Jonathan Chng/Unsplash
みなさんこんにちは。今回はロンドンから連載をお届けします!
ゴールデンウィークを利用して、2年ぶりに海外に来ました。ロンドン大学ビジネススクールでいくつかのアポイントがありますが、最大の目的は「常識のレンズ」を外すことです。ケンブリッジ大学やオックスフォード大学にも足を運び、自分の身を違う環境に置くことで、いろいろな気づきがあります。
振り返ると、コロナ前は月に一度は海外に飛び、週末をマニラやソウルで過ごしてまた東京に戻り……という日々でした。今やオンラインでさまざまな知見を吸収できますが、物理的に環境を変えることなく「常識のレンズ」を外すのは、なかなか難しいと感じています。
ロンドンに滞在していて真っ先に目につくのは「ノーマスク」。こちらロンドンでは、駅でも大学でも、マスクをしている人は1割以下です。空港からの旅行客が厳重に医療用マスクをしていると、どこか滑稽に見えるほどにコロナ前の日常が戻っています。こんな日常のちょっとした出来事も、私たちの常識を問い直すきっかけを与えてくれるものですね。
さて、では私たちのキャリアの「常識」についても考えてみることにしましょう。
笑顔の少ない日本人ビジネスパーソン
まず、私の主観的な関心として、「ビジネスパーソンの表情」があります。ここロンドンでは、空港の職員も大学のイベントスタッフも街中のショップ店員も、笑顔の方が多い。とにかく楽しそうに働いています。
では日本ではどうかというと、こうした笑顔を日本のビジネスパーソンの表情から見る機会は少ないな、という実感があります。表情を覆い隠すことのできるマスクは、気持ちのさえないビジネスパーソンにとっては自己防御のアイテムになっているのかもしれません。
ここでレンズのスコープを少し広げて、客観的なデータで見てみましょう。ギャラップ社が毎年まとめている「世界幸福度調査」の結果を見ると、イギリスは、カナダ、アメリカに続く17位です。
日本はどうかというと、そこからずっと下った54位です。ウズベキスタンとホンジュラスに挟まれた位置にランクインしているというこの現実は、しっかり受けとめなければなりません。受けとめた上で、幸福度が上がるように、できることに取り組んでいくようしたいものです。
でもどうすればいいのでしょうか?
幸福度の高い働き方を実現するには
働く上での幸福度を高めるために、できることとは何か。実はそれこそが、この連載でも折に触れて取り上げてきた、組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォーメーションです。
メンバーシップ型からジョブ型への移行、社内副業、兼業、公募制、フリーエージェント……。働き方をめぐって近年話題になっているこれらの動向はすべて、ビジネスパーソンの主体的な働き方を応援する制度転換です。
これらの制度転換を経験しながら、私たちが実現しなければならないこと。それは、働きがいを感じ、心理的幸福感を満たしながら、いきいきと働いていくことです。
突拍子もない夢想に聞こえますか? いえいえ、そんなことはありません。むしろ、本質的な働き方を取り戻そうという提案に過ぎません。
そもそも「働く」とは、やりがいや働きがいを感じながら、心豊かに、目の前の仕事に没頭し、自らの可能性を伸ばしていくことであるべきです。その目的は、現状の問題や不満を解決し、より良い未来や社会を創造していくことです。
もちろん、その過程ではうまくいかないことや失敗もあるでしょう。しかし、思うようにいかなかった経験を振り返り、同じようなミスをしないようにすることで、一歩一歩成長していくことができます。
本質的な働き方を取り戻すためには、「キャリアオーナーシップ」が欠かせません。キャリアオーナーシップとは、組織にキャリアを預けるのではなく、私たち1人ひとりがキャリアのオーナー(所有者)になるという考え方です。
キャリアオーナーシップには次の3つの取り組みが欠かせません。
(1)経営と人事が連携し「新人材戦略」を策定・運用する
これまでの人事は、管理・調整が主な業務とされてきました。しかしこれからの人事に不可欠なのは、成長・開発を促す仕事です。
経営戦略の観点から注目されている人的資本経営は、キャリアオーナーシップと共鳴します。人材をコストとして捉えるのではなく、投資の対象として捉えることで、キャリアグロースしていく人材を大切にしていくのです。
(2)現場マネジャーにキャリア開発の支援方法を伝達する
今、多くの企業で実施されている1on1で、マネジャーが部下に対してどんなフィードバックをするのかも重要なポイントになります。
これまではキャリアというと専ら「組織内キャリア」に重きが置かれていたため、1on1でも「なぜ設定目標を達成できないのか」「昨対比で見て、現状はどう進捗しているか」など、やってきたことの「評価」に力点が置かれる傾向がありました。
しかし、どれくらいできているか/いないかは、フィードバックされなくても本人が十分に理解しているものです。
もちろん、看過できないほど認識のズレや甘さがあるなら的確に伝えるべきでしょう。しかし、30分程度と限られた時間で1on1をやるからには、問いかけるべきは「これから何をしていきたいのか」「具体的にどんなことに取り組んでいくのか」「そのために今日から始められることは何か」など、キャリア開発の助けになる未来志向のフィードバックであるべきです。
(3)社員一人ひとりが今日から取り組む
「仕事はつまらないものだ」と諦めてしまえば、組織や働き方がよくなっていくことは間違ってもありません。
キャリアオーナーシップを実践するうえでは、何といっても一人ひとりの心がけが大切です。心がけ一つで「働く」はより良いものになっていきます。働きがいを感じられないのは会社のせい、環境のせいと「他責」にするのではなく、自らできることを考え、アクションを起こしてください。
先日、ある企業の社内講演会に登壇しました。副業制度を会社側が用意するお披露目の会でした。人事担当者は当初、講演を経て30名ほどが副業の希望を出してくれることを望んでいましたが、蓋を開けてみれば、400名弱の受講者者のうち実に130名以上が副業制度にエントリーしたそうです。
あなたも、もし社内で主体的なキャリア形成を開発する人事制度が用意されたら、ぜひ挑戦してみましょう。こうして一歩踏み出すことこそが、あなた自身のよりよい働き方を形づくっていくのです。
まずは「心のマスク」を外し、表情豊かに、毎日の仕事を楽しんでいきましょう。
キャリアのオーナーは、あなた自身です。
それではまた!
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。