男性育休後に大企業を辞めた30代「育児との両立は限界だった…」。苦しんだ“共働き”への無理解

抱かれる赤ちゃん

大企業に勤務していたヒロカズさんは、男性育休からの復帰後に会社を辞めた(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

40代の管理職は、育児の大変さを少しも理解していませんでした。夜泣きと授乳で妻がほとんど眠れていないと相談したら、『うちの子は一回も夜泣きしなかったよ』と。それはきっと、奥さんが面倒をみていただけなのに……」

情報通信系の大企業に勤める30代のヒロカズさん(仮名)は2022年、10年以上勤めた会社を辞めた。理由は、家庭と仕事との両立ができなかったからだ。

2人の子供を授かったヒロカズさんは、それぞれの出産時に約半年の育休を取得。2022年4月に改正育児・介護休業法が施行されたこともあり、ヒロカズさんの勤務先でも男性育休は当たり前になりつつある。

しかしヒロカズさんは、「むしろ復帰後の方が問題は深刻だった」と言う。

育休後も子育ては続きます。私のような共働き夫婦の場合、これ以上働き続けることは限界だった」

大企業を中心に急速に浸透しつつある男性育休だが、ヒロカズさんのように育休復帰後、職場のサポートを受けられずに離職してしまう例もある。企業は男性育休後やその後の働き方について、どう向き合うべきなのか?

改正育児・介護休業法:2022年4月から、配偶者が妊娠した場合に、企業は育休対象者に制度の周知と、取得の意向を確認することが義務化された。また非正規雇用でも育休の取得が可能になった。2022年10月からは、産後8週間以内に取得できる「産後パパ育休」が使えるようになるほか、2023年からは大企業を対象に育休取得率の公表が義務付けられる。

深夜勤務の免除を申請するも…

夜の街

ヒロカズさん夫婦は共働きで、ともにハードワークが求められる職場だった。

撮影:今村拓馬

ヒロカズさんは約4年前、第1子を授かり半年間の育休を取得した。

30代の妻・エミさん(仮名)も、ハードワークが求められる職場に勤務。子どもが生まれるまでは、それぞれキャリア最優先の生活をしており、育休復帰後は保育園の送り迎えなど、家事育児を2人で分担すると決めた。

ヒロカズさんの職場では、深夜の時間帯と土日の勤務を持ち回りで担当。ヒロカズさんは育休復帰にあたり、上司に深夜と土日の勤務については免除を申し出た。

「100人以上が所属する部署だったのですが、私のように勤務時間の配慮を申請していたのは他に1人だけでした。周りの目は気になりましたが、妻との約束もあり、譲れない条件でした」

しかし、育休復帰から数カ月後にヒロカズさんは別の部署に異動。異動先では結局、月に数回の深夜勤務と土日勤務を命じられたという。

ヒロカズさんは朝10時に子どもを保育園に送り、帰宅は夜の10時頃になることが多く、エミさんも普段の帰宅は8時過ぎ。保育園へのお迎えは、その日その日で行ける方が担当する“自転車操業”だった。

休みの申請は上司3人に「お伺い」

哺乳瓶

2度目の育休から復帰後、ヒロカズさんは上司らの「育児への理解のなさ」に苦しんだという。

shutterstock

異動から約1年後には、第2子が誕生。ヒロカズさんは再度半年の育休を取得したが、育休復帰後はさらに“綱渡り”の状態に追い込まれた。

コロナ禍で保育園が急に休園になったり、子どもがしばしば熱を出したりと、ヒロカズさんが急きょ休みを取ることが増えた。しかし、休みを取るには上司への「お伺い」が必要だった。

「看護休暇はウェブ上で申請するのですが、まず直属のリーダーと、その上の課長に電話して根回しをします。その上で、『休暇を申請します』と部長にメールした上で、やっとシステムで申請するのですが、最低でも30分はかかります。一度、課長に報告せずに申請したら、小言を言われたこともあったので『お伺い』は省けません」

また40代の課長からは、理解のない言葉をかけられることもあった。

看護休暇を出しているのに『ゆっくり休んでね』と言われました。病院に行かないといけないし、仕事の納期は変わらないので忙しさはむしろ増します。ただ上司は全く悪気のない人。育児のために休むことは“休息”だと、心から思っているんだと思います。

上司らの世代にとっては男性が育児するという発想はなかったかもしれません。でも私たちの世代にとっては共働きが当たり前で、夫婦で育児を分担するのが当然なのに、上司にはそんな発想は全くありませんでした」

リモートワークは「さぼり」

ヒロカズさんの部署の仕事のほとんどは、基本的にはリモートワークでこなせる仕事。しかし実際にリモートワークができたのは週に1度が限度だった。それは上司が、「リモートワークはさぼり」と公言していたためだった。

深夜帯の仕事の日には、仕事を終えたエミさんが1人で育児を担うことも多く、負担は大きかった。

「妻にとってはキャリアを積む上で大事な時期だったこともあり、土日も仕事をしていました。お互いに体力の限界を迎えつつありました」

そんな時期に、エミさんの転勤が決まった。ヒロカズさんは迷った末に、会社を辞め、家族で一緒に転勤先で暮らすことを決意した。

男女問わず、管理職には子育て経験のある人がほとんどおらず、そもそも子育てに時間を取られる人は出世できないのが実態です。将来を考えた時、この会社で働き続けるという希望が、もう持てなくなりました」

ヒロカズさんは転居先で新しい職を見つけたという。

今後は「パピートラック問題」が顕在化?

夜のビル

男性育休の推進はもちろん、育休復帰後に仕事と家庭の両立ができるかどうかも課題になりそうだ。

撮影:今村拓馬

育休復帰後のキャリア問題について、企業は、そして個人は、どう捉えればいいのだろうか?

育休後のキャリアの問題は、もともと女性がずっと背負ってきた問題。女性の場合は、出世コースから外される『マミートラック』が問題になったように、男性育休が増えれば『パピートラック問題』も顕在化する可能性がある」

企業での管理職経験があり、男性育休などに詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎氏はそう話す。

川上さんは、これまでのように出世コースとは別のポストに押し込むのではなく、「企業側は『成果をあげること』を前提とした組織に変わらなくてはいけない」と指摘する。

「まず『社員は育休や休暇を取るもの』という出発点に立ち、その上で勤務時間ではなく成果によって評価をしないといけません。

マネジメントをする側は、会社に求められる成果は何かを把握し、一人ひとりの部下がどのような成果を上げる必要があるのか、きめ細かく目標設定していく必要があります」

とは言え、特に大企業では従来型のマネジメントが続いており、すぐに変化が起きるとも考えにくい。

川上さんは、「家庭と仕事との両立が難しい職場で働いている場合は、転職も選択肢の一つです」と話す。

「もはや組織内でのキャリア形成にこだわる時代ではありません。まずはプロボノや副業に挑戦するなどして、会社の外に目を向けること。組織を超えたスキルが身につけば、もはや育児と仕事を両立できないような会社にとどまる必要はないのかもしれません

(文・横山耕太郎

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