パンデミックが引き起こした「大退職」。経済が再開すればこの傾向は解消するのかというと、そういうわけでもないようだ。
Savanna Durr
2021年の夏、クレイトン・ホプキンス(Clayton Hopkins)は「大退職(Great Resignation)」の当事者となった。セントルイスのスタートアップ企業でプロダクトデザイナーとして働き始めたばかりだったにもかかわらず、新たな職を探すことにしたのだ。
パンデミックで在宅勤務への移行が一気に進んだおかげで、ホプキンスは勤務地を問わず仕事を選ぶことができた。求職を始めて数週間後には、民主党全国委員会(Democratic National Committee)でリモートワークの仕事に就職した。地元を離れることなく大義のために働くという夢を実現したのだ。ZoomとSlackを通じてしか面識のなかったスタートアップの同僚たちと別れることにためらいはなかった。
パンデミックが終わっても大退職は続く?
大退職時代を迎えてから1年、アメリカの産業界の幹部たちは、急増する離職率を見つめてこう問いかけている——この状況は、一体いつになったら終わるのだろうか、と。欠員により重要なプロジェクトに遅れが生じている。採用コストや給与も高騰中だ。そしてこの売り手市場の状況で、企業側は競合他社に負けじとコストをかけてさまざまな特典や福利厚生を用意せざるを得なくなった。
では、もし大退職時代が終わらないとしたらどうだろう。
調査会社ガートナー(Gartner)の新しい報告書は、高い退職率が雇用市場で恒久的に定着することを予測している。自発的な離職率はパンデミック前よりも20%近く高いままで推移するというのだ。従業員2万5000人の大企業では、1年間の退職者数が1000人増える計算になる。
この「ニューノーマル」は、冒頭のホプキンスのような何百万人ものホワイトカラーにとっては大きな恩恵となるだろう。ガートナーの人事リサーチ部門長であるブライアン・クロップ(Brian Kropp)は、「従業員は選択肢が増えれば増えるほど大きな力を持つようになります。より自分に合った仕事を見つけられるので、選択肢が多い方が得をするわけです」と語る。
このことは、雇用主にとっては悪夢だ。競争力を維持するためには、これまでと違うやり方で組織を運営し、今後何年にもわたって高い給与と福利厚生を提供しなければならなくなるだろう。
このような予測を見ると、経営者は「これは一時的なものだ」という言葉を繰り返したくなるかもしれない。しかし、米労働統計局が先ごろ発表した2022年3月のアメリカの離職者数は過去最高の450万人と、13カ月連続でパンデミック前の最大数を更新しており、転職の流行は今後も続くことが明らかになりつつある。企業はそろそろ「永遠の退職時代(Forever Resignation)」に備えなければならない。
なぜこれほど多くの人が辞めていくのか
毎年、何千万人ものアメリカ人が会社を辞めている。上司が嫌いだからという人もいれば、仕事が退屈、昇進できない、休暇をとったくらいではどうにもならないほど燃え尽きている、など理由はさまざまだ。どこの人事部であれ、たとえ優秀な社員であっても一定の割合でより良い職場を求めて退職願いを提出する人たちがいることを想定するものだ。
その退職率がどの程度上下するかは、景気の動向に大きく左右される。
不景気のときは、他に誰も雇ってくれる人がいないので、仕事を辞める人は少ない。しかし景気が良くなれば、たとえ今の仕事に満足していても、給料が上がるという見込みに誘われて、多くの人が仕事を辞めてしまう。2010年代の平均離職率は23%だったが、2021年はなんと33%のアメリカ人が退職した。ガートナーは、約300の組織の退職者調査に基づいて、2021年の退職者の急増の約半分は、雇用市場の過熱に起因するものと考えている。
企業側は、パンデミックの中で退職した社員の補充に奔走している。もし離職率がこのまま高止まりすれば、企業は経営方法に大きな調整を迫られることになるだろう。
Paul Bersebach/MediaNews Group/Orange County Register/Getty Images
しかし、ガートナーによる退職者調査からは別のことも読み取れる。退職の理由として、パンデミック特有のものが挙げられていたのだ。急増した退職者のうち10%は、パンデミック中に人々の優先順位が変化したことが原因と考えられる。
例えばある投資銀行の社員は、人生にはお金以上のものがあると気づき、犬の保護活動を始めることにしたという。また、離職率の増加の40%近くはリモートワークやハイブリッドワークの増加によるもので、これにより人々は転居することなく新しい仕事を見つけられるようになった。
リサ・デア(Lisa Dare)は、そんな転職者のひとりだ。ボルチモア郊外でマーケティング・ライターをしている彼女は、地元での職業の選択肢があまりなく、加えて、幼い子どもや闘病中の父親の介護もあり、遠くまで通勤することはできなかった。
しかしパンデミックの中では「場所」は障害とはならなかった。2021年、彼女は長年憧れていたロンドンの代理店でリモートワークの職を得た。パンデミックをきっかけに、その代理店は遠隔地の従業員の雇用に前向きになったのだ。
「チャンスは本当に大きく広がりました」とデアは言う。新しい職場では、ロンドンの時間帯での勤務を求められることもなく、家族の都合に合わせた予定を組むことができている。
不況が到来して雇用市場にブレーキがかかれば、大退職時代が霧消すると思うかもしれない。そして遅かれ早かれ、パンデミックの「啓示」を受けて働いている人たちも皆、新しい職場に定着することになる。そのため、高給と大きな夢に後押しされた退職の波もいずれは収まるだろう、と。
しかし、在宅勤務への移行は今後も続く公算が大きい。広く引用されているある調査によると、アメリカ人はパンデミック後も平日の29%を自宅で過ごすと予想されている(パンデミック前はわずか5%だった)。大卒者に限れば、この数字は39%に増加する。つい先日はAirbnbが、社員が恒久的にリモートワークできるようにすると発表した。このことからも、大退職時代が終焉に向かっていないことが分かる。ただ程度が少々薄れるだけの話だ。
前出のクロップは言う。「『引っ越さなければならなかったら、退職してこの仕事に就くことはなかった』という人々の離職率の増加は、リモートワークやハイブリッドワークがある限り持続するでしょう。『誰もが9時5時まで職場で働かなければならない』という世界に戻らないかぎり、この状況は解消しないでしょうね」
クロップは、パンデミック前より20%近く多くの従業員が恒久的に仕事を辞め続けるだろうと予想している。「今後も離職率は経済状況によって上下しますが、これまでよりも高い水準で上下するでしょう」
「永遠の退職時代」に備えよ
では、「永遠の退職時代」に直面したとき、企業はどうすればいいのだろうか。
ひとつ言えるのは、在宅勤務制度を設けるだけでは社員を引き留められないということだ。それはもはや、求職者を面接に応じさせるための必要最低条件でしかない。クロップは言う。
「多くの企業は、『リモートワークやハイブリッドワークを認めれば、社員は満足し、辞めようと思わなくなる』と思っていますが、それは間違いです。自分の会社だけがリモートワークやハイブリッドワークを認めているならまだしも、どこの会社でも認めている状況なら当てはまりません」
皮肉なことに、在宅勤務を認めると、社員の引き留めが難しくなるという面がある。2020年後半、新たにリモートワークを始めた人の65%が、職場で一緒に働いていたときよりも同僚とのつながりが薄れたように感じたと、ピュー研究所(Pew Research Center)に回答しているのだ。
人事責任者にとって、この統計は特に懸念すべきものだ。なぜなら、つながりの希薄化は離職の最大の予測要因の1つだからだ。多くの企業が退職の波を事前に察知するために、定期的に従業員のエンゲージメント調査を実施しているのもそのためだ。
しかし、一部の経営者が「企業文化」の名の下に試みているように、在宅勤務を禁止することは解決策にならない。そんなことをすれば、リモートワークに寛容な競合他社に社員が転職するのを促すだけだ。
リモートワークの従業員は、同僚とのつながりが薄いと感じる傾向があり、より良い機会を求めて退職しやすくなる。
Scott Strazzante/Getty Images
それよりも、企業側はリモートで働く社員同士の関係を深めるためにもっと努力する必要があるとクロップは指摘する。Zoom越しに仲間意識を育むのは職場でそれをするより難しいが、不可能ではない。
現在DNCのプロダクトデザイナーであるホプキンスは、前職も現職も完全なリモートワークである点は同じなのに、今の職場の同僚との方がはるかにつながりを感じているという。ゲーム大会を定期的に開催したり、四半期ごとに「バーチャルオフサイト」を開催し、従業員が1日かけてアクティビティやディスカッションに参加したりするなど、従業員同士の絆を深めるために今の職場のトップがどれだけ取り組んでいるかがこれだけの差を生んでいるとホプキンスは言う。また、「共和党を倒す」といった高い目標を組織内の全員で共有することも有効だ。
「永遠の退職時代」における経営者は、恒久的に離職率が高止まりした世界で、より効果的な経営ができるようにならなければならない。より多くの採用枠を埋めるために、より多くの採用担当者を雇う必要があるだけでなく、過剰に採用することも必要なのだ。
このことは直感に反して、効率の悪いチームを作ることを意味する。新入社員の入社を待つ間、重要な仕事を停滞させたり、全員に残業をさせたりしないよう、離職率が常に高い状態の中でも機能を維持できるような大きなチームを作る必要がある。
「私たちは今までとても効率的な組織を作ってきましたが、そのような組織は破壊的な影響を受けたときには非常に脆弱です」とクロップは言う。「離職率が高くなればなるほど、ショックは大きくなります。これほどの離職率でも業務が滞らないようにするには、どのような対応力を身につければよいのかを考える必要があります」
採用担当者の増員や全体的な過剰雇用といったこれらの措置はいずれも、長期的には企業の人材確保にかかるコストが増えることを意味する。しかしクロップいわく、新しい仕事の現実を踏まえれば、企業はそれも不可能ではないという。事務所を縮小したり撤去したりすることで、企業は不動産にかかるコストを大幅に節約することができ、結果的には得をすることになるのだ。
ひとつ、従業員にとってのマイナス面があるとすれば、離職者が後を絶たない時代にあって、企業にはキャリア開発の取り組みを削減しようという考えが生じてしまうことだろう。どうせ辞めてしまうのなら、時間とお金をかけて従業員を育てる意味があるのだろうかと経営者は考えるだろう。
賢い企業なら、従業員のスキルアップのための予算の一部を、より協力的な職場文化を促進するためのプログラムに振り向けるだろうとクロップは言う。これは例えば、会議に出席したり、専門的な資格を取得したりすることで会社から報酬を得ることよりも、はるかに役に立たないように思えるかもしれない。
しかし全体として見れば、従業員にとって「永遠の退職時代」のメリットは、どんな欠点よりはるかに大きなものになるだろう。離職に歯止めがかからない新時代は、ホプキンスやデアのような何百万人もの従業員が、何年もデスクワークに縛られることなく、自分に合っていない仕事からすぐに転職できることを意味する。人生を台無しにすることなく、ずっとやりたかった仕事に就くことができる。そして、会社が自分の採用を強く希望すると分かっていれば、求職者としてかつてないほどの自信を持つことができるのだ。
3月に転職したケンタッキー州ルイヴィル在住のビジネスアナリスト、エミリー・ジェントリー(Emily Gentry)はこう話す。
「今まで感じたことのない交渉力を手にした感覚でした。決定権は私の方にあり、これまでできると思っていなかった意思決定を、自分のキャリアの中で下すことができました。爽快な気分でした」
(編集・常盤亜由子)
[原文:‘You’re going to have more shocks’: Get ready for the Forever Resignation]