撮影:今村拓馬
RICCI EVERYDAY(リッチーエブリデイ、以下リッチー)」を創業した仲本千津(37)の社会起業家としての高い志は、どうやって生まれたのだろうか。
「やはり、緒方さんでしょうか」と仲本は即座に返す。日本人初の国連難民高等弁務官で、難民支援などに尽力した緒方貞子(故人)を、仲本は心からリスペクトしている。
「彼女は、普遍的に正しいことを強い気持ちを持ってやり抜いた人だと思います。例えば人の命を守らないといけないとか、苦しい状況にある人に支援を提供しなければいけない。それらがいかに大切なことか教えてくれました」
高校の世界史の授業で緒方を追ったドキュメンタリーを見て、「あんなに素晴らしい女性がいるとは」と感動した。緒方に関連する書籍を何冊も一心不乱に読み、アフリカが抱える問題に興味を持って大学でも学んだ。社会課題への高い意識が、ビジネスにつながった。
サプライチェーンを一つひとつ正したい
ウガンダの市場を訪れる仲本。リッチーでは扱う素材の製造環境まで目を配るようにしている。
提供:RICCI EVERYDAY
「私がビジネスをやっているファッション業界は、商品が消費者に届くまでのサプライチェーンが長い。つまり、さまざまな領域の人たちがかかわる分、いろんな課題があります。それを一つひとつ正していかないといけないと考えています」
例えば、環境への配慮。先進国のような規制や制度が整っていないため、製造工程で環境が汚染される場合がある。リッチーでは、扱うバッグの素材一つとっても、布を染色する際に化学薬品が垂れ流しになっているのであれば別の工場を探す。レザーに関しては、食肉の副産物として産業廃棄物になってしまうくらいならアップサイクルする。サステナブルで環境にやさしい方法を常に模索している。
「リッチーはもともと毛皮は扱いませんが、他社を見ていても、エキゾチックアニマル(家畜以外の動物)のレザーなどを使わなくなっています。一方で、使っているブランドは支持されなくなっていて、アニマルウェルフェアの観点から商品を見る人が増えている感覚はあります」
商品のみならず、働く人たちへのまなざしもやさしく、正しい。工房スタッフには、現地でおよそ60ドルという平均月収の2〜4倍を支払っている。
ウガンダの首都カンパラに位置するリッチーの工房では、シングルマザーや元子ども兵といった、社会的に疎外された人々を「作り手」として生産活動に巻き込んでいる。
提供:RICCI EVERYDAY
「企業が働く人を一工員としての労働力としてしか見ないという感覚が、大量生産の時代はある意味まかり通っていました。そうではなく、一人の個人としてちゃんと向き合いながら、企業の前進を労働者の生活向上につなげていく。今はこうした当たり前のことから取り組まなくてはいけないと思っています」
一方、仲本が10年近く寄り添ってきたウガンダは、経済発展の真っただ中にいる。人口4500万人の半分を18歳以下が占めるから労働力に事欠かない。平均給与が20年にわたって上昇しない日本とは、人口ピラミッドが真逆なのだ。
リッチーの現地社員の中には「自分でビジネスをやってみたい」と次のステージを見据えて退職する者も出てきた。リッチーでアルバイトをしながら大学に通っていた学生が、「将来のことを考えて勉強に専念したい」と言ってきたこともある。彼ら彼女らを、仲本は気持ちよく送り出した。
「国自体が、ものすごく発展している感じがしますね。今日よりも明日、明日よりも明後日は、社会は良くなる、未来は良くなるって、みんな思っているので。勢いがあります。やっぱり若い人たちがすごく多いからだと思う」
プロボノで学んだファッション業界のイロハ
andu amet 社長の鮫島弘子(写真中央)の下でのプロボノ経験は、その後のビジネス立ち上げに大いに生きることになる。
提供:RICCI EVERYDAY
日本ではコロナ生活が2年以上になった今、リモートワークが日常化するなか、副業や「プロボノ」に若者が関心を寄せ始めている。「公共善のために」を意味するプロボノは、職業上のスキルや専門知識を活かして取り組むボランティア活動を指す。
仲本もまたウガンダに渡る前、エチオピアで革製品を作る「andu amet(アンドゥアメット)」社長の鮫島弘子のもとで、プロボノとしてブランド立ち上げを手伝ったことがある。講演会で鮫島の話に感銘を受け、手伝いを申し出た。
「仕事はすごくワクワクしたし、ジェットコースターに乗っているような感覚でした。予測不可能な環境下で、その場その場で判断しながら対処するスリル感がありました。そのうち問題が起こるから、自分がここにいる意味があるんだ!って思ったりして。あのときファッション業界のイロハも学ばせてもらった。本当に濃厚で有意義な時間でした」
このプロボノは、仲本に大きな学びをもたらした。プロボノは、何か新しいところに踏み出したいが、ちょっと不安という人が業界を垣間見る一つの手段になる。その業界を覗いてみて本当に自分のやりたいことができるのかを経験するには良い機会だ。
「受け入れる側としても、何らかの専門性を持っている人が手伝ってくれるのはすごく有難いことです」
日本では2000年代から20代、30代を中心に社会起業家と呼ばれるような人が生まれてきた。彼らは政府や行政の力が及ばなかったり、企業がなかなか目を向けなかったりする分野で、地域の課題などに取り組んできた。東日本大震災からの復興、貧困世帯への支援、途上国での雇用や産業の創出など、その活動は多岐にわたる。
そのような社会課題の解決に目を向ける人たちが増えていることも、仲本は実感している。
「私たちより下の世代である20代の人たちは、意識が全然違います。彼らは学校教育の中で、SDGsやサスティナビリティなどをすでに学んできています。個別に興味を持った人に限られる私たちの世代と違って、集団で学んでいる。ベースがあるので、SDGsって普通のことだよねとすんなり受け止められる。普通に思えるのは大事ですね」
仲本自身は緒方から「普遍的に正しいことをやり抜く強い気持ち」を教えられた。次回は、このパッションを支える人物について伝える。
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(文・島沢優子、写真・今村拓馬)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』など著書多数。