撮影:今村拓馬
RICCI EVERYDAY(リッチーエブリデイ、以下リッチー)」を創業した仲本千津(37)は、母というビジネスパートナーを得た後、2章で伝えた「andu amet(アンドゥアメット)」社長の鮫島弘子のもとでのプロボノ体験を活かした。
ボランティアとしてエチオピアとガーナでファッションに関するプロジェクトに多数携わった経験を持つ鮫島が、andu ametを設立したのが2012年。当時笹川の日本支部にいた仲本は鮫島の元でブランドをどう作っていくのかを学び、その知見を元に最初の3年間を乗り切った。
問題は「その後」だった。
「4年目以降は迷える子羊になってしまったんです。私はどうすればいいんだろう?会社をもっと成長させていくにはどうすればいいんだ?と頭を抱えてしまったんです」
「一人で抱えるな」夫の激励
リモートワークが広まる中、生産的な働き方に注目が集まるが、仲本は本当に新しいことをするためには長い会議も必要だと考える(写真はイメージです)。
Chaay_Tee/ShutterStock
ここで力になってくれたのが、夫の森本真輔(37)だった。ウガンダでアフリカの医療課題の解決に取り組んだ経験があり、現在は日本で精神医療関連の会社を立ち上げている。
話し合う中で「一人で抱えるな。まずチームを作っていろんな人の意見を聞いてみよう」と提案してくれた。そこからはチーム・リッチー・エブリデーで動き出した。正社員、パートタイム、インターンの学生等々、10数人が額を突き合わせるようにして「何をすべきか」を議論した。
「今では全員が忌憚なく言い合える空気になっています。そうなったのは、受け止める側の私達も、他のメンバーも、一人ひとりに対しアプリシエイト(感謝)しているからだと思いますね。どんな意見もすごい貴重なんだという認識は、みんな持っています」
無駄な会議を減らそう、長いミーティングはNGというのが、ビジネスの世界では主流になりつつあるが、リッチーでは会議ではみんなで徹底的に話し、議論する。必然的に打ち合わせや会議は長くなる。
「相手が考えてることをまず聞かないと始まらない。それにはやっぱり時間もかかる。もちろんアジェンダを設定して準備もします。全員が考え抜いて、思っていることを言い合わない限りは、いつも通りの結論に至ってしまい、新しいものは生まれません。新しいものを生み出すには時間がかかりますから」
そうやって議論する中で、1章で伝えたように、学生インターンの貴重なアイデアが生まれたのだ。デジタルビジネスへの大胆な移行で、リッチーはコロナ禍のピンチをチャンスに変えた。
「通販が当たって売り上げが伸びたのはもちろん嬉しいのですが、最近で私が一番感動したのは、ある日本人スタッフの意識が変わったことです」
成長に必要な「リフレクション」
撮影:今村拓馬
その女性は1年間限定でリッチーに来たスタッフだった。仕事のスキルは高いのに、自信がないという。大企業で働いた経験もあるが、与えられる仕事は限られており、「自分が通用する人間なのかが全くわからず、実は不安で仕方なかった」と話した。
だが、リッチーでオンラインマーケティングを担当し、さまざまチャレンジをする中で、「自分でもやれる、通用するんだとわかった」という。彼女は仲本に「誰もが、やりたいことやありたい姿を貫くことができる。そういう環境がこれからの社会には必要ですよね」と言った。
「もう、なんというか、『伝わった!』っていう感じで。彼女とはたくさん議論しましたが、自分でそこに気づけるってすごいなって。やっぱり私がやりたいことって、これだなって再確認しました」
仲本が言う「これ」とは、人材育成である。ビジネススキルはありながら、ゼロから何かを生み出す、企画するといった経験をせずにキャリアを重ねてきている人は少なくない。前年通り。前例に倣って。既定路線。力はあるのに、上司から言われるがままに動いているのだろう。彼女の意識を変えられたことは、仲本にとっても自信になった。
さらに彼女は、リフレクション(自省する)能力がすごく高かった。今月はこれができて、これができなかったという振り返りが明確だった。反省すべきは反省し、得たものはちゃんと評価する。これをしなければ自信につなげられない。
「彼女の様子を見ていて、人ってこういうふうに成長していくのかってなんとなくわかりました」
ウガンダでは、スタッフ一人ひとりと一対一で話す時間を重要視してきた。それに加えて、今後はリフレクションの時間を設けるつもりだという。
「私たちはモノ作りをやっているけれど、結局はヒト作りをやってるんだなと実感した出来事でしたね。私は人とかかわりながら、その人が生きやすくなっていくためのお手伝いをしているというか。おこがましいかもしれないですけど、そんな環境を作れたらいいなと思います」
ニューヨークのトレードショーに出展が決定
バッグや雑貨を中心に手がけてきたリッチーだが、最近ではドレスやスカートも手がける。
提供:RICCI EVERYDAY
リッチーは2022年8月、米ニューヨークで開催される「トレードショー」に出展することが決まった。書類審査など厳しいオーディションを経て、めでたく合格したのだ。
ここでアメリカなど各国のバイヤーの目に留まれば、大きなビジネスチャンスになる。
「アメリカは巨大で魅力的なマーケットですね。先日、とあるコレクションをチェックしましたが、カラフルな色とか、主張の強いデザインのアイテムがすごく出てきています。人々が、ベーシックな色合いというか、そういうものに飽きてきたのかもしれません。気分を上げたい、というのもありますよね。今のコロナ禍の自粛ムードを突破したいのかもしれません」
視線の先には、誰一人犠牲にしないエシカルな「モノ作り」と「ヒト作り」がある。
大量生産、大量消費の時代は終わり、今や環境や社会に配慮した商品、企業であることが購買行動における判断基準となっている。自分の消費行動を通じて社会に貢献したいと考える若者と、アフリカの女性たちの間に橋を架ける。仲本はそんな役目を担うに違いない。
(敬称略・完)
(文・島沢優子、写真・今村拓馬)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』など著書多数。