夜空を見上げれば、無数の星々が瞬いて見えます。
この星々の光は、宇宙のはるかかなたから、長い年月をかけてはるばる地球にまで届いたものです。つまり、私たちの目にしている星々の光は、宇宙の「過去の姿」なのです。
4月、東京大学宇宙線研究所の播金優一(はりかね・ゆういち)助教が中心となった研究グループが、135億光年(※)かなたに、銀河の候補となる天体を発見したと発表しました。この銀河は、これまで見つかっている銀河の中で、最も遠くに位置している可能性があります。
国内外の多くのメディアに取り上げられ、大きな話題となったこの発見の意味を、播金助教に聞きました。
※1光年は光が1年かけて移動する距離。例えば、1万光年先にある天体から放たれた光は地球に届くまでに1万年かかるため、遠くの天体を観測することで宇宙の過去の姿を知ることができる。
「ハッブル宇宙望遠鏡でも見えない銀河」を発見
今回の研究をリードした、東京大学宇宙線研究所の播金優一助教。
撮影:三ツ村崇志
現代の宇宙論において、宇宙の「はじまり」は、約138億年前だと考えられています。
播金助教らが見つけた「135億光年かなたにある銀河の候補」のようすは、今から135億年前、つまり宇宙が誕生してから「たった3億年後」の銀河のようすを表しています。
天文学者たちは、こういった観測の積み重ねによって、「宇宙の進化史」を1ページずつ刻んできました。
播金助教は、今回の成果の一番のポイントは
「これまで候補すら見つかっていなかった135億年前の銀河の候補を初めて見つけたことです」
と語ります。
これまで、遠くの銀河を見つける際には、NASA(アメリカ航空宇宙局)のハッブル宇宙望遠鏡がよく利用されていました。
実際、今回の播金助教らの発表以前に見つかっていた最も遠くにある銀河「GN-z11」は、ハッブル宇宙望遠鏡によって134億年前の宇宙にあることが見出されています。それに対して、播金助教らが発見した銀河の候補は、約1億年古い時代の銀河です。
「たった1億年」の差ではありますが、播金助教は「仮にハッブル宇宙望遠鏡で見たとしても(今回発見した銀河の候補は)全く見えませんでした」と、今回観察した銀河の特徴を語ります。逆に言えば、今回の発見には、「ハッブル望遠鏡を使わなくても、非常に遠くにある天体を見つける方法があると示した」という意味合いもあると言えます。
この「1億年」の間には、どんな観測の壁があったのでしょうか。
遠くの宇宙から放たれた光は「引き伸ばされる」
拡大図の中心にある赤い天体が、今回発見された観測史上最も遠くにある銀河候補のHD1。画像は観測データに擬似的に色つけたものであり、実際に赤く見えるわけではない。
Harikane et al.
現代の宇宙論では、宇宙空間はまるで風船のように膨張し続けていると考えられています。
実はこの影響で、地球から遠く離れた場所にある天体から放たれた光の波長は「引き伸ばされて」、地球で観測する頃には長くなってしまいます。
例えば、遠くにある天体から放たれた「青い光」や「紫外線」などの波長の短い光が、地球では「赤外線」や「赤い光」として観測されてしまうわけです。この現象を「赤方偏移」といいます。
赤方偏移の度合いは、地球との距離が離れている天体ほど大きくなります(観測される波長が長くなる)。では、135億年前の宇宙から放たれた光の波長は、どれほど長くなるのでしょうか。
実は、播金助教らが観測した135億年前の宇宙から放たれた光は、ハッブル宇宙望遠鏡でも観測できないほど長く、引き伸ばされてしまうのです。
膨大なデータから見つけた最遠方銀河の候補
アルマ望遠鏡のアンテナ群の一部。アルマ望遠鏡は、複数のアンテナを使って観測する望遠鏡。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
では、播金助教らは、どのようにして135億年前の銀河を見つけ出したのでしょうか。
実は地上には、ハッブル宇宙望遠鏡よりも長い波長を観測できる望遠鏡がありました。ですが、これまでの研究では、135億年前の宇宙に存在する銀河は非常に暗く、地上の望遠鏡では感度が不足するなどして観測できないのではないかと考えられていたのです。
「ただ、最近の研究で130億年前ごろの宇宙に、私たちが思っていた以上に明るい天体があることが分かってきました」(播金助教)
播金助教は、観測に挑戦した経緯をこう語ります。
「観測できるかもしれない」とはいえ、闇雲に宇宙に望遠鏡を向けても、はるかかなたにある銀河を見つけることはできません。
そこで播金助教らの研究グループは、まず、すばる望遠鏡をはじめとした複数の望遠鏡が観測した合計1200時間以上、70万個以上の天体データから、135億年かなたにある最遠方銀河の「候補」を探しました。
「観測データから、1.7マイクロメートルよりも短波長側が真っ暗で、長波長側が明るいような天体を135億年前の銀河の候補として探し出しました。そこで候補天体『HD1』を見つけ、さらにそこから放たれる特徴的な光(輝線)を、チリ・アタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡で『分光観測』することで、正確な距離を測ろうと試みました」(播金助教)
こうして、播金助教らが見つけたHD1は、これまでで最も遠い135億年前の銀河の候補と考えることが妥当だと判断されたわけです。
ただ、HD1は、酸素由来の光が想定よりも弱かったため、この観測で統計的に「銀河を発見した」と示すことはできませんでした。プレスリリースなどで、「銀河の『候補』を発見」と表現しているのはそのためです。
この結果について、播金助教は次のように語ります。
「生まれたての銀河は、水素とヘリウムしかないような宇宙からできるため、酸素は少ないはずなんです。そういった銀河、酸素が生み出される途中の銀河を見ているのかもしれません」(播金助教)
「135億年前の明るい銀河」の3つの可能性
138億年におよぶ宇宙の歴史からすると、135億年前はまだ初期の宇宙だ。最遠方の銀河候補「HD1」は、赤方偏移の推定値が13.3。それまで最遠方だとされていた「GN-z11」(赤方偏移11.0)よりも約1億年前の宇宙に存在すると予想されている。
Harikane et al., NASA, ESA, and P. Oesch (Yale University)
「ものすごく大雑把に言うと、銀河がいつ、どの時代に初めてできたのかという根源的な問いに答えることにつながります。どの時代に銀河ができたのかを知ることで、星が生まれたり、銀河が形作られたりする理論(宇宙モデル)に、かなりダイレクトな制限をつけることができると思っています」
播金助教は、今回の観測の価値をこう語ります。
今回の播金助教らの観測では、135億年前の宇宙に、既存の宇宙モデルでは説明できないような明るい銀河(の候補)が存在していることが示されました。また、播金助教らは、135億年前の宇宙に存在する銀河の数(密度)も、これまでの宇宙モデルで考えられていた以上に多かったのではないかとも指摘しています。
世界中の天文学者たちは、こうした「理論と観測のずれ」を少しずつ修正しながら、過去から現代に至るまで、より確からしい「宇宙モデル」を紡いできました。
では、今回の観測結果から、誕生から約3億年経過した初期の宇宙はいったいどのような状態にあったと考えることができるのでしょうか。
今回播金助教らが観測したHD1からは、強い紫外線が放射されていました。播金助教は、これを既存の理論で説明しようとすると、大きく3つの可能性があると言います。
1つ目の可能性は、この銀河で新しい星が非常に活発に生まれているという考え方です。播金助教は「1年間で100個ぐらい作られていると考えると、この明るさが説明できます」と説明します。
2つ目の可能性は、HD1に「第一世代の星(Population III Star)」がたくさん含まれているという説です。
第一世代の星とは、宇宙が誕生したあと最初に誕生した、金属元素をほとんど含まないほぼ水素とヘリウムのガスからなる星です。その特徴的な成分から、強い紫外線を放つと考えられています。
「135億年前にある星は第一世代の星とは言えないのですが、それに似た星がたくさんあるなら、観測結果をうまく説明できるのではないかと考えられています」(播金助教)
また、3つ目の仮説として、この銀河の中心に「巨大なブラックホール」が存在した場合も、観測された明るさをうまく説明できる可能性があるといいます。
「ブラックホールの周りには、ガスがどんどん落ち込んで超高温の『円盤』(降着円盤)が形成され、その円盤から非常に強い紫外線が放たれています。HD1の中心に太陽の質量の1億倍ぐらいのブラックホールが存在すれば、この明るさは説明できそうです」(播金助教)
次世代望遠鏡が天文学の新たな歴史を刻む
宇宙空間でのJWSTの想像図。
NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez
3つの説のどれが真実なのか。はたまたまったく別の真実があるのか。
残念ながら今回の観測結果から、どの説が有力なのかを判断することはできません。ただ、そう遠くはない未来に、その結論が得られるかもしれません。
HD1は、2021年12月に打上げられた、NASAの次世代宇宙望遠鏡「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」の第一期の観測対象に選ばれています。
「JWSTで詳細な観測を行えば、恐らくどういう理由で明るくなっているのかも分かってくるのではないかと思います」(播金助教)
JWSTの観測は、この夏を目処に始まります。そこでHD1までの距離が正確に計測されれば、最遠方の銀河「候補」から、名実ともに最遠方銀河として認められることも期待できます。
今まさに、天文学の歴史に、新しい1ページが刻まれようとしているのです。
(文・三ツ村崇志)