南太平洋の島嶼(しょ)国、ソロモン諸島でアメリカと中国が激しいつば競り合いを演じている。
Shutterstock.com
ロシアのウクライナ侵攻開始からおよそ2カ月。世界の関心が欧州に集中するなか、ほぼ地球の裏側に位置する南太平洋で、人口70万人ほど(2020年、世界銀行)の島しょ国ソロモン諸島を舞台にアメリカと中国が激しいつば競り合いを演じている。
ソロモンが4月19日に中国と締結した安全保障協定が、中国に船舶の寄港を認め、軍・警察の派遣を要請できる内容と豪メディアが報道したことから、中国によるソロモンの軍事拠点化に危機感を抱くバイデン米政権はソロモンに政府代表団を派遣。中国軍が常駐した場合は対抗措置をとると警告し、激しい巻き返しに出た。
「(中国軍が)事実上の恒常的駐留措置に出るなら、重大な懸念が生じるため、対抗措置をとる」
ホワイトハウス国家安全保障会議のカート・キャンベル・インド太平洋調整官は4月22日、ソロモン諸島の首都ホニアラで、ソガバレ首相との1時間半にわたる会談でこう警告した。
キャンベル氏はさらに、アメリカとソロモンがハイレベルの「戦略対話」を立ち上げ、米大使館の開設を急ぐと発言。米海軍の病院船派遣やコロナワクチン追加供与などの医療支援や住民福祉の向上を図るとし、ソロモンへの関与を強化する方針を表明した。
中国軍の駐留について、安全保障協定には何が書かれているのか。
両国は具体的な中身を明らかにしていないものの、中国外務省の汪文斌報道官は4月19日の定例記者会見で、「双方は社会秩序の維持、人民の生命と財産の安全の保護、人道援助、自然災害対応などの分野で協力し、ソロモン諸島の安全維持能力づくりの強化支援に尽力する」と明らかにしている。ただし、中国軍の駐留には一切触れていない。
ソガバレ氏はキャンベル氏の警告に対し、中国との安全保障協定はソロモンの内政問題と応じたうえで、「中国が軍事基地を設置し、長期駐留することはない」と確約した。
2021年末、中国から「装備」「警察顧問団」受け入れ
中国包囲の狙う「インド太平洋戦略」の事実上の責任者であるキャンベル氏が、人口70万人の小国をわざわざ訪れ、その首相に対して恫喝とも思える警告を発する裏には、よほどの理由があるはずだ。
その背景には、太平洋島しょ地域における中国の影響力の拡大と浸透がある。
キャンベル氏率いる米政府代表団はソロモン訪問に先立ち、米ハワイ州ホノルルで日本、オーストラリア、ニュージーランド3カ国の政府高官と太平洋島しょ国の情勢について協議(4月18日)。続いてフィジーとパプアニューギニアも訪問した。
中国に対する巻き返しにアメリカが躍起になっていることを示す動きと言っていいだろう。
キャンベル氏の「工作」開始には、前段とも言うべき動きがあった。
ソロモン諸島では2021年11月、中国寄りのソガバレ首相の退任を求める反政府デモ参加者(=台湾との関係を重視する州の住民が主体とされる)の一部が暴徒化。中国系住民が多い地域では3人の死者が出た。
近隣国のオーストラリアやニュージーランドはソロモン政府からの要請を受け、治安維持のための軍や警察を派遣して支援した。
ソロモン政府は暴動発生から1カ月が過ぎた12月23日、暴動再発に備えたヘルメットや警棒などの装備と警察顧問団6人を中国から受け入れると発表。
オーストラリアは「暴動対応で中国支援を受け入れるのは(太平洋島しょ)地域ではソロモンが初めて」と、中国の影響力浸透に対する不快感をあらわにしている。
2021年11月、ソロモン諸島の首都ホニアラにある議事堂前に集まり、ソガバレ首相の退任を求めたデモ参加者たち。
Georgina Kekea via REUTERS
南太平洋島しょ地域の「地政学的価値」
こうした中国の動きに対し、アメリカ外交のトップ、ブリンケン国務長官は2022年2月12日、日米豪印4カ国の連携枠組み「クアッド(Quad)」外相会合直後にフィジーを訪問。島しょ国首脳とのオンライン協議に臨んだ。ロシアのウクライナ侵攻開始のわずか2週間前のことだ。
米国務長官のフィジー訪問は37年ぶりで、ブリンケン氏はこのとき在ソロモン諸島大使館の復活(1993年に閉鎖)を発表している。ソロモンの中国警察顧問団受け入れをアメリカがいかに深刻に受け止めたかが理解できる。
そこで気になるのは、米中両国が地域の地政学的価値をどうみているかだろう。
アメリカはマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオとの間で「自由連合協定(コンパクト)」を結び(1986年10月発効)、3カ国に財政支援を提供すると同時に、国防・安全保障権限の全面委託を受け、地域ににらみを利かせている。
マーシャル諸島には米軍のミサイル実験基地(クワジェリン環礁)が置かれており、日本の南西諸島(沖縄・鹿児島の島しょ部)やグアム島と並んで、将来の中距離ミサイル配備の候補地とみられる。
あまり知られていないが、北太平洋アラスカ沖のアリューシャン列島からハワイ、南太平洋ポリネシア地域のトンガを結ぶラインは、戦前から「第3列島線」と呼ばれる。
それに対し、「第2列島線」は小笠原諸島からグアム、西太平洋ミクロネシア地域のパラオを結ぶラインを指す。
パラオはマーシャル諸島と同様に財政支援および国防・安全保障をアメリカに委ねる地域の重要拠点。エスパー米国防長官(当時)は2020年8月、パラオを訪問して米軍基地の設置を提案した。
2019年10月、北京訪問時のソガバレ・ソロモン諸島首相(左奥)と李克強・中国首相(右奥)、王毅・中国外相(右手前)。
REUTERS/Thomas Peter
一方の中国は、上述の第2列島線を対米防衛ラインと位置づけ、政治的・軍事的に重視する。
中国と太平洋島しょ国との関係は、2006年4月にフィジーで開催された第1回「中国・太平洋島嶼(しょ)国経済開発協力フォーラム」にさかのぼる。
温家宝首相(当時)はこのとき、域内の「後発発展途上国(ママ)」に対して対中輸出品への関税や対中債務の償還を免除すると宣言。以来、中国の太平洋島しょ協力は組織的に行われるようになった。
2018年には習近平国家主席がパプアニューギニアを訪問し、国交のある島しょ国8カ国との首脳会談を開いている。
中国からの融資総額は南太平洋島しょ地域の国内総生産(GDP)総額の2割超に達するとされる。
中国にとってもう一つのポイントは台湾だ。
台湾が現在外交関係を持つ全14カ国のうち、この地域ではパラオ、ナウル、ツバル、マーシャル諸島の4カ国が占める。
2019年にはキリバスとソロモン諸島が台湾と断交して中国と国交を結んでおり、台湾側の視点から見れば、残る4カ国は「断交ドミノ」を防ぐ外交防衛ラインとも言える。
今回、中国がソロモン諸島との安全保障協定を締結したことは、経済だけでなく政治・軍事上の「橋頭保」を築いたという意味で、成果と言えるだろう。
中国とソロモンが協定に基本合意・仮調印したのは3月31日。ブリンケン国務長官まで動員して巻き返しを図ったにもかかわらず、調印を阻止できなかったことは、同地域におけるアメリカの影響力の後退を物語っている。
オーストラリアの思惑、ソロモンのしたたかさ
アメリカがブリンケン氏やキャンベル氏を動員した「総力戦」を展開しているのは、地域安全保障において重要な役割を果たしているオーストラリアへのテコ入れの意味もある。
アメリカは2021年9月、イギリス、オーストラリアとともに新たな安全保障協力の枠組み「オーカス(AUKUS)」を創設し、オーストラリアに原子力潜水艦建造技術を供与する計画を発表した。
オーストラリアはソロモンの最大の支援国であり、独自に安全保障条約も締結している。もし中国がソロモンに軍事基地を置いて艦船が寄港するようになれば、そこから2000キロに満たないオーストラリア東海岸が直接的な「標的」になるおそれが出てくる。
中国との関係を悪化させているオーストラリアにとっては、見過ごせない脅威になる。
その半面、ソロモンのソガバレ政権からみれば、影響力を強化する中国の存在を利用し、オーストラリア、アメリカからさらに援助を引き出そうとする、したたかな計算を指摘する見方もある。
アメリカとオーストラリアの慌てぶりは、ソロモンの価値を一気に高める副次効果をもたらしたと言える。
外交力の低下際立つ日本
最後に、日本の役割にも簡単に触れる。
日本は第一次世界大戦以降、太平洋島しょ国の多くを委任統治下に置き、パラオには「南洋庁」を設置した。
最近では、日米豪印4カ国(前出のクアッド)の連携強化の対象として、東南アジア諸国連合(ASEAN)、イギリス、大陸欧州諸国と並んで、太平洋島しょ国を挙げている。
また、日本政府は2022年度中に在キリバス大使館を新設する方針で、そこを拠点にアメリカと役割分担して中国の動きに関する情報収集を強化する。
菅政権当時の2021年7月、日本政府は大洋州地域の19カ国・地域の首脳と「太平洋・島サミット(PALM)」を開催し、中国の脅威への団結を呼び掛けたが、太平洋島しょ国の関心は得られず、議論は海水面の上昇や海洋ゴミ、核廃棄物など汚染物質対策に集中した。
結局、閉会後の首脳宣言に中国批判は盛り込まれず、一方で島しょ国側は福島第一原発の処理水海洋放出問題に関する強い懸念が強調され、双方の思惑のすれ違いが表面化した。
中国をけん制するどころか、衰退に歯止めのかからない日本の外交力低下の実態をあらためて見せつける結果になったことを指摘しておきたい。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。