撮影:千倉志野
「さんかく」の取材にあたりプロジェクトの収支が気になっていた。1箱2000円で55人に本箱を貸し出したとしても、人件費が賄えるとは思えない。ソーシャルプロジェクトが行き詰まるのは大抵「稼げない」という壁にぶち当たったときだ。ところが土肥潤也(27)は思いがけないことを言った。
「僕、さんかくで稼がないって決めたんですよ」
いったいどういうことだろう。
「お金を稼ぐために棚を200に増やすというやり方もあったと思います。でも、それは違うと思ったんです。棚で稼ごうとすると目的が変わっていってしまうと気づいたのでやめました」
一箱本棚オーナーに主人公として図書館に関わってもらい、それがひいては図書館のある商店街の当事者にもなっていけば、商店街は自ずと息を吹き返すだろう。だからここで自分の稼ぎを生み出すことを一番の目的にすると、どこかに無理が生じる。儲かるはずのない仕組みで稼ごうと思うといいことがないと土肥は説明した。
ファシリテーションを軸に3つの収入源を確保
「みんなの図書館 さんかく」で儲けようとはせず、他に3つの複業をすることで土肥は生計を立てている。
撮影:千倉志野
考えを切り替えた土肥は複業(副業ではない)を思いつく。そして自身のプロフィールをSNSで公開し、「ソーシャルマーケティングの技術を買ってくれる企業はありませんか?」とクライアントを公募。1年前から静岡市に本社のある税理士法人が主体となったセブンセンスグループでソーシャルマーケティング担当の執行役員として働き始めた。就労は週1回、テレワーク中心という取り決めだ。
土肥は自分のことを「NPOあがりだからお金の稼ぎ方がわからなかった」と言うが、その土肥のファシリテーションの技術や企業と社会をつなげる専門知識が企業に評価された。セブンセンスではソーシャルマーケティング担当として企画をつくった。セブンセンスのクライアント企業と学生起業家を結びつけて起業を支援する仕組みだ。セブンセンスはプラットフォームの役割に加えて、学生起業家の財務や経理をサポートする。
土肥の収入源は他に3つある。一つは「さんかく」を運営する一般社団法人トリナス。トリナスの社会保険に加入し、代表理事でもある。もう一つは一般社団法人Next Commons Lab (NCL)の理事。NCLでは地方で起業する選択をした人たちを事業デザインやコーディネートにより支援している。土肥は地域おこし協力隊の制度を活用した起業家を支援するプロジェクトのディレクターを務める。三つめが大学3年で創設したNPO法人「わかもののまち」だ。
「会社がいろんな事業に取り組むことでリスクヘッジするのと同じで、僕個人のポートフォリオもいろんな仕事を組み合わせてリスクヘッジする、そんなイメージで働いています。僕らのようなNPOの仕事は行政の事業受託もけっこうありますが、いつ打ち切りになるかわからないプロジェクトもある。『さんかく』だって3年後にはどうなっているかわからない事業です。だからきちんとベースの仕事をつくっておこうと思いました」
どれもファシリテーターとして始めたプロジェクトや、土肥のファシリテーション技術が求められた結果の仕事だ。集まった人たちが自分で考えて主体的に参加するようにその場をデザインするのがファシリテーターの仕事だとすると、逆説的だが他者をファシリテートできるためにはファシリテーター自身が主体的に自分の人生をデザインできなくてはならないのだろう。
土肥はファシリテートの技術を身につけていくうちに、自分自身をファシリテートできる思考法を身につけたように思える。
教授、自治会長…3人の恩師
土肥の取材中、恩師の一人である商店街エリアの自治会長がふらっとさんかくの前を通りがかり、土肥を応援する理由を教えてくれた。
撮影:千倉志野
自分ですたすたと歩いてきたように見える土肥だが、3人の恩師がいる。
一人はファシリテーションと出合うきっかけになったサークルYECの顧問教授だ。実は当時の自身はトップダウン型のワンマンなリーダーだったと、土肥は振り返った。人の話を聞かず、承認欲求が強かった土肥にリーダーとしての振る舞いを顧問教授はただした。厳しい指導でも知られるその教授から「本を読め」「勉強しろ」と言われたことが、本を読むようになったきっかけだという。
当時、教授や仲間との議論で、「でも」や「だけど」が口癖だった土肥に教授は、「逆説禁止令」として罰金を科した。大学4年のときに大げんかをしてそれ以来会っていないというが、あの頃厳しくしてもらわなかったら一皮剥けなかったと思うと土肥は感謝を口にした。
もう一人は早稲田大学大学院で都市コミュニティ論を学んだ際の教授だ。その人は建築学科出身だが、ドイツの市役所でコミュニティ設計の専門家として働いた経験があり、建物とコミュニティの関係性を社会学の文脈で捉える視点の研究者だ。
教授から教わった「美しい建物には意味がない。美しい建物に美しいコミュニティがあるから意味がある」という考え方は土肥の血肉になっているという。ファシリテーターの土肥自身もアーティストとしてではなく、デザイナーとして場づくりをすることを意識している。それは異質な他者にも開かれた場所を心がけるという意味だ。
3人目は焼津駅前商店街の近所に暮らす70代の男性だ。商店街のすぐそばの地区の自治会長として地域の顔役をつとめるその人は、土肥が「みんなのアソビバ」を企画したとき、人が大勢集まることをあまり快く思わない近隣家庭を一軒一軒訪ね、主旨を説明した。その後、土肥が空き店舗を借りる際には、心配する所有者に「この子はだいじょうぶだから」と口添えをした。
自治会長は土肥を応援したわけを、「初めのうちは、外から来て何をするつもりなのかと思って見ていたけど、本当にここでやろうという気持ちが伝わってきた」と話した。「やいぱる」、コワーキングスペースの管理など、焼津駅前商店街での土肥の濃密な関わりを自治会長は見ていた。
さんかくがコピペみたいに増えるのが怖い
何十枚もの直筆の貸出カードは、さんかくが焼津駅前商店街に確かに根付き、息づいていることを示している。
撮影:千倉志野
承認欲求が強かったという土肥は、どのように自分を満たして今のようなファシリテーターになったのだろう。
「承認欲求は今もあると思います。でも人の役に立てているみたいな実感を持てているのがいいのかな。今は自分から仕事をつくるより、頼まれたことをいかに良いものとして仕上げるかという仕事が増えています。求めてくれる人がいることがいいのかな」
「さんかく」が広がるにつれて、土肥も「図書館の人」として知られるようになった。だが、「さんかく」が広がっているということは課題でもあると言う。
一つは自身の時間を他の土地の図書館に割くことで、「さんかく」に時間をかけられなくなっていることが怖い。そしてもうひとつは、初期と目的が入れ違っていくことへの不安だ。
「小さな公共圏を焼津の街で広げていくことで焼津の街を豊かにしていきたいと思って始めたことだったのに、一箱本棚の図書館が全国に増えていくことによって、もっと増やしていかないといけないと拡大志向になっている自分もいるし、周囲もそれを求める。
でも、それって自分がやりたかったことなのか。僕がやりたかったのは一つひとつの場所で自立して考えられるようなコミュニティです。でも、仮に『さんかく』のやり方がモデルとなってしまった結果、人が無思考に手法だけを真似していくことになりはしないかと心配しています。
今までの30の図書館とは個人でつながっていて名前と地域が一致していますが、コピペみたいに今後も増えていくと、それってほんとうに僕がつくりたかった未来なのかわからないという怖さがある」
ツリーの一番高い位置にさんかくがあって、その下に後発の図書館がぶら下がっていくような今の流れではなく、小さな輪っかがぼこぼこと自立して浮いていて、さんかくもその中のひとつの輪っかとして存在するような仲間が増えるイメージを描きたいという。
「さんかく」は一人ひとりが主人公として関わる場所を目指して始まった。主人公が集まって形になった図書館もまた、自立した存在であることには矛盾はないはずだと土肥は考えていた。
インタビューをしたコワーキングスペースでは異なる職能の人たちが資源をシェアし、かけ合わせてイノベーションを起こすことを目指している。多くの仕事がAIにとって代わられるこれからの時代に、自立した人間同士にしか生み出せない新しい何かを創造するための実験を繰り返し、10年後の焼津の未来をつくることを目指した実験基地だ。
撮影:千倉志野
10年後の焼津はどうなっているだろうか。土肥は「とりあえず、駅前商店街のシャッターは全部開いていると思いますよ」と笑顔で宣言した。
(敬称略・完)
(文・三宅玲子、写真・千倉志野)