今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
前例のない新規事業に取り組むとき、直感と論理で固めたビジネスプランのどちらに従い進めるべきでしょうか。入山先生は「これからは直感の時代だ」と言います。
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直感と論理、どちらに従うべきか
こんにちは、入山章栄です。
この連載の第98回で、「最近モヤモヤする」と言っていた、Business Insider Japan副編集長の常盤亜由子さん。なにやら、また浮かない顔をしていますが……(笑)。
BIJ編集部・常盤
入山先生、私、最近モヤモヤしているんですけど。
はいはい、お話をお聞きしましょう。
BIJ編集部・常盤
私が会社で直面している悩みではなく、一般論として聞いてくださいね。例えば新しくプロジェクトを始めるとします。
そういうとき、かっちりしたビジネスプランを求められることが多いですよね。3年後のマーケット規模はこれくらいだ、とかユーザーはこうだ、とか。
へえ、Business Insider Japanでも求められるんですか?
BIJ編集部・常盤
一般論として、そういう傾向があるらしいんです(笑)。でも新しいことを始めるわけですから、本当はやってみないと分かりませんよね。このVUCAの時代であればなおさら。
でも文句を言っていても話が前に進まないので、スプレッドシートでそれらしい資料をつくるじゃないですか。
BIJ編集部・小倉
一般論ですよね?
BIJ編集部・常盤
もちろん一般論です(笑)。
それでまあ、ゴーサインが出ました。実際にローンチしました。でも計画通りには行きません。じゃあピボット(方向転換)しようかという話になります。
するとピボットするにあたって、また同じことが繰り返されるんです。「ユーザーの特性はこうで、3年後の市場規模はこれくらいで……」と予測した資料をつくって、関係者を説得しなければいけない。
私、思うんですけど、新しいことを始めるときの直感って大事ですよね。いちユーザーとしての感覚のほうが、適当な数字より信頼できる気がする。でも直感だけでは関係者を説得できないので、また数字を入れた資料をつくる。それで、その数字をあとから「違うじゃん」と言われると「ええ~~~」となるわけですよ(笑)。
それで何か解決方法はないかと思って、入山先生の『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)を読んでいたら、なんと意思決定の理論の章に「直感」という項目があるではありませんか。もしかしたら「直感も大事だよ」ということを、経営理論で裏付けできたりしませんか?
なるほど。結論から言うと、僕はこれからは「直感の時代」だと思っています。これは僕の経営学者としてのスタンスでもあります。
なぜなら、まさに常盤さんがおっしゃったように、これからは圧倒的に変化が激しい時代だからです。これだけ変化が激しいと正解がない。どんなに精緻に分析しても、「これで100%大丈夫」とは誰にも言えません。そうなると、むしろ直感のほうが今まで以上に大事になるはずです。
例えば僕の『世界標準の経営理論』で紹介しているのは、マックス・プランク研究所の認知科学者であるゲルド・ギゲレンザーによる研究です。この研究によれば、「不確実性の高い時代には、直感のほうが優れた意思決定ができる」という結論になっています。
それを彼は、「バイアスとヴァライアンスのジレンマ」という考え方で説明しています。バイアスとは偏りとか先入観という意味で、ヴァライアンスとは予測のばらつきとか分散という意味です。
どういうことか、詳しく説明しましょう。
分析すればするほど、外す可能性が高くなる
一般にビジネスにおいては、個人の直感で判断するよりも、論理的に分析して判断するほうが間違いがないと思われています。しかしそれは変化が少なく、安定していた時代の話なんです。
これだけ変化の激しい時代になると、どんなに精緻な分析をしたとしても100%正確な予想は不可能ですよね。
例えば過去のデータから未来を分析しても、それを超えた想定外のことが起きる。あるいは予想外のところからいろんな変数が出てきて、その変数に振れ幅があるからです。これを分散(ヴァライアンス)と言います。
新しい事業を始めるにあたり、過去のデータなどから、今後の市場の見通し、お客さんの反応、ライバルの動向など、いろいろな判断材料を思いつく限り列挙して分析し予測をしても、変数が多すぎるため現実はその通りにはなりません。
あとから「思いもかけない変数」が出てきたり、その変数が全然違うほうに行ってしまったりする。だから分析をすればするほど分析に振り回されるだけで、かえって予測を外す可能性が高くなってしまうのです。
一方、個人の直感による意思決定は、分析をしないぶん労力を省けるし、早く決断を下すことができるというメリットがあるのです。これは世の中の不確実性が低いときにはメリットになりませんでした。
しかし不確実性が高い現代では、「いくら過去の変数を頼りに分析をしても、その変数自体の分散があまりにも大きいので当てにならず、むしろ変数が多いとそれに振り回される」というデメリットがある。
そのため「分析よりも直感のほうが実は多くの変数に惑わされない」というメリットが出てきているのです。
ただ問題は、直感は個人の感覚なので、属人的な「バイアス」を避けられないこと。
だから直感で判断するならば、そのときに頼る変数は数が少ないので、その変数になるべくバイアスの少ない人の直感がいいわけです。
では、どういう人ならバイアスが少ないかというと、「その分野で経験値を積んだ人」だとされています。そういう人は、いちいち表やスプレッドシートにできないけれど、いろいろな変数を無意識に頭の中で整理している。
だから「素人より玄人の直感のほうが正しい」ことが多い、ということなのです。
ギゲレンザーの結論をもう一度言うと、これだけ不確実性の高い世界では、過去の変数を多くして未来を予測するやり方をしても、そうすればするほど実は未来を正確には予測できない。変数の分散が大きいからです。
それよりは、少ない変数でもそれなりに変数のバイアスの少ない「玄人の直感」のほうが未来を正しく当てられる、ということなのです。
試しに「ちょっとだけ」やってみる
BIJ編集部・常盤
なるほど、やはりそうなのですね! そうなると今後、直感に対する論理は、どのように位置付けられますか?
そうですね。もちろん、論理も重要ですよ。僕自身は、「論理は直感の事後的なチェックに使うべき」と考えています。
例えば、コロンビア大学ビジネススクール教授のリタ・マグレイスは「Discovery-Driven Planning(仮説指向計画法)」という事業計画の手法を提唱しています。
僕はこの手法が好きなのですが、これはシンプルに言えば、「事業計画で、論理的に明らかな部分と、直感による仮説の部分を明確に分けましょう」ということだと理解しています。
例えばBusiness Insider Japanが新しいオンライン配信の事業を始めるときに、ほかの「変数」はどう見てもほぼ確かな予測がつくのだけど、その配信サービスにおいてお客さんがどのくらい来るかどうかだけは分からない、としましょう。
そこはある意味、直感で予測を立てるしかありません。通常の事業計画では、「この部分はある意味で、直感で仮定の予測である」ということをきちんと整理しないんですよね。だから事業が進んでうまくいかないときに、「事業そのものが失敗だった」となるわけです。
しかし、ここでしっかりと「ほぼ確実に論理的・データ的に予測がついている変数」と、「よく分からないので直感で決めた変数」を仕分けしたらどうでしょうか。
そうなれば、事業を始めてからは、後者の変数だけをモニタリングし、なるべく早い段階で、その変数だけの見直しを行えばいいのです。大事なのは、「直感による仮定はあくまで仮定である」といいう意識を忘れないことだと思います。
BIJ編集部・常盤
なるほど。よく分かりました。新規事業の資料づくりに苦労している方は、関係者にこの記事を読んでもらうことから始めてみてはいかがでしょうか。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:22分33秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。