ブラックな働き方が注目される霞が関だが、女性官僚の働き方にも変化が表れつつある。
撮影:今村拓馬
人事院が4月15日に発表した2022年度国家公務員採用総合職試験の申し込み者は、6年ぶりに前年度よりも増加した。それまで5年連続で志願者は減少していた深刻な「官僚離れ」はいったん歯止めがかかった状態だが、そんな中でも女性の官僚志望者は年々増え、2021年度は初めて申込者に占める割合が4割を超えた。2022年度も過去最高になっている。
だがその一方で、長時間労働が常態化している霞が関では、出産や育児のライフイベント、またパートナーの転勤などで仕事との両立のハードルは高く、それを理由に官僚を辞めざるを得なかった女性たちもいる。
今後増える女性官僚たちが霞が関で働き続け、望む形でキャリアを歩んでいくにはどんな改革が必要なのだろうか。そのヒントとなりそうな動きも生まれている。
秘書官候補リストには男性ばかり
森まさこ総理補佐官(左)と、総理補佐官の秘書官として働く川上景子さん。
提供:森まさこ氏事務所
現在、森まさこ総理補佐官の秘書官として働く川上景子さん(38)が内閣府の人事担当者から秘書官の打診を受けたのは2021年11月、第2次岸田政権発足直後のことだった。とっさに「絶対自分には無理」と思ったという。
川上さんは2021年に2回目の育休から復帰し、現在1歳と6歳の2児を育てている。保育園への送迎などは夫とも分担しているが、定時より1時間早く終業する短時間勤務を選択している。1人目の育休から復帰後は人が足りない部署だったこともあり、時短勤務を選んでいても、勤務時間が定時を超えることもしばしばで、いつも「綱渡り」の状況だった。
秘書官の仕事といえば、ボスよりも早く登庁してボスを迎えに行き、日中はボスについて回って日程管理などをし、ボスが帰宅した後には翌日に備えた準備をする。そんな働き方が「常識」とされていた。
「これまで大臣秘書官を務めた先輩たちを見ても男性がほとんど。朝から夜まで超多忙なこの仕事は子育て中の自分には絶対無理だと思いました」(川上さん)
森まさこ氏は第2次安倍内閣で、少子化や男女共同参画担当大臣に就任した。2012年12月撮影。
REUTERS/Toru Hanai
一方の森さんは補佐官に就任直後に、官房長から秘書官候補者のリストを見せられた時強烈な違和感を覚えた。リストには男性の名前がズラリ。10年前に第2次安倍政権で男女共同参画などの担当大臣に就任した際のことも蘇った。その時も秘書官候補には男性の名前しかなかった。当時も今回も「女性の候補者も入れてほしい」と言うと、「秘書官適齢期の女性官僚はほぼ子育て中で秘書官の仕事は難しい」という答えが返ってきた。
「それがマニュアルなんじゃないかと思うほど同じ説明だった。男性でも子どもがいる人はいるはずなのに、女性というだけで無理だと決めつけるのはバイアスで、それが女性官僚にとっては大きなキャリアロスになる。
省庁の上層部の考え方を変えるには、女性を登用し、女性でもできることを見せ、景色を変えるしかない」(森さん)
川上さんは森さんとの面談に臨んだ時、森さんからこう言われたという。
「子どもが熱を出したら帰っていいし、今のまま時短勤務でもいい。だって私の担当は『女性活躍』なんだから」
止めた朝の迎えで生まれた時間の余裕
これまでの秘書官の「常識」とされていた働き方を少し変えることで、川上さんは時短勤務のまま働けている(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
森さんは川上さんとの日常を「#バタバタ日記」としてFacebookで発信し続けている。日記を読むと、“上司と部下”が二人三脚で、どうやったら徹底的に仕事を効率化し、優先順位をつけ、仕事のメリハリをつけているのか伺える。
最初に森さんが「止めた」ことは朝の迎えだ。車の中は秘書官とその日の日程などを打ち合わせる貴重な時間でもあるが、そのために秘書官は早く登庁しなくてはならず、川上さんの場合、保育園の送りができなくなるという問題があった。打ち合わせは電話やメールなどを活用することで解決した。
「対面にこだわらずコミュニケーションが取れれば構わないと言われました。ちょうどコロナで霞が関全体でテレワークできる環境整備が進み、持ち帰れるパソコンが支給されていたことも大きかった」(川上さん)
それでも最初の頃は、子どもが熱を出しても、川上さんはすぐには言い出さなかった。いつもと違う様子に気づいた森さんが理由を聞いて、申し訳なさそうに子どもの病気を打ち明け、おずおずとリモートワークを願い出ていた。そんな川上さんに、森さんは「すぐに帰りなさい」と言うこともあった。
先日、森さんは夜中にアメリカ大使館から明日至急会いたいから時間を調整して欲しいと言うメールを受け取った。すぐに面会時間までに女性活躍の状況などに関する資料を、日英2つの言語で用意して欲しいと川上さんに連絡した。まもなく川上さんからはこんな返事が来た。
「明朝はどうしても保育園への送りを夫に代わってもらうことができず、私は対応できないので、もう1人の秘書官に資料づくりをお願いしました」
森さんはこのメールを見て「嬉しかった」という。川上さんが「できない」ことをはっきり伝え、自分の判断で代替手段を考えられるようになったからだ。もう1人子育て中の男性秘書官を任用したこともあり、2人でうまく仕事が分担できるようにもなった。
森さんは霞が関でも幹部や上司が仕事の仕方や部下の使い方を工夫しさえすれば、女性はもっと多くのあらゆるポストで活躍できるという。
「そのためには仕事のプロセスを見直し、どうしても必要な仕事は何か、出勤しなくてもできることは何かを精査することが必要。そうすれば霞が関全体がブラックな職場でなくなり、女性だけに限らずみんなが働きやすくなる」
妊娠中の官僚「リモートワークがなかったら…」
環境省の課長補佐の山王静香さんは、今年夏に出産予定だ。
撮影:横山耕太郎
「つわりがひどい時は起き上がれないこともあった。もしリモートワークがなかったら、仕事を継続することは難しかったかもしれません」
環境省廃棄物規制課・課長補佐の山王静香さん(35)はそう話す。山王さんは現在妊娠中で、夏に出産予定。今は週に2回、リモートワークをしている。
省内の会議だけでなく、国会議員への説明もオンライン化が徐々に進んでいるものの、国会対応のために出勤しなければならない日もある。
「時間帯によって体調が悪くなることもありますが、同僚や上司もサポートしてくれ無理なく仕事ができている」
霞が関の中でも、環境省はリモートワークへの対応が早かった。内閣人事局の調査によると、2020年度の職員1人当たりのリモートワークの実施日数は、中央省庁の平均は49.6日。一方で環境省では、1人当たり74.9日と大幅に多かった。
同時に環境省では大規模なフリーアドレス化も推進しており、環境省の環境再生・資源循環局では、全職員分あったデスクの数を2割減らし、リモートワークも日常的な働き方になりつつある。
フリーアドレス化され、机の上にあった紙の資料はなくなった。左はフリーアドレス化の前(2021年12月撮影)、右はフリーアドレス化の後(2022年3月に撮影)。
撮影:横山耕太郎
環境省の働き方改革の指針になったのが、2020年8月、当時の小泉進次郎環境相のもとで策定した提言「選択と集中」だ。この指針作りで働き方改革のパートで、チームのとりまとめ役となったのが山王さんだ。「選択と集中」で特徴的なのは、約70人もの官僚らが策定に関わった規模の大きさに加え、提案内容のほとんどが実行・計画進行中という実行性の高さだ。
「一気に働き方改革が進んだことを、私たちは『惑星直列(複数の惑星が直線状に並ぶこと)』と呼んでいます。大臣のリーダーシップと、若手によるボトムアップ、そこに事務次官や秘書課長など管理職の積極的な参画がありました」
「1日24時間では足りない」
ただ山王さんも、国会対応などに忙殺されてきた過去がある。山王さんは2010年に入省後、原子力規制庁へ出向し、その後アメリカの大学院に2年間留学。留学後は資源エネルギー庁に出向した。
20代から30代にかけては「できる限り経験を積み、留学にも全力で挑みたかった」といい、政策立案の裁量が増す課長補佐に昇進してからは、「1日が24時間では足りないほど働いていた」という。
転機になったのは、出向から環境省に戻ってきた頃のこと。仕事に自信がついたこともあり、子どもを持ちたいと思うようになった。山王さんは不妊治療を経て、35歳で妊娠。ただ「とても幸運だったと思いますが、当然年齢的なリスクもある」と話す。
「仕事をコントロールできるようになった頃に子どものことを考え始め、妊娠後はリモートワークもできました。自分が納得できるキャリアを描ける環境であることが重要だと思っています」
20代で迫られる「家庭かキャリアか」
特に女性官僚は20代後半から「家庭かキャリアの選択を迫られる」という。
撮影:今村拓馬
霞が関では妊娠出産や不妊治療を機に離職するケースは珍しくない。
Business Insider Japanの取材に応じた他の省庁に務める30歳代の女性官僚は「私の周囲では40歳手前での出産も多い。女性官僚は20代後半から、キャリアなのか家庭なのか選択を迫られる」と話す。別の女性官僚は「妊娠出産や不妊治療などで辞めてしまう女性も多い」と現状を語る。
しかし、そんな霞が関に身を置く山王さんだが「育休から復帰しても、正直、今ならなんとかなると思っています」と表情は明るい。
「5年前の私であれば、出産・育児とキャリアの両立に不安しかなかった。でも柔軟な働き方がスタンダードになりつつある今、心配は少ない」
山王さんは育休復帰後も、環境省の本省で働き続けたいという。
「官僚の仕事は、多くの関係者と議論しながら政策を作っていくのが魅力です。夫も多忙ですが、出産後もお互いにやりたい事と育児の両立を目指していきたい」
先の森さんは日本全体で女性が意思決定層に増えるためにも、まず霞が関で働き方を柔軟にし、あらゆるポストに女性を引き上げることが必要だという。そしてそれは決して部下からではできない改革だと指摘する。
「女性たちが今の霞が関で仕事をセーブしたり離職したりするのは、自分が活かされる職場なのか冷静に見ているから。離職などはむしろ現実的な対応。これを変えられるのは部下ではない。トップや上司側がマインドセットを変えなければいけないと思っています」