を払っている企業もある。
JPモルガン・チェースは先日、30億ドル(約3900億円)を投じてパークアベニューに建設中の高さ1400フィート(約430メートル)の本社ビルの動力源を全て外部の電力源でまかなうと発表した。
ニューヨーク市の電力網は、全米のほとんどの自治体と同様、その大部分が天然ガスなどの化石燃料でまかなわれているが、今後は水力、太陽光、風力などの再生可能エネルギーの導入により、徐々にクリーンな電力網になると見込まれている。
事実、ニューヨーク市は2019年、「Local Law 97」と呼ばれる現地法を採択し、5万棟の大規模ビルの炭素排出量を2030年までに40%、2050年までに80%削減することを義務づけた。さらに、2021年成立した「Local Law 154」では、2027年以降、新築の商業ビルで化石燃料を自家燃焼することを認めないとしている(ただし、既存のビルには適用されない)。
そのため、再生可能エネルギーがさらに普及すれば、ニューヨーク市の電力網に接続された建物の炭素排出量は徐々に減少していくことが予想される。
こうした取り組みはデベロッパーにも広がっており、ニューヨークの不動産投資会社RXRリアリティは、2023年からマンハッタンのグランド・セントラル・ターミナル駅の隣に建設予定の高さ1575フィート(480メートル)のオフィスタワービルを完全に外部の電力源でまかなうと発表している。
RXRの最高経営責任者であるスコット・レクラー(Scott Rechler)は、同社がパークアベニュー175番地に建設中の高層ビルについても、「最も持続可能なビルにしたいと思っています。これまでの基準ではなく、これからの世界が目指す基準での建築を目指しています」と語っている。
こうしたビルの事例は、自動車業界において内燃機関から電力への変換が進んでいるのと同じように、商業用不動産の分野に変化の兆しを見せているのかもしれない。
反発する事業者たち
デベロッパーにとって脱炭素化最大のネックはコストだ。大手オーナーの中には、炭素排出量の削減は非常に難しいと強調する者もいる。
ニューヨークで創業100年を超える不動産会社、ダースト・オーガニゼーションが所有する超高層ビル「ワン・ブライアント・パーク」では、ビルの電力負荷の70%近くを、温室効果ガスを排出する5メガワット級の天然ガスタービンでまかなっている。
51階建てのこのタワービルの電力供給システムを切り替えるには、「それこそ何億ドルもの改修費がかかる」と同社の建築エンジニア、エド・ブリッカー(Ed Bricker)は言う。
「電力供給システムを変更する検討もしましたが、その結果分かったのは、運用コストが上がるということだけでした。つまり、システムを切り替えることの経済的なメリットは何もありません」
ブリッカーはまた、現状ニューヨークの電力網からの電力のほとんどは天然ガスか石油の燃焼によって発電されているため、現時点でビルの電力供給を変更しても、必ずしも炭素排出量を削減できるとは限らないとも述べる。
「当社が所有するワン・ブライアント・パークの電力供給仕様を変更したところで、炭素排出量は減るどころか、増えるでしょうね」
しかし、エネルギーの専門家の中には、ビルがより高性能に変わり、送電網がグリーン化されれば、テナントの要求によってビルオーナーたちも行動を起こさざるを得なくなるだろうと指摘する声も人もいる。
建物の暖房や換気システムを効率的に運用するためのソフトウェアを開発するブレインボックスAIのCEO、サム・ラマドリ(Sam Ramadori)は、「不動産業界はもっと速く進まなければなりません」と語る。
「石炭業界は終焉を迎えています。石油・ガス業界は、裁判で訴えられ、アクティビスト投資家からは事業モデルの転換を求められている。次は不動産業界ですよ」
(編集・野田翔)