Business Insider Japanの取材に応じた人事院・川本裕子総裁。
撮影:今村拓馬
霞が関で働く国家公務員の人事管理を担当する人事院。
2021年6月、その人事院のトップである総裁に任命されたのが川本裕子氏だ。川本氏はマッキンゼー・アンド・カンパニー出身で早稲田大学大学院の教授を務めた人物。
小泉政権下で進められた道路公団改革で、民営化推進委員会の委員を務めたことでも知られている。
川本氏は人事院総裁に就任後、各省庁の民間人材の期限付き採用で、人事院の事前承認を不要としたり、国家公務員試験の受験者数を増やすため、試験申込み期間を拡大したりと改革を打ち出してきた。
総裁に就任して約10カ月が経過したいま、霞が関の現状は、川本氏の目にどう映っているのか。
成長「言われないと、本人は気付かない」
川本総裁が就任後、人事院では国家公務員試験の試験申込み期間を拡大。その成果もあってか、2022年度の試験申込数は6年ぶりに増加に転じた。
撮影:今村拓馬
——若手官僚の離職が問題になっています。現状についてどのように感じていますか?
川本裕子総裁(以下、川本):若い方たちが一番に言うのは「成長実感がない」ということ。仕事の評価に関して上司からのフィードバックの仕方にまだまだ改善の余地があると強く感じています。
成長実感は人が評価をしてくれないと、なかなか実感できません。
役所の皆さんは文章に落とし込む力があり、そのスキルは、かつてマッキンゼーで働いている時も感心していました。その力は今も引き継がれていますが、明示的に「成長している」と言われない限り本人は気がつきません。霞が関では、下積み作業が多いと言われますが、必ずしも意味のない下積みばかりではないと思っています。
そもそもどういうスキルセットを目指すのか、そして必要とされるスキルが得られているのかどうか、言語化する過程が必要なのです。
公務は国の骨格を作っていく仕事です。非常に大きなスケールの仕事をしているのに、仕事の意味が言語化されていなければ、働く人にとっても認識されていない面もあります。
——人事院が公表している課題項目に、「幹部職員を対象とした研修の抜本的改定」があります。若手と上の世代では、危機感が違うという声も聞きますが、意識の差についてどう感じていますか?
川本:危機感は世代や経験、省庁によっても大きく違っていて、濃淡があると感じています。
私は民間企業に対してもよく言ってきましたが、粘土層(保守的な管理職層)の意識が変わらないと、若手はつらい。
若手の育成に高い意識を持っている上司もいますが、全員ではありません。ただ上司にとっても、マネジメントが成功すれば仕事がうまくいくようになる。その好循環をどう作るかが課題です。
幹部の評価についても、「きちんと人を育てているか、ケアしているか」という点も考慮していただくよう各省に伝えています。人材育成を評価するようなカルチャーにしていきたい。
人材獲得「競争的市場という意識薄い」
主に民間企業が参加する合同企業説明会には、コロナ禍でも多くの就活生が集まった。
撮影:横山耕太郎
——国家公務員試験の受験者が減少傾向にあり、人材獲得が難しくなってきています。なぜ「官僚離れ」が進んでいるのでしょうか?
川本:霞が関の若手は、もしも霞が関で働いていなければ、民間の大企業で働いていた可能性も高い人たちです。多くの大企業では(霞が関と変わらず)これまで長時間労働でした。いまだにその名残がありますし、年功序列、終身雇用の企業もまだ多いです。しかし、少しずつ民間企業では人材育成や若手のスキルアップに注目して改革を進めていることで、変化していない霞が関が目立ってしまっています。民間との改革のスピード差が際立ってきているのです。
日本の雇用市場では、スタートアップ企業に加え、ビック・テックのような外資系企業も存在感を強めており、獲得競争が激しくなっています。しかし霞が関は、これまで優秀な人材が大量に来ていた時代が長く続いてきたために、「人材市場が非常に競争的な市場だ」という意識が薄いと思います。
業務の多さ「多方面の協力が必要」
——霞が関の働き方が改善しにくい背景として、急に国会議員から呼び出されて説明を求められることや、予定になかった国際会議への対応など、自分ではコントロールできない「他律的な業務」が多いことが挙げられます。この問題にどう取り組みますか?
川本:他律的な業務には、絶対的な他律的業務と、相対的な他律的業務があります。
絶対的な他律的業務というのは災害やコロナなど不可抗力によるもので、民間でも当然、対応を迫られます。この絶対的な他律業務の課題は、霞が関では定員を自由に動かせない点です。有事の際には、業務に合わせてフレキシブルに定員を配置できる仕組みが必要だと思っています。
また相対的な他律的業務に関しては、霞が関からは、長時間の残業の原因として、国会対応を挙げる声が多く聞かれます。
撮影:今村拓馬
「公務員人事管理に関する報告」(2021年8月に発表)では、「喫緊の課題である国会対応業務の改善へ 国会等の理解と協力を切願 」とし、国会に対してお願いしました(注)。
(編集部注:過去の報告では、「関係各方面」の理解と協力を求めるとしていたが、今回の報告では「国会等」とより踏み込んだ表現になっている)
ただ、質問取り(官僚が国会議員に対し、事前に質問内容を聞くこと)もオンライン化が進み、国会議員の方々が2日前に国会に質問内容を通告する「2日前ルール」も、従来に比べ守られるようになってきています。
2日前ルールに関しては、お一人でも質問を出してくださらないと、結局国会対応をしている皆さんが、質問が出るまで待機しないといけない難しさもあります。
国会の機能をきちんと果たしつつ、業務の効率化を進めていくためには、多方面からの御協力が必要です。これからも声を上げていきたいと思っています。
「インフラが気の毒すぎる」
川本総裁は率先して、週2回リモートワークを実践している。
撮影:今村拓馬
——具体的にどう業務の効率化を進めていくのでしょうか?
川本:効率化を進めた人を評価する仕組みを、もっと強化していくことが必要だと思っています。
また進歩している技術の活用も進めたいと思っています。霞が関は、インフラが気の毒すぎると感じます。
ただ、コロナを契機にインフラは急速に改善しています。私は週に2日はリモートワークで、打ち合わせには自宅から参加しています。まだ会議室に集まっている方も多いですが、人事院では、局長クラスがずいぶんリモートワークをしています。インフラが整えば、リモートワークはもっと広がると期待しています。
——霞が関の女性活躍についてですが、管理職比率は低迷しています。国家公務員(総合職)の採用時の女性比率は2021年度は34.1%でしたが、本省で働く課長や室長級職員の2021年度の女性比率は全体で6.4%だけです。どのように女性活躍を進めていきますか?
川本:国家公務員は身分が保障されており、女性にとっては働きやすい場所です。霞が関の女性の育休取得率は99%で、民間よりも高いです。
女性活躍を推進するためにも、やはり男性育休の取得も推進していきたい。男性育休のポイントは、代替要員を確保できるかです。国家公務員の場合、職員の定数制限というハードルがあります。しかし、赤ちゃんが生まれるまでには相当の期間があり、職場で準備はできるはずです。そのような観点も含めて各省をサポートしていきたいと思っています。
日本の国民の半分は女性です。半分ぐらい女性がいた方が、意思決定メカニズムにおいても健全だと思っています。
任期は4年「まだまだ改善できる」
人事院と内閣人事局の若手によるチームと意見交換する川本氏(中央)。
撮影:横山耕太郎
——川本さんご自身は、人事院に来られてから働き方の変化はありましたか?
川本:お昼休みを取るようになりました。12時から1時はみんな昼休みなので、ミーティングも入りません。霞が関は、時間と場所がコントロールされた世界。これまでは時間も場所もフレキシブルに働いてきた私にとっては大きな変化です。
一方で昼休みをどの時間にどうとるのか、もう少し個人がフレキシブルに運用できないかも検討項目になっています。
——川本さんの就任後、菅内閣が退陣し、働き方改革を推し進めてきた河野太郎氏が行政改革大臣を退任しました。改革が停滞しているという指摘もありますが、影響についてどう感じていますか?
川本:内閣人事局と人事院の若手による若手プロジェクトも粛々(しゅくしゅく)と進んでおり、私の立場では影響があるとは思っていません。
——人事院総裁の任期は4年です。任期中に霞が関を変えられるでしょうか?
川本:変わらないと困ります。一国民として、屋台骨の傷んだ霞が関は心配です。
志望者が減る霞が関は、いま非常に深刻な事態です。ただ工夫次第で、再び進化した形になれると思っています。
昔のような24時間365日働く人を求める職場ではなく、時代に合わせ、テクノロジーに合わせて、霞が関も変わっていかないといけません。まだまだ改善できるところがたくさんあります。
川本裕子…東京大学文学部卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。英オックスフォード大学修士修了後に、1988年にマッキンゼー東京支社に入社。早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授など経て人事院総裁に就任。これまでに金融庁顧問(金融問題タスクフォースメンバー)や道路公団民営化推進委員会委員のほか、社外取締役や社外監査役を務めた。