学生団体「やさしいせいふく」設立メンバーの島崎恵茉さん(写真右)と、現代表の福代美乃里さん。
撮影:西山里緒
SDGsへの理解は、すでに10代の間では定着しつつある。
電通が2022年4月に発表した調査によると、SDGsの内容まで理解しているという回答は2021年の調査から約1.5倍となる約34%へと伸長し、10代では初めて過半数を超えた。
状況を変えるために動き始めた、学生たちもいる。ファッション業界が抱える問題を訴える学生団体「やさしいせいふく」だ。
現在は1枚1400円の「クラスTシャツ」を作り、全国各地の学校に向けて売ることを通じて、安価なファストファッションが引き起こす弊害などについて訴えている。企業や学校からの講演依頼も複数舞い込む。
「やさしいせいふく」が企業や政府からも注目される理由とは? メンバーに話を聞いた。
代々木公園で高校生が環境訴える
「アースデイ東京」のメインステージでスピーチする、福代美乃里さん(写真右)。
撮影:西山里緒
4月中旬、新緑がまぶしい東京・代々木公園。
環境問題について考える年1回のイベント「アースデイ東京」に一歩足を踏み入れると、色とりどりのテントに覆われたブースが目に入った。
会場を物色しながらラズベリー・チョコレート(フェアトレード認証があるもの)や有機栽培のミントティーなどを買い求め、その後、ぐるりと辺りを歩き回ってみる。
アジア最貧国の一つで、20年前に独立した東ティモールの現状を解説するステージや、家畜の大量消費の倫理性を問う立て看板などが立ち並ぶ中に、控えめな様子でアシックス、ドコモ、フィアットといった大企業のブースも混じっている。
企業ブースのひとつには、イタリア車「フィアット」があった。
撮影:西山里緒
学生向けのイベントではないのに、制服姿の参加者が多いことに驚いた。
輪を作り、真剣な様子で何ごとかを話し合っているポニーテールの生徒たちを見ると、文化祭の当日のような高揚感がこちらにまで伝わってくる。
学生団体「やさしいせいふく」も、そうしたブースの一つとして出展していた。午後になり、雨上がりの光が差し込むメインステージで、代表の福代美乃里さん(16)はこう呼びかけた。
「自分の服がどこで誰に作られて、どうやって自分の元まで届いたかって考えたことはありますか? その服って、大量に捨てられていたり、私たちと同じくらいの年齢の子たちが児童労働で作っていたりもするんです。それっておかしくないですか?」
「学生ブランド、つくっちゃおうぜ」
やさしいせいふくのブース。当日はNHK『おはよう日本』の撮影クルーも入っていた。
撮影:西山里緒
やさしいせいふくは、2019年の「アースデイ東京」をきっかけに設立された学生団体だ。
設立メンバーの島崎恵茉さん(18)が環境問題に関心を抱いたのは、進学校に通う中学2年生のとき、ある生物教員との出会いがきっかけだった。その先生はSDGs教育に熱心で、放課後になると生徒のためにワークショップを開いてくれていたのだという。
例えば、ある日のワークショップでは、先生からこんな提案があった。
「(オーガニックコットンブランドの)メイド・イン・アース社が、商品を作るのに余った布の切れ端を大量に提供してくれるそうです。これを使って何かできないかな?」
ちょうど、生理用品が買えずに学校を休まなくてはならないケニアの女の子がいるという話を聞いた。彼女たちに布ナプキンを届けるのはどうだろう?島崎さんたちは材料を持ち寄ってせっせと布ナプキンを作り、アフリカへと送った。
生徒が手を挙げ、プロジェクトは次々と生まれた。化学メーカー「花王」に新しい商品のパッケージをプレゼンしたり、学校給食のフードロスについて啓発するビデオを作ったり、耕作放棄地でオーガニックコットンを栽培してみたり……。
それは、島崎さんが初めて体験した「テスト用紙には書かれない問題」だった。成績を周囲と比較して悩んでいた島崎さんはそうしたプロジェクトに飛び込んだことで、「救われた気がした」という。
やさしいせいふくが誕生したのも、そんな活動の一環だった。
2019年、先生に紹介を受けて参加した「アースデイ東京2019」へのイベント出展を通じて、島崎さんは他校の生徒たちとも出会う。
その中で、ファッション業界に課題意識を感じる7名の中高生が、後の「やさしいせいふく」となる活動を立ち上げた(当時の名前は「学生ブランドつくっちゃおうぜ!」)。
2020年には、経産省を訪問して環境問題について訴えた。
写真:取材者提供
少人数の勉強会から始まり、SNSやメディアでの発信を通じて、少しずつメンバーも増えていった、やさしいせいふく。現在代表を務めるのは、島崎さんの後輩で高校2年生の福代さんだ。
福代さんもまた、島崎さんが教えを受けた生物教師がきっかけで活動を始めたという。さらにスウェーデン人の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんにも影響を受けた。
福代さんは2021年に国連の気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に現地参加し、気候変動の危機を訴えた。かつてトゥンベリさんも参加した会議だ。
「同じ世代で、同じ危機感を持っていて、彼女ははっきりとそれを訴えて行動しているのに、自分は何もしていない。それはよくないなって」(福代さん)
Tシャツ1400円は「大人じゃできない価格」
アースデイでも、Tシャツを買うことができた(普段は学校など団体向けにのみ販売)。
撮影:西山里緒
やさしいせいふくは2022年、環境にやさしい手法で作られた「クラスTシャツ」を1000枚作り、学校などの団体に向けて売ることを目標に掲げている。
Tシャツをきっかけに講演会やワークショップを開催し、ファッション産業の問題を同世代の学生たちに考えてもらいたいからだ。
Tシャツは好きな柄をデジタルプリントすることができ、価格は1枚1400円だ。なお、このうち原価は1200円で、残りはやさしいせいふくとインドの綿農家へ、それぞれ100円ずつ支援金として送られる。
原価を開示するのにも理由がある。
「大人が本気で、人権や環境に配慮するTシャツを作ったら、この価格では絶対にできない。だからこそ、私たちがそこに取り組んで伝える意義がある」(島崎さん)
Tシャツはインドの綿農家と提携し「GOTS(オーガニックテキスタイル世界基準)認証」を取得したオーガニックコットンを100%使用する。
GOTS認証とは、繊維製品が原料の収穫から消費者に届くまで、一貫して環境と社会に配慮していることを示す国際的な基準だ。インドの工場ともオンラインで定期的に連絡を取り合い、労働環境の確認もしているという(アースデイでもオンライン中継をしていた)。
ひらがな表記の「せいふく」にはさまざまな意味が込められている。
学生にとって一番身近な「制服」から社会について考えること、服をつくるという意味の「製服」、そして通気性や吸湿性のような「やさしい性」の服がもっと増えるように、という想い……。
最後はちょっと“無理やり”っぽいんですけど、と福代さんは笑う。
彼女たちの取り組みに対し、企業や学校からの講演会の依頼も多く舞い込んでいる。すでにイベントなどに登壇した数は約20回。全国各地の学校でもファッション産業の問題について訴えてきた。2020年11月には経済産業省にも訪問し、繊維産業の問題などについて報告した。
「SDGs理解度」10代がもっとも高い理由
ところで、話を聞いた福代さんや島崎さんが「生物の先生に出会わなかったら、ここまで環境問題について考えることはなかった」と口を揃えた。その「先生」とは一体、何者なのか?
その人物とは、学校法人・新渡戸文化学園で生物教員として働く、山藤旅聞(さんとう・りょぶん)さんだ。
現在は教員のかたわら、一般社団法人「Think the Earth(シンク・ジ・アース)」のアドバイザーも務め、子どもたちと企業や自治体をつなぐ日々を送っている。
山藤さんが制作に協力した冊子『未来を変える目標 SDGsアイデアブック』は全国の学校1000校に4万冊が寄贈されており、いわば「SDGsという概念を全国の学校に広めた当事者」の一人とも言える。
「やさしいせいふく」設立のきっかけとなった、生物教員の山藤旅聞さん。
撮影:西山里緒
今関わっているSDGs関係のプロジェクトは100以上にものぼるといい、そのほとんどが生徒たちが自主的に「やりたい」と手を挙げたものだ。
その中の一つで、生徒らと取り組んだ「東京・檜原村の耕作放棄地をリノベーションするプロジェクト」は、環境省が主催する「グッドライフアワード」で環境大臣賞も受賞した。
「今の子は、10数年前の子どもたちとは価値観がまったく違います。高級なクルマや時計を買うなど、物質的な欲求を追求しても幸せになれないということに、気づいている。そして、地球はよくない方向に向かっている、と感覚的に感じ取っていると思います」(山藤さん)
やらされてる感の「SDGs」やめて
同じ学校の先輩・後輩の関係だという島崎さんと福代さん。インタビュー中も、仲の良さそうな様子がうかがえた。
撮影:西山里緒
ファッション産業は岐路に立たされている。
全世界の二酸化炭素排出量の10%を占め、全産業のうち2番目に多く水を消費するビジネスであることや、マイクロプラスチックを排出して海を汚染していることにも厳しい批判の目が向けられている。
こうした問題に対し、業界大手も対策を講じつつある。
ユニクロを展開するファーストリテイリングは、2030年度までに全使用素材の約50%をリサイクル素材などに切り替えるとしている。スウェーデン発のアパレル大手H&Mグループは「2030年に再生可能素材100%を目指す」と宣言した。
しかし、SDGsがいわばビジネスの「バズワード」化する中で、福代さんは「違和感を感じることもある」という。
「電車の広告とかで、SDGsに本当に取り組んでいるのかな、って思うようなものに(SDGs)マークがついていたりするのを見かけます。学校の授業も、山藤先生は実践的だったけど、今は暗記・演習が中心で、“やらされてる感”が強い気がします」
島崎さんは、ロシアのウクライナ侵攻のニュースを見て「SDGsの目標の中には『平和』も盛り込まれているのに、戦争は止められなかった」と無力感を抱いたともいう。
企業がSDGsにきちんと取り組んでいるかを見極める指標として、先述のGOTS認証のような「第三者機関の認証」を取得しているかを見ることが大切では、と二人は指摘する。
山藤さんは、国連が2020年に宣言した「行動の10年(Decade of Action)」に触れつつ、「これからの時代はどうアクションを起こすかだ」と語る。
「もうSDGsそのものを教える授業ではいけない。(ある程度学力のある生徒たちは)教えてくれなんて思っていない。受験テクニックのような授業をするくらいなら、一緒に実践するスタイルでやったほうが、結果的に生徒は伸びると思う」
「企業にしても、もう行動変容の時代。さらに自社がSDGsをやっているだけではなく、どう他の企業を巻き込めるかが大事なんじゃないでしょうか」
やさしいせいふくは、Tシャツ作りとその販売を通して、環境問題だけではなく、ジェンダーや人権、労働問題などを広く訴えていきたいという。
まさに今こそ行動の時……だが、目下の福代さんの悩みを聞くと、高校生ならではの答えが返ってきた。
「陸上部の部活もあるし、受験もあるから勉強もして、ミーティングも、ってなると疲れちゃって……。やりたいことがいくつもあって時間が足りない。今日も部活やってきたので、(インタビュー中)ちょっと眠くなっちゃった(笑)」
(取材・文、西山里緒)