撮影:今村拓馬
RICCI EVERYDAY(リッチーエブリデイ、以下リッチー)」を創業した仲本千津(37)は起業家としての扉を、いつ、どのようにして開いたのか。
大学で国際関係学を学び、アフリカの紛争地帯について研究した大学院修了後は、社会に最も影響を及ぼすお金の流れを学ぼうとメガバンクに就職。花形と言われる丸の内支社に勤務した。髪の色、メイクもすべて決められ、上司が参加する飲み会はマスト。部下を萎縮させる上司もいた。セクシャルハラスメントに遭った同僚のために人事部に掛け合ったこともある。
「理不尽なことが多かったですね。私自身も仕事に興味を持てなかった。頭の中はアフリカの貧困や社会課題の解決のことでいっぱいで、休みの日はスタバでどこに出す宛もない企画書を書いてました。どこの国でもいい。現地に早く行きたかった」
ウガンダ人女性の勤勉さやエネルギーを実感
ウガンダに駐在するなか、最初の工房スタッフとなったのがシングルマザーのグレースだった。
提供:RICCI EVERYDAY
26歳で銀行を退職。笹川アフリカ協会(現ササカワ・アフリカ財団)職員としてまずは日本で働いた。その際にエチオピアで革製品を作る「andu amet(アンドゥアメット)」社長の鮫島弘子のもとでプロボノを経験。その後、笹川の駐在員としてウガンダへ渡り、農業支援を担当した。
貧困問題を解決するにはどうすればいいのか。車を走らせながら考えていると、道沿いのギャンブル場にたむろする男たちが見えた。家事や育児をこなすのも、外で働くのも、女性だった。一夫多妻の習慣が残り、離婚したシングルマザーが大勢いた。
「農業支援でも、女性の勤勉さやエネルギーを実感していました。彼女たちが国を立て直すパワーになる、何か雇用を生み出したいと考えたんです」
2014年にアフリカンプリントと邂逅する。色鮮やかな布たちを撮って日本に送ると、どの友人からも「カワイイ!」と褒めちぎられた。そこで日本人の友人に紹介してもらったウガンダのシングルマザー3人と仲本でバッグ作りを始めた。サイズ展開のある洋服よりもバッグのほうが在庫を抱えなくて済むという計算があった。
そのシングルマザーの1人が、グレースという女性だった。鶏は卵を産み、クリスマスには高く売れるからと、鶏を10羽飼っていた。さらに子どもの1学期分の学費になるからと豚も1頭。豚の餌は残飯で賄え、雌だと1度に10匹の子豚を産むと聞いた時、「この人すごい!」と思った。
「資産運用しているんじゃないかと感動しました。グレースだけでなく、他の女性たちも努力家だった。女性を中心にしたビジネスに手応えを感じました」
母親と共同創業。フラットな関係性
RICCI EVERYDAYは、母親である律枝との二人三脚によって可能になった。
提供:RICCI EVERYDAY
製造環境が整ったら、次は販路の開拓だ。求人をかけたり詳しい人間を探したのかと思いきや、ウガンダにいた仲本が電話をかけた相手は実家のある静岡市に住む母・律枝(65)だった。仲本は子育てに追われてきた母が計画的で高い実務能力を持つ専業主婦であることを知っていた。
「母は細かい人なので、大雑把なところのある私を助けてくれると思いました。お母ちゃん、私と共同経営にしよう。私の会社を手伝うんじゃなくて、お母ちゃんの会社だからねと言ったら、母は第二の人生だ!って張り切ってました。全面的に信頼していたので何の不安もありませんでした」
娘の予想にたがわず、律枝は行政書士への連絡、助成金獲得のための書類作成等々、すべてパーフェクトにこなした。2015年8月に会社設立。社名は律枝と千津、2人の名を合わせ「リッチー」とした。世界の人たちの毎日を豊かに彩りたいとの願いを込めた。
しかも、律枝は立ち寄った伊勢丹静岡店のポップアップショップでバッグや小物を売っているのを発見するやいなや、アポなしでバイヤーを直撃し、あっという間に商談をまとめてしまった。
「子どもの頃の母はすごく厳しくて、怖かったくらいです。責任感が強く、ずっと単身赴任で不在だった父に代わって一家の中心でした。今も、私がタラタラしていると、『早くやりなさい!』『ウガンダのスタッフが心配だから早くあっちに行きなさい!』って発破をかけてくれます。ありがたい存在です」
一般的な同族企業は子が親の事業を途中から手伝ったり、引き継いだりすることが多い。そうなると社会経験の豊富な親のほうが、一人前の経営者になれるよう鍛えてやるとばかりにイニシアチブをとりがちだ。
ところが、リッチーは仲本が手掛けた事業に親である律枝を引き入れたため、フラットな関係を築きやすいのではないか。取材でも、母娘が互いにリスペクトしていることが伝わってきた。
「母は、商品の在庫管理を一手に引き受けてくれています。お客様への発送業務から、百貨店さんへの納品まですべてやってくれます。しかも、あれだけの量をこなしているのに本当にミスが少ない。尊敬しかありません」
「利益を生むだけではダメだ」
今では20人ほどのウガンダ人スタッフをまとめ上げる仲本(写真中央)。そのリーダーシップは幼少期から余すことなく発揮されてきた。
提供:RICCI EVERYDAY
母・律枝の話も紹介したい。
律枝は小さいときから仲本が組織をけん引する姿を見てきた。「小学生のころは、近所のお友達5人くらいをわが家に集めて、劇をやっていました。千津がシナリオをつくり、あなたはこの役をやってとキャスティングして、こうやってやるんだよと演出をしていました。リーダーシップは昔からあった」と振り返る。
中高一貫の女子校時代の仲本は、教師たちから「学力があって、友達からも信頼される。こういうタイプの生徒はなかなかいない」と言われていた。
成績は優秀だったが、律枝はテストの点数、通知表や偏差値といった数字が示す評価ではなく、自身の感性で娘を受け止めてきた。
「千津は、利益を生むだけではダメだ、みんなが幸せにならないとダメだよねと言います。そばで見ていて、もっと利益を生む方法はあるなと思いますが、彼女はそういう仕事のやり方はしません。そういうところも尊敬しています」
律枝は2022年で65歳になる。
「年金がいただける年齢にもなったのよ。少しゆっくりしたいわ」
そう律枝が訴えると、仲本はこう言った。
「お母ちゃん、リッチーの定年は90歳なのよ。人生100年時代なんだから!」
最終回は、仲本の経営哲学を紹介しよう。
(敬称略・続きはこちら▼)
(第1回はこちら▼)
(文・島沢優子、写真・今村拓馬)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』など著書多数。