突然ですが、みなさんこちらをご存知ですか?
キャンパスノートは、コクヨが生産・販売するノートの代表的なブランドだ。
撮影: 小林優多郎
そう、「キャンパスノート」です。
文具・家具メーカーのコクヨが生産・販売するノートの代表的なブランドですね。
新生活がスタートした4月、この記事を読んでいる方の中にも、新しく買ったキャンパスノートを“相棒”として愛用している方もいることでしょう。
およそ半世紀にわたってデザインや技術の改良を重ね続けてきたキャンパスノート。現在は5代目にあたる。
撮影: 小林優多郎
キャンパスノートの歴史は古く、初代は1975年(昭和50年)に発売されました。プロ野球では広島カープが初優勝を遂げ、世界に目を向ければベトナム戦争が終結した……そんな年でした。
デザインや技術の改良を重ね続け、現在は5代目。コクヨの担当者によると、シリーズ累計販売数は約34億冊(2021年12月末時点)。直近では年間約1億冊を販売。およそ1秒間に3冊売れている計算になります。
さて、誰もが知るキャンパスノートですが、実際にどうやって作られているのでしょうか。
発売開始からおよそ50年、コクヨの技術者たちが培ってきた技術と経験に迫ります。
キャンパスノート製造の中枢「コクヨ工業滋賀」
滋賀県愛知郡の愛荘町(あいしょうちょう)にあるキャンパスノートの製造工場「コクヨ工業滋賀」。
撮影: 小林優多郎
東京から新幹線と在来線、車を乗り継ぎ、およそ3時間 ──。
やってきたのは滋賀県愛知郡の愛荘町(あいしょうちょう)にあるキャンパスノートの製造工場「コクヨ工業滋賀」です。日本最大の湖、琵琶湖からおよそ20kmほどの位置にあります。
まず、この工場の概要についてコクヨグループの一つ「コクヨ工業滋賀」代表取締役社長の三宅一成さんに話を聞きました。
コクヨグループの一つ「コクヨ工業滋賀」代表取締役社長の三宅一成さん。イチオシは「ドット入り罫線」のキャンパスノート。
撮影: 小林優多郎
「コクヨ工業滋賀工場は、コクヨグループにおける紙製品の基幹工場です。紙製品のラインナップの完成品のうち、およそ7割をこの工場で生産しています」
「その中でもメイン商材がキャンパスノートで、工場の約6割はキャンパスノートの生産設備になっています。ほかにも複写簿やルーズリーフなど紙製品をメインに生産しています」
「製造業において最も大事なものとされるQCD(Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)のうち、弊社で最も重きを置いているのがQ(品質)にあたる部分です。その一端を今回ご紹介させていただければと思います」
三宅社長とともに工場を案内してくれたのが、コクヨ工業滋賀の取締役・事業部長の水野浩伸さんです。
ここからは水野さんの案内で工場に入ります。
カラフルなドアの向こうにあったのは……
キャンパスノートの表紙デザインがあしらわれた工場入口。
撮影: 小林優多郎
── 工場の入り口はキャンパスノート柄だ。かわいい……。
水野:こちらが工場への入り口になります。それでは順番にラインをご紹介しますね。
ここがキャンパスノート製造の中枢だ。
撮影: 小林優多郎
水野:キャンパスノートをつくっている工場内の全景です。キャンパスノートの約9割がこのコクヨ工業滋賀で生産されています。
── 広いですねえ。
水野:およそ2万平方メートルほどの敷地に、機械設備は小さいものまで含めると30機ほど。右奥がキャンパスノート製造用の新しい機械で、左の奥にあるのが旧型機です。
ただ、古い機械もメンテナンスや改良を加えているので、性能面ではほとんど変わりません。
── 1日にどのくらいのキャンパスノートを生産しているのですか?
水野:ここでは1日平均で約40万冊のキャンパスノートを生産しています。
昔は文房具屋さんで陳列していただいていたようにバラ売りが主流でしたが、近年では5冊セットが出荷の半分ぐらいを占めていますね。
製造ラインのスタート地点、大きな「紙の塊」から全ては始まる
キャンパスノート製造工程のはじまり。巨大なロール原紙がセットされている。これがノートになる。
撮影: 小林優多郎
── いよいよキャンパスノートの製造ラインですね。
水野:はい。この機械がラインの最初です。キャンパスノートの中紙(ノート部分)のロール原紙から紙を巻き出し、この機械を通すことでロール状態時についた“クセ”を伸ばします。
中紙をまっすぐに伸ばす機械(※一部モザイク処理をしています)
撮影: 小林優多郎
こちらにある大きな塊が、キャンパスノートの中紙(ノート部分)のロール原紙です。
厳しい品質基準をクリアしたロール原紙。これ1本で9000メートルある。
撮影: 小林優多郎
── おぉ!大きい……!
水野:ロールの大きさは統一されており、これ一本に9000メートルの紙が巻かれています。
この紙はコクヨ製造部の厳しい品質基準をクリアしたもので、製紙メーカーに相談し特注で作ってもらっています。
まさに「キャンパスノート専用」の紙で、様々な筆記用具で書いた際も書き心地がよく、インクが滲むことなく、裏抜けしないことにこだわっています。
製紙メーカーの試験成績表だけでなく滋賀工場でも独自にも試験をしています。
── どんな試験をやっているのでしょうか?
水野:例えば毎日の原紙試験ですね。その日の1ロール目の原紙の一部を切り取り、万年筆のペン先のようなものを縦・横に走らせます。
これが原紙試験の用紙。にじみはないか、裏に抜けてないかを確認する。(※一部モザイク処理をしています)
撮影:吉川慧
にじみはないか、裏に抜けてないか……。コクヨが考える基準に達しているかチェックしています。
もちろん製紙メーカーからも品質保証はあるのですが、コクヨとしても品質を保証する意味で必ず毎朝検査しています。
罫線の印刷では1mmのズレも許さない
紙が勢いよく機械を通っている。(※一部モザイク処理をしています)
撮影:吉川慧
── ものすごい勢いで紙が送られていますね。
水野:まっすぐになった紙は次の工程に入ります。ここではインクでキャンパスノートの罫線部分を印刷しています。
黒いロールにインクを転写し、原紙の表面と裏面を同時に印刷できます。
ここでノート原紙の表面と裏面に罫線を印刷する。
撮影: 小林優多郎
── 印刷が終わると、紙が半分に折り曲げられていますね。
水野:罫線が印刷された紙は、次の「特殊な機械」を通ることでV字に折り曲げられます。
このV字折を重ねることで、キャンパスノートになるんですね。
実際にV字折にされたキャンパスノートの中紙部分がこちらです。光に透かしてみてください。
表と裏で罫線にズレがない。コクヨがこだわる精緻な印刷技術が詰まっている。
撮影:吉川慧
── 表裏で罫線がぴったり!
水野:ここもキャンパスノートのこだわりの部分で、両面の罫線が一直線になるようにしています。
JIS規格(日本産業規格)では1ミリまでズレが許されるんですが、コクヨではそれは許されません。自動見当ではあるものの紙によってクセがあったりするので、常に人間の手で微調整しながらやっています。
三宅:キャンパスノートの罫線の種類も、時代とともに種類が増えましたが、どの種類でも罫線部分の印刷にはこだわっていますね。
濃くなりすぎず、薄くなりすぎず、ノート1冊において罫線の濃淡やかすれが発生しないこと。この印刷部分は最重要視している部分の一つになります。
開発から半世紀以上、コクヨ独自「無線綴じ製本」へのこだわり
糊付けして綴じられたキャンパスノートはヒーターで乾燥される。
撮影: 小林優多郎
── いよいよノートが綴じられていますね。
水野:V字折された中紙を重ねたものは表紙と裏表紙と重ねられ、背表紙部分を糊(のり)付けして綴じ、ヒーターで乾かすラインに入ります。季節によって糊の配合なども調整しています。
この糊付けの製本は「無線とじ製本」と呼ばれ、1959年から使われている技術です。初代キャンパスノートも1975年に「無線とじ製本」で生産、販売されました。
それまでのノートは「糸とじ製本」だったのですが、無線綴じのほうがフラットに見開きしやすく、かさばらず、バラけにくいんです。
「無線とじ」の耐久力はコクヨが培ってきた技術の結晶だ。
撮影: 小林優多郎
三宅:糸やステッチャーのような留め具を使わず、糊を使った製本なので、糊付けの加減は本当に難しいんです。
糊付けが浅いとお客様に使っていただく際にバラバラになり、糊を付け過ぎてしまうと今度はお客様が使う際に見開きがしにくい。
微妙な部分を調整するさじ加減というところに、弊社の設備的なノウハウ、そしてオペレーターの一人一人の技術みたいなものが詰まっている。弊社のこだわりの部分です。
──ノートの背部分にはシールみたいなものを貼り付けていますね。
背部分に貼られる「クロス」。もとはこの状態。
撮影: 小林優多郎
水野:糊付けだけでも十分な強度はあるのですが、さらに強度を高めるためキャンパスノートの背部分には「クロス」を貼っています。これも耐久性のある素材をつかっています。
キャンパスノートは、背の部分を持てば完成度がわかる
完成したばかりのキャンパスノートの原型を見せてくれる水野さん。
撮影:吉川慧
── 3つ縦につながったキャンパスノートが流れてきました。
水野:今日見ていただいた種類のキャンパスノートは、縦に3冊分を1ロットとして生産しています。これを裁断すれば「キャンパスノート」の完成品になります。
こちらが出来たてのキャンパスノートです。どうぞ。
ピシッと背が糊付けされたキャンパスノート。直角が美しい。
撮影:吉川慧
── 背のクロス部分、糊付けされた部分がピシっとしていますね。
水野:つまんでみると、硬く締まっていることがよくわかる。この硬さが大事なんです。
糊付けが少しでも多すぎると、触ったときにフニャフニャになり強度が出ない。一方で糊付けが少なすぎても強度は弱くなり、ノートがバラけてしまう。
この「無線綴じ製本」の絶妙な糊付けが、コクヨのキャンパスノートの品質につながっています。
──糊付け一つにも、長年の技術が詰まっているんですね。
水野:これも半世紀以上にわたって培ってきたキャンパスノートの原点といえる技術です。
キャンパスノート、1時間あたりの生産能力は約1万冊
完成したキャンパスノートは自動で積み上げられ、次の工程へ。
撮影:吉川慧
── 完成したキャンパスノートがどんどん流れてきました。
水野:ロボットで自動で積み上げられ、次に輸送のためにパッケージするラインに運ぶ準備を整えます。この積み上げ、かつては人力でやっていたんですよね……。
こちらが出来上がったキャンパスノートを積み上げたもの。一つの山で4800冊あります。
山となったキャンパスノート。この一山で4800冊。
撮影:吉川慧
この工場では1時間でおよそ1万冊生産できるので、この一山(4800冊)であれば、おおよそ30分〜40分で生産できます。
ここからは少し移動して、品質管理の検査室をご紹介します。
水野さんの案内で検査室へ。
撮影: 小林優多郎
工場内には滋賀県発祥とされる「飛び出し坊や」が。
撮影: 小林優多郎
キャンパスノート驚異の強度、自転車にも耐えられる!?
抗張力試験の様子。
撮影:吉川慧
── 糊付けが終わったらそのまますぐ出荷するわけではないんですね。
水野:はい。糊付けが完全に乾くのを待ち、さらに製造ラインからランダムでキャンパスノートを抜き取り、一冊づつ手作業で汚れ、寸法、落丁などがないか検査しています。
また、ノートの耐久力を試験する「抗張力試験」もあります。
── 抗張力試験とは?
水野:見た目は綺麗にできていても、実際に強度がなければお客様にご不便をおかけします。糊付けがきちんとされているか、これもランダムで確認しています。
糊付けが乾いた状態で表紙と真ん中の1枚を引っ張り、どこまで耐えられるかを機械で調べます。
過去にテレビ番組の企画でも取り上げられましたが、一般的な自転車ぐらいの重さであれば耐えられますよ(笑)。
ラッピングされ、キャンパスノートは全国へ……
5冊セットにラッピングされたキャンパスノート。
撮影: 小林優多郎
── 最後がパッケージのラインですね。
水野:今ちょうど人気の5冊セットをラッピングしていますね。表紙5色の組み合わせで、どの色の表紙が上にくるかは機械でランダムに組み合わせています。
ライン上で重量計測し、中身に過不足がないか確認できる。
撮影:吉川慧
重量も計測して、中身に過不足がないかも確認しています。たとえば5冊セットなのに1冊足りないものが出ると、すぐにわかるようになっています。
── 画像認識のような機械もありますね。
水野:こちらはセットに同封するリーフレット(説明書き)の内容・歪みを検査する場所です。
セットに同封するリーフレット(説明書き)の内容・歪みを検査する装置。
撮影:吉川慧
この工場では様々な種類のキャンパスノートを製造していますが、間違った種類のものがパッケージに封入されていたら画像認識などですぐ検知できます。
水野:そして最後が全国に輸送するための箱詰めです。ここもロボットで自動化されています。
最後の箱詰めもオートメーション化されている。
撮影: 小林優多郎
これも昔は人力でやっていたんです。
私も新入社員だったときにやりましたが、結構重いんですよね…。しんどかった思い出があります……(笑)。
── 生産ラインを一気通貫で拝見しましたが、シンプルな造りであるからこそ、随所にこだわりがありますね。
水野:はい。見ていただいたようにキャンパスノートを構成する部品は表紙、中紙、背クロスのたった3つなんです。
だからこそコクヨでは、これら3つの部品から生み出されるキャンパスノートの綴じ方、材料・品質、罫線、サイズ、デザイン、価格の6つの価値要素にとことんこだわっています。
キャンパスノートはシンプルな造りだからこそ、随所にこだわりが詰まっている。コクヨ創業者の黒田善太郎は「売れる原因が一つや二つであれば、すぐ追い抜かれる。何が原因か分からないが“何となくいい”と言われる商品を作らねばならない」という言葉を残している。
撮影: 小林優多郎
三宅:コクヨ工業滋賀では、コクヨのキャンパスノート以外にも、地元ゆかりの琵琶湖のヨシ(葦、イネ科の多年草)をつかった文具の「ReEDEN(リエデン)」シリーズ、琵琶湖の形が簡単に書ける定規「びわこテンプレート」などのオリジナル製品もつくっています。
コクヨ工業滋賀ではオリジナル商品も製造。滋賀県や近くの琵琶湖など、ご当地にちなんだものを開発している。
撮影:小林優多郎、吉川慧
三宅さんの名刺も、琵琶湖のヨシ(葦)を用いたものだった。
撮影:吉川慧
こうした商品の売り上げの一部は、琵琶湖の環境保全活動に使わせていただいております。
キャンパスノートの“一筆目”に想いを込めて……
最後にコクヨ工業滋賀の三宅一成社長から、キャンパスノートをつかう人たちへのメッセージをお願いしました。
これはノートに限らず何でもそうだと思うのですが、はじめに使う“一筆目”……新たに何かをやり始めるこの瞬間はすごく大切です。
その時、きっと色々なものからくるドキドキがあると思います。
この1冊にどういう自分を込めるのか……。それを想像したり膨らませながら、この1冊のノートに勉強したり、まとめたりした内容を書いていただけると嬉しいです。
夢と希望を持ってこの1冊のノートを書いていただけること、まとめていただけること。これが大事だと思います。
きっと(後からノートを)見返したときにも、(自分の夢や希望と)つながって、自分の大切なものになっていくことでしょう。
そういった思いで、ぜひキャンパスノートをご使用いただくと、作っている者としては大変ありがたく思います。