shutterstock/fizkes
カーネギーメロン大学の経済学教授であるリンダ・バブコック(Linda Babcock)は、教壇に立たない日の過ごし方について気づいたことがある。男性の同僚はオフィスで研究に取り組めているのに、自分は複数の会議に出席することが多いということだ。
バブコックは10年前、男性の同僚とある1日のスケジュールを比較したことがあるという。その同僚の予定は学生の発表会と教授会の2つだけだったのに対し、バブコックは、さらに別の3つの会議、記者との対談、女性団体での講演準備があり、大学教授にとって昇進に不可欠な研究に取り組む時間は、わずか1時間しか残されていなかった。
「ちょっと気まずい雰囲気になって、思わず2人で笑ってしまいました。彼は『これはいったい何の仕事? どうしてこんな状況になったんだ?』と聞いてきました」とバブコックは話す。
この出来事をきっかけに、バブコックは同僚と4人で「ノー・クラブ(No Club)」を立ち上げた。メンバーは、カーネギーメロン大学の経営学教授ローリー・R・ワインガート(Laurie R. Weingart)、同大の元コミュニケーション学教授ブレンダ・ペイサー(Brenda Peyser)、ピッツバーグ大学の経済学教授であるリース・ベスターランド(Lise Vesterlund)だ。
4人は昇進につながらない仕事を見極め、「ノー」と言えるよう互いにサポートし合っている。一方で、学術界から接客業まであらゆる業界において、なぜ女性たちが誰もやりたがらない報われない仕事を任されてしまうのかを理解するため調査を行った。
その結果、女性は年齢に関係なく、昇進と直結しない仕事を請け負う傾向が男性よりも48%高いことが分かった。女性は、インターンの選考や手のかかるクライアントへの対応、新しいチームメイトのサポート、同僚の仕事の穴埋めなど、昇進に直結しない仕事に年間平均で200時間男性よりも多く費やしている。
『No Club』の共著者。(左から)ローリー・R・ワインガート、リース・ベスターランド、リンダ・バブコック、ブレンダ・ペイサー。
Sally Maxson
これらの結果は、女性支援団体リーンイン(Lean In)とコンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)が2021年に共同で実施した調査結果とも一致している。女性は職場で感情労働(自分の感情をコントロールしながら相手にポジティブな働きかけをする職務)を担うことが圧倒的に多いものの、それが成果として正当に評価されることはほとんどないことを示していた。
バブコックはメンバー4人で『The No Club: Putting a Stop to Women's Dead-End Work(未訳:ノー・クラブ——女性の発展性のない仕事への対処法)』を共同執筆し、2022年5月に出版した。そんなバブコックらに、職場で「ノー」と言いやすくなる方法を聞いた。
昇進につながらない仕事の見分け方
多くの女性が上司から依頼される仕事は重要なものに違いないと思っているが、実際にはそうでないことが多いとバブコックらは指摘する。
例えば、大規模な社内イベントを運営すると上層部の目に留まると考えるかもしれない。しかし、どんなに労力を費やしたとしても、実績として評価されることは決してない。
バブコックは、「昇進に結びつく業務かどうか自問し、学んでいくことが大事です」と話す。
バブコックの調査によると、昇進につながりにくい仕事は一般的に以下のような特徴がある。
・企業ミッションとしての重要性が低い
・専門的なスキルを必要とせず、誰でもできる
例として、他者の仕事の整理・調整(管理ではない)、他者の仕事の編集・校正・取りまとめ、特別な行事の企画・運営、新人スタッフの採用・サポート・研修・メンタリングなどが挙げられる。
リモートワークやハイブリッド勤務は、昇進に寄与しない業務の価値をさらに下げるおそれがある。「リモートワークが増えると、社員がどんな仕事をしているのか見えにくくなります。昇進しづらい仕事をしても、誰からも気づかれないので、さらに昇進が難しくなるのです」とバブコックは話す。
報われない仕事の上手な断り方
当初、バブコックらが「ノー」と言った仕事は、他の女性に回されるだけだった。
だが「ノーと言うだけでは問題は解決しません」とワインガートは言う。
今では断るときには、その仕事に向いていそうな同僚を提案するようにしており、それが男性であることも多い。また、別の応じ方として「分かりました、私がやります。でも次回からはスケジュールを組んでスタッフ間で持ち回りにしましょう」といった返答もバブコックは勧めている。
もし仕事を断るのが難しい場合、ドリー・チャグ(Dolly Chugh)のやり方を参考にしてみよう。
ニューヨーク大のビジネススクールで教鞭をとるドリー・チャグも、仲間と「ノー・クラブ」を結成した。
Jeannie Ashton
社会心理学者であり、ニューヨーク大学スターン・ビジネススクールの経営・組織学准教授であるチャグは、卒業生の相談に乗ったり、イベントに参加したりするよう頼まれることが多いという。彼女は同学部では数少ない有色人種の女性であり、研究内容もアイデンティティに関するものだからだ。
「多くの卒業生が私にアドバイスを求めてきます。その数は同僚よりはるかに多いです。そこで、専用のフォルダを作って、依頼された業務を把握できるように管理することにしたんです。これなら人事評価のときに定量化できますから」とチャグは話す。
チャグは仲間2人、コロンビア・ビジネススクール経営学准教授モデューペ・アキノラ(Modupe Akinola)とペンシルベニア大学ウォートン校教授ケイティ・ミルクマン(Katy Milkman)と数年前に「ノー・クラブ」を立ち上げた。ミルクマンがバブコックの話を聞いたことがきっかけだ。3人は仕事の依頼にイエスと言うべきか、ノーと言うならどのように断るべきか、件名に「ノー・クラブ」と記したメールで議論している。
コロンビア大のモデューペ・アキノラ准教授は、自分の仕事を周囲にも気づいてもらえるよう可視化することの重要性を強調する。
Courtesy of Modupe Akinola
仮に1人が仕事を引き受けてもいいと考えたとすると、他の2人がその理由を聞く。本当にやりたい仕事なのか、やらないことに罪悪感があるのか確認するためだ。
「直感的にノーと感じたときに、同僚からその理由を聞けると安心できます」とアキノラはInsiderに話す。
アキノラは仕事を断るとしても、依頼があったこと自体は目上の男性の同僚に伝えている。自分がたくさんの依頼を受けていることを知ってもらい、メンターとして巻き込んでいるのだという。今では、同僚が彼女に代わって依頼者に連絡をとり、都合がつかないと断ってくれることもある。アキノラはこの方法を採用して以来、仕事を断りやすくなったという。
「特に自分のアイデンティティに関連する仕事の依頼は周囲にも気づかれにくいものなので、可視化する必要があります」とチャグは話す。
女性ではなく管理職が解決すべき問題
バブコックはいまだに、昇進につながらない仕事から完全に解放されたとは思っていない。それは、問題の根本が、単に女性が多くの仕事を引き受けがち、というだけではないからだ。
「この問題を解決するためには、組織が変わる必要があります」とバブコックは主張する。余分な仕事に関して、上司は誰に頼んでいるのか目配りをし、男性と女性の部下に持ち回りで配分する必要がある。あるいはいっそのこと、その種の仕事も人事評価の対象となるように業務を見直すべきだという。
「一番影響力を持っているのは、仕事を割り振るマネジャーやチームリーダーなのですから」とワインガートは話す。