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ゲームセンターに居場所求めた中学時代。「本心で話せる大人と出会えない」若者たちの孤独【土肥潤也2】

土肥潤也さん

撮影:千倉志野

社会活動家には二つのタイプがある。幼少期などにトラウマにつながるような困難な体験をしたことで問題意識が芽生えたタイプと、それほどの強い個人的な体験はないが、世の中が良くなればいいなという軽やかな動機がきっかけとなったタイプだ。

「僕は後者です。正直言って、強い思いがあって若者に関わり続けてきたわけではないんですよね、ちょっと恥ずかしいぐらいに平凡なんです」

と照れながら土肥潤也(27)が振り返った子ども時代は、ゲームセンターから始まった。

ゲーセンが居場所の中学時代。依存的に

静岡県はサッカー王国だ。焼津市の郊外で生まれ育った土肥も小学校からサッカーを始め、中学でもサッカー部に所属した。だがあまり上手くなく、冴えない日々を発散するために、家から歩いて5分ほどの場所にあるゲームセンターに通い詰めた。

そこには時間を持て余した居場所のない中学生が集まり、スロットマシンに打ち込んでいた。別々の中学で名前も知らない同世代とゲーム話だけで盛り上がる放課後。今思えばあの人何してたんだろうというような、得体の知れない大人も混じっていた。

「中学時代、本当は進学や仕事、将来のこととか、人生について誰かと語り合いたかったと思うんです。でも、ちょっとでもそんな話をすると笑われるような雰囲気はあったし、言えなかった。自分が認めてもらえる場所をゲーセンに求めていたと思う」

だがゲーセンで何かが晴れるわけではない。金はいくらつぎ込んでも足りない。依存的にもなっていった。一度は親の財布から金を抜いたのがバレて、ボコボコに怒られた。

高校時代の土肥潤也さん

土肥は高校時代もサッカー部に所属した。

提供:土肥潤也

大学生になってYECの活動に打ち込んだのは、自分自身の中学時代を振り返ってやっぱりゲーセンに居場所を求めるような子は少ない方がいいと思ったからだという。持て余した時間とエネルギーをかつての自分のようにゲーセンで消費しないでほしい、心の内に秘めている実現したいことが叶うよう手伝いたいという謎の使命感はこんこんと湧き続けた。土肥自身、中高生活がつまらなすぎたから、青春を取り戻したいような気持ちもあったかもしれない。

静岡県立大学に進学し、入部したサークル・YECで、土肥は中高生の余暇活動の支援に打ち込んでいく。街中でフラッシュモブをしたい、ファッションショーをやりたいという高校生のアイデアを一緒に実現する中で、土肥は高校生以上に熱を入れて行政などと交渉した。

実際は高校生との連絡が突然途切れたり、彼らのやりたいことがコロコロ変わったりとトラブルは絶えなかった。それなのに自分はどうしてこんなに熱中して頑張るのかと考えたとき、ゲームセンターに居場所を求めていた中学時代の自分が頭に浮かんだのだ。

2カ月で2000人の若者の賛同書集める

スマホを見る若者たち

土肥が大学生の頃、静岡県では人口流出率が全国2位になるという衝撃的なニュースが報じられた。当時の静岡県庁の資料を確認すると、特に20代の若者の東京圏への流出が激しい(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

だが、中高生と直接関わって彼らの支援をすることには限界がある。若者が思う形に表現できるような街をつくるためには、制度や仕組みなど構造に関わっていかなくてはならない。

土肥がYECの活動に打ち込んでいた大学2年のとき、安倍政権は地方創生を打ち出した。2014年のことだ。それを受けて各自治体は地方創生に向けた総合戦略をつくった。前後して静岡県では人口流出率が全国2位になるという衝撃的な現実に見舞われた。

ここぞとばかりに土肥は政策提言に動いた。準備期間はわずか2カ月だったが、高校生と大学生の7人で検討委員会をつくり、電話やSNSを駆使して2000人の若者の賛同書を集めた。最後は静岡市長に高校生が直接提言する場づくりに成功した。この出来事が土肥のファシリテーターとしての原点になる。

若者の街づくり参加を求める提言が政策に組み込まれることとなり、土肥は新しくNPO法人「わかもののまち」を創設した。翌年、静岡市が若者事業に60万円の予算を計上したため、土肥は就活をせず、「わかもののまち」として受託することを決めた。

「わかもののまち」が手がけた事業のひとつが、焼津市から受託した若者居場所事業「やいぱる」だ。焼津駅前商店街のビルの一室につくった「やいぱる」には、さまざまな背景を持った10代が集まってきた。彼らに共通していたのは孤独感だった。

問題は本心を話せる大人と出会えないこと

土肥潤也さん

やいぱるで出会った中高生の抱える問題と、ゲーセンに通った自身の中学時代には、ある共通点があったと土肥は話す。

撮影:千倉志野

「ほんとは部活に入りたかった」と打ち明ける男子高校生がいれば、「一緒に部活つくろうよ」と釣り部をつくったり、「英会話をやりたいけど学校の英語部は合わない」と女子高校生から聞けば、近所の飲み屋で知り合った来日中の外国人に「ALT講師(英語を母国語とする外国人の先生)として英語を教えに来てよ」と頼んだり、カレーを作ってみんなで食べたり、ほとんど一緒に遊ぶような時間を過ごした。

集まってきた中高生と話をしてみると、それまでは気づかなかった彼らの孤独や厳しい状況がわかってきた。彼らの背景に虐待などの深刻な問題があることを知り、専門家の支援を仰いだこともあった。自分の育った街でそれまで気づかずにいた見えにくい問題に気づかされたこの経験は、街づくりの根っこを考えさせた。

彼らとの関わりを通して思い出されるのは自分自身のゲーセンに通った日々だった。なぜ自分はゲーセンに居場所を求めたのか。そのこととやいぱるで出会った中高生の抱える問題は、かけ離れているようで実は共通するものがあると感じた。それは本心で話のできる大人と出会えていないということだった。

「やいぱる」を運営しながら土肥は早稲田大学大学院に進み、都市コミュニティデザイン論を研究した。大学院生という自由な立場で土肥は、「やいぱる」を通して商店街に少しずつ溶けこんでいく。その頃、東京のウェブ制作会社の経営者がふるさと焼津を盛り上げたいと、コワーキングスペースを商店街の空き店舗につくった。土肥はその運営を手伝い、商店街に居場所ができた。

第3回はドイツから持ち帰ったヒントをもとに焼津駅前商店街で始め、地元住民を巻き込んで2000人を動員することになった「みんなのアソビバ」の裏側を紹介する。

(敬称略・明日に続く)

(文・三宅玲子、写真・千倉志野)

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