封鎖された上海の住宅エリアで物資をやり取りするすき間から外をのぞく住民。
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上海市のロックダウンから1カ月半。同市の感染者数は一時期に比べると大きく減ったが、今は首都の北京やiPhoneの工場がある鄭州市で感染拡大のリスクが高まり、店舗営業や出勤が制限されている。封鎖の影響は全国に広がっており、中国で操業する日系自動車関連メーカーは「5月も物流が滞れば、生産が止まる」と危機感を募らせる。労働節の5連休が明け、経済の減速を示す指標も次々に出ている。現状をまとめた。
感染拡大:目下の正念場は北京
上海の感染者はピーク時の6分の1も……
5月8日に上海で感染が確認されたのは4000人弱(無症状感染者含む)。1日の感染者が2万6000人超に上った4月中旬に比べると、6分の1まで減った。
都市封鎖は続いている。感染者が過去14日出ていない地域の住民は外出を許されるが、1人でも陽性者が出ると再び自宅から出られなくなる。
3月中旬に感染者が出て、市全体のロックダウンより前に封鎖された団地に住む日本人女性は、「団地では3月末から今まで毎日陽性者が出続けている。5月下旬までは家を出られないと覚悟している」と話す。
女性によると、住民が自宅を出られるのはPCR検査と食料受け取りの時のみで、その際も人と会わないよう時間を調整して外に出ている。にもかかわらず感染者が途切れることはなく、4月中旬には下の階に住む夫婦が陽性となり移送されていった。
「封鎖から2週間を過ぎても毎日感染者が出ている理由が本当に分からない。当局も頭を抱えていると思う」と話す。
中国政府がゼロコロナ政策を貫いてきたのは、その方法で感染を比較的短期で収束させてきたからだ。3月中旬に上海で感染が広がったときも、当局は「4月上旬には正常化する」と自信を見せていた。だが、上海では過去の成功体験がオミクロン株に通用しないことが浮き彫りとなっている。同時に、従来技術を使ってスピード開発した中国製コロナワクチンがファイザーやモデルナに比べるとオミクロン株に対して機能しないことも、臨床報告で明らかになりつつある。
感染者横ばいの北京、「第二の上海」を懸念
北京でも連日2ケタの感染者が確認され、市民は繰り返しPCR検査を受けている。
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中国は大型連休前に感染拡大の兆候が見えると、連休期間に人や物の動きを封じ、ウイルスを抑え込む戦術を取ってきた。上海では日本のお盆に当たる清明節の3連休(4月2~4日)に合わせてロックダウンしたが封じきれず、4月下旬に北京や河南省鄭州市など他の大都市でも感染者が増えたため、労働節(メーデー)の5連休(4月30日~5月4日)も自粛ムードになった。
首都の北京では小中高校の登校を停止し、連休中は飲食店の営業も制限した。5月4日には感染リスクの高いエリアの地下鉄やバス路線を閉鎖した。
市民は週に数度のPCR検査を義務付けられ、市内中心部の朝陽区では連休明けも在宅勤務を要求されている。
5月7日の北京の感染者は44人(無症状感染者除く)。4月23日に2ケタに乗り、27日以降は30人台後半から55人の間で推移している。ここでピークアウトするのか、あるいは上海のように爆発するのか今が正念場といったところだ。
経済への影響:大手の生産再開進むも物流が足かせ
テスラと上海汽車は緩やかに生産再開
中国政府のゼロコロナへの“固執”が、既に中国のみならず世界経済の爆弾になっていることは、4月19日の本連載で触れた。
上海には自動車産業が集積しており、封鎖長期化による生産活動の停滞を懸念した経済当局は4月中旬、集積回路、自動車製造、装備製造、バイオ医薬など重点産業666社をホワイトリストに掲載し、生産再開を優先的に進める措置を講じた。
上海市は完成車メーカーの生産が順調に回復していると強調する。同市によるとホワイトリスト企業のうち8割以上が4月末時点で生産を再開した。
人気車種が納車まで半年待ちとなっているテスラは4月19日に約3週間ぶりに生産を再開。通常は3シフト制だが現在1シフト体制で工場を稼働しており、5月16日に2シフト制に移行するという。
国有自動車メーカー最大手の上海汽車集団もテスラと同時期に生産再開に入った。サプライチェーンと物流網が回復すれば、5月下旬には前年同期の生産態勢に戻り、2022年の販売台数も、当初の目標通り前年比10%増の600万台を達成できると見込んでいる。
最大の課題は物流網と従業員の職場復帰
テスラは5月16日から2シフト体制に入る計画だが、出勤できない従業員も少なくない。
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ただし、この2社は上海に拠点を置く中では最も知名度が高い自動車メーカーであり、中国や上海の当局がメンツにかけて全力で支援している。製造業の今後を左右するのは、「サプライチェーン(部品メーカー)と物流網」がどの程度回復するかであり、こちらは現在も混沌としている。
上海日本商工クラブが4月下旬に実施した調査では、上海に工場がある54社のうち、63%の工場が稼働しておらず、稼働3割以下の生産も合わせると9割に達することが分かった。また、各社の回答からは操業率回復のためには物流の回復と従業員の確保などが最優先課題であることも明らかになった。
工場を稼働しても従業員が居住エリアの当局から外出を許されないケースも多い。地元メディアの報道によると、テスラの上海工場も14日以内に感染者が出たエリアの従業員は職場復帰できていないという。
物流が止まっている影響は全国に広がっており、江蘇省で自動車部品を生産する日系企業の幹部は、「原材料の樹脂が逼迫している。4月は在庫で何とかなったが、労働節明けもこの状態だと生産が止まる。多くの部品メーカーが似たような状況だろう」と話した。
スタバの中国市場は14%減収
1週間余りで終わる予定だった上海の封鎖は、間もなく1カ月半になる。
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連休が明けた5月5日以降、4月の落ち込みを示す数字も次々に出ている。
自動車業界を見ると、上海汽車集団の4月の販売台数は16万6500台で、前年同月の41万9500台から大きく減少した。
トヨタやホンダなど日系メーカーと合弁企業を経営する広州汽車集団の4月の生産台数は前年同月比33.5%減の12万8600台、販売台数は同33.5%減の12万4300台だった。
新興EVメーカー蔚来汽車(NIO)の4月の納車数は前月比49.2%減の5074台。理想汽車も6割以上減少し4167台だった。理想汽車の共同創業者は、「上海、江蘇省のサプライヤーから部品が調達できないことから生産も止まり、納車の延期を迫られた」と説明した。
飲食業界への影響も甚大だ。
スターバックスの2022年1-3月期のグローバルでの売上高は前年同期比15%伸びた一方、アメリカに次いで2番目に店舗数が多い中国マーケットの売上高は同14%減少した。感染対策で店舗の3分の1が臨時休業か宅配のみの営業を余儀なくされ、既存店売上高は20%落ちたという。
ピザハットやケンタッキーを運営するヤム・チャイナも2022年1-3月の決算資料で、「3月は1700店舗が臨時休業かデリバリー・テイクアウトのみの営業となり、4月はその数が3000店舗に増えた」「3月の売上高は前年同期比20%以上減少し、4月も同じ状況」と説明した。
大学生の就職環境も悪化
生産、消費両面への打撃を緩和するため、金融当局や地方政府は中小企業の資金繰りの支援策を導入したり、2020年にも多くの都市で発行されたクーポン券を大量発行している。
だが、1カ月半にわたる上海の封鎖は、「感染者がゼロになるまで人や物の動きを止める」「他の大都市でも同様のことが起こりうる」というメッセージを世界に発信した形になり、今月6日には9月に杭州市で開催予定だった第19回アジア競技大会の延期も決まった。アジア・オリンピック評議会(OCA)が延期を決めたのは、感染拡大リスクというより、ゼロコロナによる突然の移動制限など混乱を懸念したと思われる。
先行きが見えずに企業が採用活動を手控える動きが広がり、6月に卒業する大学生の就活環境も悪化している。
2020年初めの感染爆発が収束した際は中国の消費が急速に回復し、一人勝ちと言われた。だが、ウイルスが変異しても政府は戦術をアップデートせず、2年前のコロナ禍で売り上げを伸ばしたECやゲーム企業も規制でパッとしない。今回の上海の感染が落ち着き消費が回復したとしても、当時のような戦勝ムードにはならないだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。