米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のブランド、キャデラックが近日量産開始予定の電気自動車「リリック(LYRIQ)」2023年モデル。車載電池原料の高騰で価格維持あるいは低廉化に懸念の声が高まる。
Cadillac
ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード(Ford)、ルーシッド(Lucid)などの自動車メーカーが電気自動車(EV)を大衆向けにより手ごろな価格に引き下げようと腐心している。
しかし、足もとのリチウム価格高騰が車載電池全般のコスト増を引き起こし、自動車メーカー各社による取り組みの妨げになると懸念する声が高まっている。
燃料価格の高騰、維持費の安さ、政府や州による購入時の税額控除をすべて考慮に入れれば、トータルコストではガソリン車に比べて電気自動車が優位と言えるかもしれない。それでも、車体についてはいまだにガソリン車より高価であることは事実だ。
米自動車価格情報サイト「ケリー・ブルー・ブック」によれば、電気自動車の新車販売価格(2022年3月)は平均6万5977ドル(高級車を除くガソリン車は平均4万2364ドル)と、2万ドル以上の差が開いている。
米市場調査・コンサル会社アンダーソン・エコノミック・グループのパトリック・アンダーソン創業者兼最高経営責任者(CEO)は、「アメリカの公道を走る自動車の大部分を電動化しようという野心的な取り組みにとって、良い兆候とは言えません」と警鐘を鳴らす。
自動車メーカーは現在の状況を改善し、より手ごろな価格のEVを十分な規模感をもって市場投入していく計画を発表。
バイデン政権も米国内での車載電池生産強化に31億ドル(約4000億円)規模の補助を約束し、2022年3月末にはサプライチェーンの確保と強化に向けた先手として、1950年国防生産法を活用した電池用重要鉱物の国内生産増に向けた取り組みを指示する覚書に署名している。
それでも、EV向け車載電池に不可欠な原料であるリチウムの価格上昇をはじめ、電池用金属の不足は差し迫った問題となっており、国内生産の増加に向けた取り組みのなかには突如停止に追い込まれるものも出てくる可能性があると専門家は指摘する。
「ガソリン車と電気自動車の価格差がさらに広がるだけでなく、サプライチェーンにもさらなる収縮の可能性があり、大衆車としての電気自動車に期待する消費者にとってダブルパンチとなるおそれがあります」(アンダーソンCEO)
電気自動車の最新価格動向
レガシー、スタートアップを問わず、ほとんどの自動車メーカーはプレミアムカーあるいはラグジュアリーカーを売り物に電気自動車市場への参入を果たしている。
GMCの『ハマーEV』は11万295ドル、キャデラック(Cadillac)初の電気自動車『リリック』は5万8795ドル。テスラ(Tesla)の『ロードスター』は10万9000ドルからで、『モデル3』は当初3万5000ドルと発表されていたが、現在の販売価格は4万8490ドルとなっている。
一方、スタートアップのリビアン(Rivian)が2021年9月に生産開始したデビューモデル、電動ピックアップトラックの『R1T』は6万7500ドルからで、ルーシッドのフラッグシップセダン『エア・ドリームエディション』は16万9000ドル。
なお、ルーシッドの『エア・ピュアエディション』はほぼ半額の8万7400ドルとなる見通し(2022年6月1日以降、予約価格を変更)。
「16万9000ドルの電気自動車をつくれる自動車メーカーはたくさんあります。しかし、アメリカの安全基準をクリアし、アメリカ市場で最小限の需要を満たす2万5000ドルの電気自動車をつくれるメーカーはいまのところ存在しません」
ただし、ごく最近について言えば、電気自動車の販売価格は低下に向かう兆候もある。
フォルクスワーゲン(VW)のデビューモデル『ID.4(アイディフォー)』は4万1995ドル。フォードの電動ピックアップトラック『F-150ライトニング』は標準モデルで3万9974ドルから。シボレー『ボルトEV』の2022年モデルは3万1500ドルから、日産『リーフ』は2万7400ドルから。
イーロン・マスクは最近、2万5000ドルの電気自動車はテスラにとってもはや優先事項ではないと発言しているが、(テスラ出身で)ルーシッドCEOのピーター・ローリンソンは現在もなお同社にとって最重要のテーマとしており、そのスタンスは対照的だ。
価格低下に向けた「3つの解決策」
シンガポールに本拠を置くリチウム電池メーカーSESのキーチャオ・フー(胡后朝)CEOは、「(近い将来について言えば)自動車メーカーが狙い通りに電気自動車のコストを下げ続けるのは不可能だと思います」と断言する。
一方、米コンサル会社ウェスト・モンローのイノベーション・フェロー、アンドリュー・ディロンは、車載電池の供給不足問題がEV普及を遅らせる可能性こそ認めるものの、電気自動車の低廉化を進める自動車メーカーの能力にまで影響を与えるとは考えられないと指摘する。
また、商用化に向けて開発が進められている固体電池技術は、原料となる金属の供給不足と価格上昇に苦しむ自動車メーカーにとって救いの船になるという。
ディロンは、フォルクスワーゲンが国際モーターショー「IAAモビリティ2021」(2021年9月)で発表したコンセプトカー『ID.LIFE(アイディーライフ)』に触れつつ、次のように語る。
「フォルクスワーゲンが約束した2万5000ドルの電気自動車(ID.LIFE)は実現する可能性がきわめて高いと考えています。
固体電池にはさらなるコストダウンの余地があり、それも含めて電池の低価格化にはいまのところ終わりが見えません。それは電気自動車の低廉化にとって最大の原動力となるでしょう」
SESのフーCEO(前出)は電気自動車の価格引き下げにつながるソリューションを3つ提示する。
- 電気自動車向け電池サプライチェーンの地元(地産)化
- 電池リサイクルの浸透
- バッテリー・アズ・ア・サービス(=電気自動車の所有者が電池を保有せず、交換ステーションで充電済み電池をレンタルする仕組み)による消費者へのコスト転嫁
「バッテリー・アズ・サービスは原材料価格の上昇をエンドユーザーに転嫁するものです。電気自動車の所有者視点で見れば、トータルコストが時間の経過とともに増えていくことになりますが、電池部分がリースになるので初期費用をかなり安く抑えられます」
いずれにしても、ガソリン車から電気自動車に乗り換えることで追加費用が発生するようでは、消費者は二の足を踏むだろう。
「本当の危機(編集部注:電気自動車の需要と供給のミスマッチ)が数年後にやって来るのではないかと懸念しています。ほとんどの消費者はまだ、それぞれのニーズと予算に見合った高い費用対効果を得られる選択肢を手にできていないのですから」
(翻訳・編集:川村力)