組合結成を求めて抗議するアマゾンの従業員たち(ニューヨーク・ブルックリン、2021年10月25日撮影)。
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今、アメリカのニュースに「組合」という言葉が登場しない日はほとんどない。どこかのスターバックスやアップルストアの店舗で、アマゾンの物流センターで、組合化の是非を問う投票や、それを実施するためのキャンペーンが行われている。また全米のいたる地域で、既存の組合が、行政や経営陣を相手に賃上げや待遇の改善を求めている。
パンデミックのスタート以来、労働者と雇用主の力関係は大きくシフトした。特に、リスクの高かった感染拡大初期、世の中がロックダウンする中、社会を円滑に進めるために働きに出るエッセンシャル・ワーカーの待遇改善を求める世論が盛り上がった。景気停滞への懸念とは裏腹に、大企業の多くが好調に利益を上げ続ける中、労働者たちから賃上げと待遇改善を求める声が噴出するようになった。
2021年にはニューヨーク・タイムズ紙に勤めるプログラマー、デザイナーといったテック系の従業員が「ニューヨーク・タイムズ・テック・ギルド」を設立。コンデナスト社でも2021年夏に、『ニューヨーカー』『アーズ・テクニカ』『ピッチフォーク』の3つのメディアで、給料の比較的高いスタッフライターやエディターをサポートする、いわゆる「バックスタッフ」たちがストライキと並行して抗議運動を展開し、およそ10%の賃上げと勤務時間の制限、ヘルスケアコストの増額などを勝ち取って、労働運動ブームに弾みをつけた。
職場で労働組合を結成するためには、連邦の機関である労働関係委員会(NLRB)に組合結成の是非を問う投票の実施を申請する。NLRBが4月に発表したところによると、2022年会計年度の前半(2021年10月から2022年の5月)に提出された申請件数は1174件で、前年に比べて57%増えた。
組合結成への訴求が高まる一方、ハードルが特に高いと言われるのが、低賃金の職種だ。
2022年4月のアマゾンのブルックリンの物流センターで行われた組合化の是非を問う投票では、当初極めて難しいと言われていたにもかかわらず、賛成票が反対票を超えて組合結成を決定、労働組合運動にこれまでなかったような追い風が吹いた。その直後に、組合アドボカシー団体「モア・パーフェクト・ユニオン」の依頼によるプログレッシブ系リサーチプラットフォーム「ブルー・ローズ」の世論調査によると、2500人の回答者のうち、75%がアマゾンでの組合結成を支持している。
長年停滞していた労働運動がついに着火した背景には、パンデミックを経て自分の職業や待遇を見直した人たちが大挙して離職する現象「グレート・レシグネーション(大退職)」があった。圧倒的な労働力不足が恒常化するにつれて、労働者の売り手市場化が進み、2021年8月、レストランとスーパーマーケットで働く人たちの平均時給がアメリカ史上初めて、15ドル(約1950円、1ドル=130円換算)を超えた。
下がり続けていた組合加入率
最低賃金を引き上げる法案について記者に説明するナンシー・ペロシ米下院議長(2021年3月11日)。
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ただ、この時給を勝ち取るまでには長い戦いの歴史があった。2012年にニューヨークのファストフードで働く人たちがスストライキを敢行したのをきっかけに生まれた「ファイト・フォー15」運動は、その後アリゾナ、コロラド、メイン・ワシントン、ニューヨークなどの州で、住民投票や議会での投票を通じて少しずつ労働条件の改善が実現されてはきたものの、連邦レベルでは保守州の議員たちの反対で阻まれてきた。
今回の時給はパンデミックによって実現した形だが、ますます広がるスーパーリッチとそれ以外の人口の所得格差やインフレを考慮すると、15ドルの時給はすでに生活をするためには十分な賃金ではないとも言われている。
労働時間短縮を求めるワーカーたちによって始まったアメリカの労働運動のルーツは、19世紀終盤にまで遡る。その後第一次世界大戦を経て、フランクリン・D・ルーズベルト大統領はニューディール政策実現のために労働者の連合を味方につけて、複数の労働関連法を制定。だが第二次世界大戦直後には、全米で展開された激しいストライキの波を受けた経済界が、米議会に激しいロビイングを仕掛け、ストやボイコットの形態を制限する形で法案を通過させた。
これを受けて、思うほどの成果を勝ち取れなくなった組合は労働者たちの支持を少しずつ失うようになり、1970年代に入り、経済学者のミルトン・フリードマン率いるシカゴ学派によって企業の存在意義は株主に最大限の利益を還元することであるという新自由主義の潮流が登場すると、労働組合は効率や生産性を阻害する存在として敵視されるようになった。
1930年代からアメリカ市民の組合に対する支持・不支持を計測し続けるギャロップの世論調査によると、かつて圧倒的に支持された組合に対する眼差しは、1970年代から90年代にかけて硬化し、2000年代初頭に一度は改善したものの、退職した労働者への年金の支払いと業績不振、経営の失敗により倒産寸前までいったゼネラル・モーターズをオバマ政権が公的資金を使って救済した2009年頃、不支持率と支持率が近くなった。組合に加入する労働者の割合もじりじりと下がり、政府の統計によると、1983年時点の20%台から2021年には10%程度まで下がっている。
高額の学生ローン負担が若者の生活に重くのしかかっている(写真は2015年7月、抗議パレードに参加する学生)。
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今アメリカの労働・組合運動を推し進めるのは、Z世代とミレニアル世代である。年金や右肩上がりの経済の恩恵を受けた旧世代と違って、学生ローンや高額の生活コストに喘ぎながら、貧富の格差が拡大するのを目撃してきた若者たちには、社会主義や共産主義に対する偏見が薄い。彼らの要求は賃上げだけではなく、病欠の確保、就業時間や雇用の保障、福利厚生など多岐にわたるが、本来その内容のほとんどは労働者に保証されるべきことだ。
前述したアマゾンのブルックリンの物流センターの労働者たちが求めている要求のひとつに、勤務時間中の携帯電話へのアクセスなどが入っていることには驚いたが、利益を最大限に上げるために労働者の基本的な自己決定権が侵害されていることは、私たちが想像する以上にあるようだ。
苛烈化する組合化妨害の動き
アマゾンでの組合運動の勝利は、ニュースでも大きく取り上げられた。アマゾンは、施設内のコミュニケーションを図るためのアプリ内で使用が制限される言葉のリストに「組合」という単語も入れていた。このため組合結成のための投票を呼びかける通知もできず、運動のリーダーたちは施設の敷地外にテントを張り、夜間や早朝のシフトのために通勤する労働者たちに投票を周知したという。
アマゾンが2021年、組合化妨害(Union Busting)を専門とするコンサルティング企業に430万ドル(約5.6億円)を支払っていたことも報道で明らかになった。新自由主義の台頭とともに生まれ、弁護士やロビイストで構成されるこの業界は、社内アクティビストを解雇する、政治家や裁判所に働きかける、反組合のネガティブ・キャンペーンを行う、交渉を遅らせるなど違法すれすれの妨害行動の戦略やサービスを提供する。
実際アマゾンのトイレや休憩室などには、組合に参加するとどうなるかについて恐怖を植え付けるフライヤーが配置されていたとの報道もあった。各地で組合化運動の進むスターバックスは、組合運動に関わるワーカーを解雇したり、組合運動に参加しない従業員にのみ福利厚生を出すことを検討していると発表したりしている。
こうしたあからさまな妨害運動に抵抗する手段として、デジタル撹乱作戦が登場したのも、現代ならではの現象である。例えばストライキが計画された時、ストライキの時間中に働く短期労働者を募集したスーパー大手のクローガーに対し、Z世代のプログラマーが同社の採用サイトにフェイクの申請書を大量に送るコードを書いてネットにシェアして圧力をかけた。
クローガーの組合化は一部の地域で成功し、その他では実現していないが、このプログラマーが考案した手法は「チェンジ・イズ・ブリューイング」というプロジェクトとして、スターバックスに対する圧力作成にも適用されている。
米国史上最年少で下院議員となった民主党のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスは、若年層の間で絶大な支持を集めている。
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世論の圧倒的な支持があり、追い風が吹いていたとしても、現実は混沌としている。組合化運動が盛り上がるほど、妨害も苛烈になる。アマゾンが各地に持つ物流センターがひとつの前線になっているが、この原稿を書いている5月2日だけでも、ミネソタ州の物流施設でウォークアウト(職場からの退出、ストライキ)が起き、スタテンアイランドの施設では組合化が否決された。労働者の間でも組合運動への抵抗が根強いのは、雇用の選択肢の少ない低賃金の働き手たちに恐怖を植え付ける戦略に効果があるからだろう。
今年11月の中間選挙を睨んで、バーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ・コルテスなど民主党内の社会民主主義者たちは、民主党議員や候補たちに、労働運動との連帯や組合化への支持の表明を求めている。バイデン大統領や組合の支持者として知られるが、民主党内でも、大企業から献金を受けていたり、業界に近かったりするなどの理由、または世代による時代観や政治観のギャップにより、組合運動との連帯に及び腰な議員も少なくない。
ウクライナ侵攻とロシアへの経済制裁、物価や地価の急騰など、経済の先行きに不安定要因が多い今、この空前の労働運動の中長期的な見通しを立てることは難しいが、これからの労働力の中核を担うZ世代は、経営者の資産だけがどんどん膨らみ、企業利益が好調な時でも賃金や待遇が改善されないという今の状況を受け入れないだろうということはわかる。企業と労働者の関係がこれからどのように変容していくのか、引き続き見守っていきたい。
(文・佐久間裕美子、編集・浜田敬子)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。