料理をする筆者。「兼業主夫」生活を始めて1年が経過した。
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私が“兼業主夫”を始めたのは、2021年4月のことです。パート勤務で保育士の仕事をしていた妻から、「正職員としてチャレンジしたい」と相談を受けたことがきっかけでした。
兼業主夫を始めたばかりのころは、会社勤めと、主夫の仕事との違いに戸惑う毎日でしたが、同時に決してお金では買えない経験も得られました。
今回は兼業主夫として過ごした1年を振り返ってみたいと思います。
会社員時代、連日ハードワークを経験。それでも…
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会社勤めから個人事業主に変わり、家事をメインで受け持つ“兼業主夫”になると決めた当初、大変だろうとは思いつつも、どんな風に大変かはいまひとつピンと来ていませんでした。
20数年の会社員生活を振り返ると、かなりハードに働いてきた方だと思います。
20代のころは飛び込み営業に明け暮れたり、企画部門の立ち上げを任されていた時は連日深夜まで働いて徹夜したりすることもありました。管理職になってからもハードな状況はずっと変わらず、経営企画から広報ブランディング、人事、総務、情報システム部門、調査機関までを統括していた時など、分刻みでスケジュールを回し続けていました。
それなりにハードワークへの耐性は備えていると自負して臨んだ主夫業でしたが、開始から2カ月が経ったころ、疲れがドッと押し寄せて動けなくなり、丸一日寝込んでしまいました。
まいったな…と思いつつ布団に横たわり、何にそんなに疲れてしまったのかを整理してみると、行き着いたのは「ペース配分の違い」でした。
主夫業は「ゴールのないマラソン」
筆者の手料理。
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会社勤めの大変さを例えるなら、連続して行う100メートル走です。その瞬間を全速力で走り抜け、走り終わるとヘトヘトになりますが、次の100メートル走までは短いながらもインターバルがあります。
100メートル走とインターバルを繰り返すうちに100メートルダッシュできる体力が身につき、アクセルを踏んでは癒すペース配分がつかめてきます。20数年もそんなことを繰り返してきたので、新たにどんなハードな仕事が降ってきても、「アクセル&癒し」のタイミングを上手くあわせることができるようになっていました。
それに対して、主夫業はマラソンです。100メートルという距離だけを切り出して比較すれば会社勤めの方が大変かもしれませんが、心身を癒すことができるインターバルの間も、主夫業だと休まず走り続けなければなりません。
月曜日から金曜日まで全力で働き、土日はゆっくりと癒す。そんなペースに慣れきっていた体に、土日も祝日も食事の支度やら洗濯やらで、休みなく動き続けるというサイクルが、ボディーブローのようにダメージを蓄積させていました。さらに、さあ寝ようかなと思ったら、急に子どもが「明日の朝、お弁当が必要だった」などと言ってきたりすると厄介です。その瞬間、お弁当の仕込みなどで30メートル走くらいのダッシュもしなければなりません。
また、マラソンなら42.195キロ先に確実なゴールがありますが、主夫業にゴールはありません。家族が生活している限り延々と続き、365日が経つと、また次の365日が始まります。
寝込んでしまったのは、そんな100メートル走とマラソンのペース配分の違いを理解せず、上手く心身を休めることができていなかったからに他なりません。
ダブルインカムだけでなく、家事を分担するメリット
家事で手首を痛めたこともあった。
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そんな経験をしたからこそ身をもって体感できたのは、寝込んだ時に家事を頼める人がいることのありがたさです。
私と入れ替わるまで20年以上主婦として家事をこなしてきた妻は、私よりもはるかに高い家事スキルの持ち主です。「しんどくて動けません」と訴えると、ササっと夕飯をつくり、洗濯機を回してカバーしてくれました。
家計収入を潤わせるなど、夫婦が共に働いて収入源を2つにするダブルインカム(double income)のメリットがかねて指摘されてきましたが、寝込んだ経験によって気づいたのは、夫婦が共に家事育児の主体となるダブルハウスワーク(double housework)体制のメリットです。
妻しか家事育児できない家庭だと、妻が寝込めば家事育児がストップします。何もできない夫が寝込む妻に、「今日の夕飯は?」と尋ねてしまったなんて話も耳にします。
しかし、夫も妻も常に家事育児の主体者意識と技能を持つという意味で、共に“しゅふ”(主夫と主婦の意)であれば、そんな悲劇を回避して家庭を安定して回していくことができます。
兼業主夫となって1年が経ちましたが、その間に結局2度寝込みました。また、毎日育ち盛りの4人の子どもを含む家族6人分の夕飯をつくる際に、鍋をかき回したり、たっぷり料理が入った食器を運んだりしたことや、大量の洗濯物を洗ったり干したりする中で、手首を3度痛めました。
職場なら労災になるところです。手首にシップを貼ると水が使えませんし、手首が痛いとパソコンが打ちづらくなるので仕事にも影響が出ます。この時も体のケアの大切さを思い知りました。
部下のマネジメントにも生かせる経験
日々の買い物でも仕事に生かせる経験ができる。
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一方で、悪戦苦闘しながら家事に勤しむ中で、仕事スキルの成長に通じる経験も得られました。その一つが、同時進行力の向上です。
家事はマルチタスクなので、料理ひとつとっても野菜を切り、肉を焼き、味付けするなどの工程を順序よく、かつ同時並行でこなさないと時間がどんどん過ぎていきます。
また、平日の昼間にスーパーに行くと、そこには物品を消費する人たちが集っています。仕事で生産者側にいると、なかなか直に目にすることのできない世界です。
自分も消費者の一人としてその中に混じって買い物するうちに、あれ、野菜が高くなってきたな、とか、今日は特売日だからいつもより人が多いな、などと売り場の変化を肌で察知できるようになります。それらは、マーケティングに活用できる視点です。
さらに、自らが主体となって家庭を切り盛りする経験をすると、視野が広がったことも実感できるようになります。それは、特にこれからの職場をマネジメントする際に効力を発揮する経験です。
いまは世帯の3分の2が共働き。働き方改革で有休取得が推進され、週休3日制を導入する企業も現れています。
育児・介護休業法の改正によって、2022年4月からは段階的に男性の育休取得も促進されるようになりました。これからの時代の管理職は、職場の事情に精通しているだけでは不十分です。社員が家庭とのバランスを取りながら最大のパフォーマンスを発揮できるように導く必要があります。
その際に家庭の事情にも精通していた方が、より適切なマネジメントが行いやすくなります。
家族と過ごす時間の貴さ
家族との食事。兼業主夫生活で、家族と過ごす時間の貴重さに気が付いた。
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他にも1年の主夫業経験を通じて得られたことはたくさんありますが、なかでも最も価値を感じた気づきがあります。
それは、家族と過ごす時間の貴さ(とうとさ)に対する気づきです。
会社勤めの時は、平日に家族と夕飯を共にすることはほとんどありませんでした。子どもたちとの会話も出社する前に少しだけとか、ほとんどは休日だけでした。
しかし、主夫になると子どもたちの帰宅時間に合わせて食事の支度をするので、毎日夕飯を共にすることになります。さらに自分がつくったご飯を家族が食べるので、味はどうか、今度は何をつくってほしいかなど、自然と家庭内で交わす話題も増えます。
子どもたちはいずれ巣立っていくことを考えると、この時間はとても貴重です。あとになって振り返り、再び経験したいと思っても決して叶いません。
宇宙に行くために100億円を払った社長さんのことが話題になりましたが、家族と過ごすことができる貴重な時間を敢えて金額換算したら、いくらになるのでしょうか?
共に過ごせる貴重な時間を後から取り返したいと思っても、100億円どころか1兆円払っても不可能です。
そう考えると、もし仮に主夫になることで年収が減少したとしても、その減少した金額で家族と過ごすかけがえのない時間を買えたと捉えれば、とてもおトクなのかもしれません。
主夫業の経験は、想像していたより遥かに多くのものをもたらしてくれています。それは一生の宝物と言える経験であることはもちろん、これからの人生における時間の使い方や仕事との向き合い方、キャリアの築き方などに示唆を与えてくれる、珠玉の勉強機会でもあると感じています。
(文・川上敬太郎)
川上敬太郎: ワークスタイル研究家。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。広報・マーケティング・経営企画・人事等の役員・管理職を歴任し、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。所長として立ち上げた調査機関「しゅふJOB総研」では、延べ4万人以上の主婦層の声を調査。現在は「人材サービスの公益的発展を考える会」主宰、「ヒトラボ」編集長の他、執筆・講演等を行う。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。