1ドル130円水域。何が円安をもたらしているのか? 円安の背景に「貿易赤字」

撮影:今村拓馬

円安への関心が高まっている。為替レートは、基本的には通貨の需給関係で決定される。

いわゆるドル円レートで考えた場合、円に対する需要が強ければ円高になるし、ドルに対する需要が強ければ円安になる。こうした通貨の取引は実需取引と投機取引に分かれるが、そのうち実需取引は、さらに経常取引と資本取引に区別される。

経常取引とは、モノやサービスの輸出入に、海外との利子や配当金の受払、海外援助の受払などを含めた取引のことであり、これらの経常取引を束ねた統計が、「経常収支」となる。

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作成:筆者の解説をもとにBusiness Insider Japan作成

経常収支が黒字だということは、企業が海外から得た外貨の総額が、企業が海外向けに支払う外貨の総額よりも多いということを意味している。

日本の企業は獲得した外貨を外国為替市場で売却して、円に換える必要がある。経常収支が黒字であれば、円の需要が強まるため、円高が進むことになる。

その逆で、経常収支が赤字であれば円安が進むことになる。

図表1 日本の2021年度の貿易収支(速報)

出所:財務省

経常収支の中でも重要なのが貿易収支である。貿易取引には必ず通貨の売買が伴うので、為替レートに与える影響が大きいからだ。

財務省が4月20日発表した2021年度の貿易統計速報によると、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は5兆3749億円の赤字と過去4番目の赤字幅を記録、このことが2021年度に進んだ円安トレンドのベースにある(図表1)。

なぜ貿易黒字への転換は「難しい」のか

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

貿易黒字に転換するためには、輸出を増やすか輸入を減らすか、その両方を進める必要がある。

以前の日本なら、円安時にドル建ての価格を引き下げることでアメリカ向けの輸出が増えた反面、輸入が減ったので貿易収支が改善した。しかし現在の日本では、生産拠点の海外移転が進んだ結果、かつてほど完成品を作っていないため円安でも輸出が増えにくい。

他方で、輸入を減らすことも難しい。特に難しいのが、石油やガスといった鉱物性燃料の輸入を削減することだ。

再び2021年度の貿易統計速報を見てみると、鉱物性燃料の輸入額は19兆8001億円と輸入総額91兆2354億円の21.7%を占めていた。2020年度の鉱物性燃料の輸入額は10兆5878億円であるから、1年間で倍近い伸びだ。

REUTERS/Dado Ruvic/Illustration/File Photo

鉱物性燃料の輸入額が急増した最大の理由は、価格の急騰にある。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う世界景気の悪化を受けて、石油やガスといった鉱物性燃料の価格は2020年に急落した。

しかし世界景気の回復や産油国の協調減産を受けて、2021年に急騰した。その結果、日本の鉱物性燃料の輸入額も急増を余儀なくされたかたちだ。

日本の場合、そもそも鉱物性燃料に乏しいことに加えて、2011年の東日本大震災以降、原子力発電の多くを停止したため、火力発電への依存度が高まっている。石油やガスの価格が高騰すれば、貿易収支はすぐに赤字化する構造になっている。

円安の議論の中で原発の再稼働が語られる背景には、このような日本の貿易収支の特徴がある。

EUでも貿易赤字が定着へ

またヨーロッパでも、日本と同様に貿易赤字が定着しつつある。欧州連合(EU)27カ国のうち、統一通貨ユーロを導入している19カ国をユーロ圏と呼ぶ。そのユーロ圏の2022年1月の貿易収支は3カ月連続で赤字となり、貿易赤字が定着しつつある(図表2)。

その理由も日本と同じで、石油やガスの輸入額が2021年以降に急増していることにある。

特にEUの場合、主要なエネルギー源である天然ガスの輸入の約半分(欧州委員会によると2021年時点で45.3%)をロシアに頼っていた。それが主にスポット契約(必要に応じてその都度行われる契約)で行われていたため、天然ガスの価格高騰の影響を強く受けることになった。とはいえ、これはあくまで2022年1月までの話であることに留意したい。

2022年2月24日、ロシアはウクライナに軍事侵攻した。この事態を受けて欧米を中心とする国際社会は、ロシアに対する経済・金融制裁を強化した。

さらに欧米各国は、安全保障上の理由からロシア産の鉱物性燃料の利用を削減する方針を相次いで表明した。EUの場合は2030年までにロシア産の鉱物性燃料の利用をゼロにする方針になっている。

図表2 ユーロ圏の貿易収支

(出所)EU統計局(Eurostat)

EUは鉱物性燃料のそもそもの利用量の削減と、液化天然ガス(LNG)の輸入量の増加で脱ロシア化を図ろうとしている。

しかしタンカーを用いたり加工のプロセスが必要となったりする分、LNGの輸入コストはパイプラインを用いるロシア産天然ガスよりも高くなる。このことはユーロ圏の貿易赤字を定着させる方向に働き、ユーロ安を促す。

それだけではなく、鉱物性燃料以外の多くの原材料、例えばEUが普及を進めたい電気自動車(EV)の生産に不可欠なニッケルなどの原材料などについても、国際社会による経済・金融制裁に伴いロシアからの供給が減ることを睨んで価格が上昇している。

こうしたこともまた、ユーロ圏の貿易赤字を定着させる要因になると考えられる。

コストの上昇局面ではデメリットが大きい通貨安

もちろん、為替レートは経常取引だけで決まるものではない。特に、各国の中央銀行間の金融政策の温度差(金利差)を反映した資本取引(特に証券投資)や投機取引(膨大な資金を投入して短期的に利ざやを稼ぐ取引)は、為替レートを大きく左右する。3月から円安が急速に進んだ最大の理由は、アメリカの利上げで資本取引や投機取引が増えたことにある。

とはいえ、為替レートを考えるうえで、経常収支、特に貿易収支は最も重要な要素となることに変わりはない。通貨の取引はあくまで経常取引が基本であるため、貿易黒字が潤沢であれば、金利差の拡大で資本取引や投機取引が増えても、通貨安はそれほど進まないものだ。

しかし貿易赤字であれば、通貨安に対する歯止めが利かなくなってしまう。

本来、通貨安や通貨高にはそれぞれメリットやデメリットがあり、そのどちらが勝るかはその国の経済の構造によって変わるものだ。

しかし現状のように、石油やガスだけではなく、さまざまな原材料のコストが上昇している局面では、通貨安ではメリットよりもデメリットの方が勝る。つまり、インフレの加速につながるわけだ。

円安の長期化が「コストプッシュ・インフレ」を進行させる

De Jongh Photography / Shutterstock

円安であれば、海外から輸入するときのコストが増える。1ドル100円だったモノを1ドル150円で輸入すれば、コストは1.5倍だ。コストが増えた分だけインフレが進むことを「コストプッシュ・インフレ」という。

円安が長期化すれば、このコストプッシュ・インフレが進み、われわれの生活に悪影響が及ぶことになる。

インフレが加速しても、それ以上に所得が増えるなら問題はない。しかしそのためには、経済が堅調に成長している必要がある。景気が低迷したままでは、十分な賃上げは望めないからだ。そうした中でインフレだけが加速すれば、所得は実質的に目減りしてしまうことになり、そのことがまた景気の低迷につながってしまう。

2022年3月のユーロ圏の消費者物価(総合指数)は前年比7.5%上昇と統計開始以来の高水準となっている。

また同月の日本の消費者物価(同)は同1.2%上昇と、ユーロ圏に比べればまだ低いが、着実にインフレは加速している。日銀のインフレ目標である2%(ただし生鮮を除くコアベース)を超える日も、そう遠くはないかもしれない。

今後はロシアによるウクライナ侵攻の影響から、石油・ガス価格の高止まりが予想される。

そのため鉱物性燃料の使用量を削減でもしない限り、日本で貿易収支が黒字化する展望は描きにくい。もちろん、為替相場は変動を繰り返すものだが、このままでは円安トレンドが中長期的に定着する可能性が高いのではないだろうか。

(文・土田陽介

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