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商社勤務から“3000本が即完売”の若手ワイン醸造家に転身。「人生を変えるのに覚悟はいらない」

田口さん

「持続可能な農業、ワイン造り、事業をしていきたい」と田口さん。

写真提供:Sail the Ship Vineyard

「あるとき、商社で働く人生でこの先も生きていきたいのか、と考えたら答えはノーだった。『この仕事よりは、他にやりたい人生があるなあ』という違和感が次第に大きくなっていった。

だったら、責任ある仕事を任される前に辞めて、やりたいことをして生きようと」

いま注目度が高まっている若手ワイン醸造家の田口航さんは、筆者の取材に対してひょうひょうとそう語った。

この10年、長野県ではワイナリーの新規参入が相次いでいる。2013年1月時点で25軒だったワイナリーは、この9年で66軒(2021年11月)にまで増えた。特に「千曲川ワインバレー」の東地区と呼ばれるエリアで、小規模ワイナリーが活発だ。

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「千曲川ワインバレー東地区」に含まれる地域と位置関係。

出典:信州 千曲川ワインバレー東地区公式ページより

商社勤めからの転身組である田口さんは、千曲川ワインバレーに集う新規参入の造り手のなかで、最も注目されている若手醸造家の1人だ。

田口さんが造り出す味わい豊かなワインは、リリース4年目にしてソムリエやワインジャーナリストも太鼓判を押す存在になった。例えば、カルチャーメディアPen Onlineでは「情熱が凝縮した、パワフルな1本」というコメントもある。

もともと田口さんは、業界に入るまで醸造経験はまったくのゼロだった。それが、どんな覚悟でワインの世界に飛び込んだのか。

田口さんに、セカンドキャリアへの転身、そして若手醸造家としての「儲けすぎないワインづくり」の人生観を聞く。

価格3000円、完売する「儲けすぎないワイン」

Mr. Feelgood

Mr. Feelgoodはネーミング、エチケット(ラベル)のデザインも斬新。

撮影:反中恵理香

田口さんのワイナリーは「セイルザシップヴィンヤード」(Sail the Ship Vineyard、長野県上田市)という。名称は自分の名前の「航」と好きなビートルズの曲『All Together Now』の歌詞から命名した。

4年前まで流通していなかったこのブランドは、今やブドウの収穫時期になると、酒販店や飲食店関係者、ワイン愛好家たちが手伝いに駆けつける。

2021年12月に発売された2800本のワインはほぼ完売に。オンラインで一般発売された残りのワインも、たった1日で売り切れた。

田口さんが造るのは、化学肥料や除草剤を使わずに栽培したブドウによる自然派ワインだ。

「大量生産・大量消費の工業製品的なものづくりを目指すのではなく、最低限の収益を確保しながら、農業としても、ワイン造りとしても、事業としても持続可能なものにしていきたい。
よいワインを造ると、よい人達、よい飲食店さんやその周りの人ともつながっていける気がしています」

田口さんのワイン「Mr. Feelgood」の価格は3000円前後。大手インポーターによると、生産量が少ない新規ワイナリーの相場は5000円前後だそうで、それに比べると実に控えめな価格設定だ。この価格設定には田口さんのこだわりがある。

「2000~3000円の美味しく質の高い海外ワインはたくさんあります。価格を5000円にすれば経営的には楽になる。けれど、知り合いや友達には気軽に飲んでもらえない。海外のワインと並べても手に取ってもらえる価格設定にしています」

「質でも価格でも海外のワインと戦えるものづくりがしたい」これが田口さんの考える、ワイン造りだ。

「人生を変えるのに覚悟はいらない」

ほんの10年ほど前まで、田口さんはごく普通のサラリーマンだった。勤務していた専門商社では、自動車鋼材の営業職として鉄鋼会社と自動車メーカーとの間を取り持つ仕事をしていた。

「大きな企業だったし、給与もそれなりによかったです。海外とのやりとりも多く、充実していました。

海外に憧れて就職したけれど、海外に住めるわけではないし、好きなことをして海外暮らしができるわけでもない。海外駐在のチャンスがあるかもという『駐在のステータスに憧れていただけ』だった」

と田口さんは当時を振り返る。

とはいえ、商社から未経験の醸造家への転身は、常識的に考えれば、相当に覚悟が必要だ。

「失敗」が頭をよぎることはなかったのか? ところが田口さんは、上手くいかなかったら辞めてもいい、くらいの気持ちで始めたのだと、意外なことを筆者に語った。

人生を変えるのに「覚悟」はいらない、あくまで「選択肢」だと田口さんは話す。

「人の目を気にしなければ、最悪バイトで暮らしていける。むしろ、社会のレールから外れたと思いつめたり、鬱になったりするのではなく、『上手くいかなかったら辞めてもいい』とどこかに選択肢を持つことで、逆にストイックに挑戦できた気がします。環境が変わることで不安もあったけれど、自分がどこまでやれるかを楽しむつもりで、楽観的にキャリアチェンジしてきました」(田口さん)

商社を退職した田口さんは、京都のワイナリーで学んだのち、長野県上田市でワインの造り手として独立する。千葉県出身の田口さんにとって長野は全くの新天地だった。

2010年3月 鉄鋼関係の商社を退職

2011年5月 京都のワイナリーに転職

2015年4月 長野県 信州うえだファーム・千曲川ワインアカデミー研修生に

2016年 Sail the Ship Vineyard として独立

2018年 はじめてのワインを出荷(委託醸造)

ワイン造りの素人から人気醸造家になれた秘訣

田口さんがワインの造り手修行をする場所として選んだのは、長野。その理由は、品種の適性だったという。

「日本でワインを造るなら高品質な外来品種(メルロー、カベルネフランなど)が栽培できる長野か北海道だと思っていました」

田口さんは、2014年秋、長野県東御(とうみ)市にあるヴィラデストガーデンファームアンドワイナリーの醸造責任者で「千曲川ワインアカデミー」の主催者でもある小西超(とおる)さんに出会う。

そこで、2015年春から始まる信州うえだファームの研修生の募集があることを教えてもらった。最初の2年は研修生としてブドウの栽培やワイン造りを学びながら、自分の畑を持ちつつ、JAの仕事をすることで給与が保証される制度だった。

「ブドウ畑の土地を斡旋してもらったり、最初の苗木代を立て替えてもらったり、とてもありがたい制度だった」と話す。

除葉作業

除葉作業。通気を良くすることでカビなどの病気を防止する。

最初のワインを造るまでには、「味の良しあし」以前に大きな失敗もあった。

例えば、2年目には植えたブドウの苗木1500本が枯れてしまった。たまたまその年は雨が少なく、水が行き渡らなかったことが原因だった。

「枯れた苗木を自らの手で引っこ抜く。こんな徒労感はない。再び苗木を植えることができるのは1年後。気持ちを切り替えるしかなかった」(田口さん)

メルロー(赤ワイン用ブドウ)が病気にかかってしまったこともある。それでも、除草剤や化学合成農薬は一切使わないことを貫いた。

苗木を植えて5年目のブドウの実

苗木を植えて5年目のブドウの実。

写真提供:Sail the Ship Vineyard

「人間がコントロールすることのできない、到底太刀打ちできない自然を相手にものづくりをしているという心持ちは(醸造家として)大切だと思います。農業のこと、土壌のこと、微生物のこと、生態系のこと、常に勉強して学んでいる。

けれど、僕が知っているのは自然界のほんの一部に過ぎません。知らないことの方が多いんです」(田口さん)

わずか4年で業界で名を知られるようになるには、どんな秘訣があるのか。

「田口さんのブドウ栽培、ワイン醸造への探求心は並大抵ではない」と千曲川ワインアカデミーの関係者は語る。

畑の研究も熱心で、アカデミーで学んでいた時も醸造家に細部にわたって質問したり、師と仰ぐドメーヌオヤマダの小山田さんのところで畑や仕込みを手伝ったり、誰よりも学んで研究し、自分のワインを追求する姿があった。

2021年に収穫したブドウで醸造している4回目のワイン。出荷は、2022年冬の予定だ。ブドウは木が育つにつれて、次第に収量も増えていく。2021年のブドウの収量は5500キロ。無事に醸造や瓶詰めが終われば、2021年の約2倍のワインを販売できる計算だ。

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