2021年11月16日、初めての米中オンライン首脳会談を開いたアメリカのバイデン大統領(左)と中国の習近平国家主席(右)。
REUTERS/Tingshu Wang
ロシア・ウクライナ戦争のこう着状態が続くなか、米中対立はいったん小休止のように映る。
しかし中国高官はいま、バイデン大統領が習近平国家主席に約束したとされる「アメリカは新冷戦を求めず、台湾独立を支持しない」など「四不一無意」(4つのノー、1つの意図せず)の履行を強く求めている。
今後、米中間で問題が発生するたびに、中国側がこの約束の履行を要求する可能性がある。経緯と真偽を検証しておく必要があるだろう。
「四不一無意」とは何か?
まず、中国が主張する「四不一無意」とは何を意味するのか。
「四不」は、アメリカ側が(1)新冷戦を求めない(2)中国の体制変更を求めない(3)同盟関係の強化を通じて中国に反対することを求めない(4)台湾独立を支持しない、ことを指す。
「一無意」とは、アメリカに中国と衝突する意図がないことを意味する。
中国の魏風和・国防相は4月20日、アメリカのオースティン国防長官と電話会談した際、この「四不一無意」の履行を求めた。
また、それに先立つ3月7日、王毅外相も全国人民代表大会(全人代、国会に相当)開幕中の記者会見で「『四不一無意』という(アメリカの)態度表明」との表現を使い、履行を求めている。
米中国防トップ会談に関する中国国防部の発表(3月7日付)を読むと、魏国防相は「中国とアメリカは相互尊重と平和共存、対立回避という両首脳の合意を誠実に実施し、バイデン大統領が表明した『四不一無意』を実行に移さねばならない」と求めたとされる。
魏氏はさらに「台湾問題にうまく対処できなければ、両国の関係に壊滅的な影響を与える」と強く警告したという。
一方、米国防総省のプレスリリース(4月20日付)は、国防トップ会談のテーマとして(1)米中の軍事関係(2)地域の安全問題(3)ロシアのウクライナ侵攻、の3点を挙げただけで、協議内容に触れない素っ気なさ。「四不一無意」にはまったく言及していない。
バイデン大統領は約束したのか?
では、バイデン大統領は「四不一無意」をいつ約束したのか。
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(3月20日付)は、米中首脳による初めてのビデオ会議が行われた2021年11月にバイデン氏が「中国側に約束した」と書く。
「言い出しっぺ」は、習氏ではなくバイデン氏だと言うのだ。
そこで、当時の中国側の発表(人民日報記事、2021年11月16日付)をチェックすると、バイデン氏の発言は次のように書かれている。
「私(バイデン大統領)は、アメリカが中国の制度を変えようとせず、同盟を強化することによって中国に対して行動せず、中国と衝突する意図がないことを明確にしたい。アメリカ政府は台湾海峡の平和と安定を願って、『台湾独立』を支持しない」
「四不」のうち「新冷戦を求めない」は明示されていないが、中国の主張に沿った解釈をすれば「アメリカが中国の制度を変えようとせず」の部分がそれに相当する内容と考えられる。
一方、ホワイトハウスはこのときのバイデン氏の中国政策に関する発言をどう発表したか。プレスリリース(2021年11月16日付)には以下のように書かれている。
「バイデン大統領は以下のことを強調した。アメリカは台湾関係法、3つの共同コミュニケ、6つの保証に導かれた『一つの中国』政策にコミットを続ける。また、アメリカは一方的な現状変更や台湾海峡の平和と安定を損なおうとする一方的な試みに強く反対する」
中国が主張する「四不一無意」に相当する発言はやはり登場しない。
ホワイトハウスは「四不一無意」に一切言及せず
では、ロシアのウクライナ侵攻後に行われた第2回米中首脳会談(2022年3月18日)ではどうだったのか。
中国の国営新華社通信(同日付)は次のようにバイデン氏の発言を紹介している。
「私(バイデン大統領)は、アメリカが中国との『新冷戦』を求めず、中国の体制変更を求めず、同盟関係の強化による中国への反対を求めず、『台湾独立』を支持せず、中国と衝突する意思がないことを重ねて表明したい」
この発言を受けて習氏は、バイデン氏が言及した「四不一無意」の内容をそのままくり返しながら、「私はあなたのこれらの態度を非常に重視している」とバイデン発言を絶賛する。
同記事からは、中国側が「四不一無意」の言質(げんち)をとったと言わんばかりに大喜びする様子が伝わってくる。
ところが、ホワイトハウスのプレスリリース(3月18日付)にはこのときも「四不一無意」がまったく登場しない。
その内容は、(1)バイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻に対するアメリカと同盟国の立場を説明し、中国がロシアに物的支援をした場合の影響と結果に言及(2)米中は両国の競争を管理するうえで意思疎通を維持する重要性について一致(3)アメリカの台湾政策に変化はなく、現状の一方的な変更に反対し続けることをバイデン大統領があらためて強調した、というもの。
日本の主要メディアは、この米中首脳会談の内容を伝える記事として、「バイデン氏、ロシア支援阻止へ警告 習氏に制裁示唆」(日本経済新聞、3月19日付)など中国に対ロ制裁破りをしないよう求める発言をタイトルにして報じた。
「四不一無意」に触れたメディアは皆無だった。
2022年3月18日、再びオンライン首脳会談を開いたバイデン大統領(手前)と習近平国家主席(奥の画面)。
The White House/Handout via REUTERS
「バイデン発言はあった」台湾研究者の視点
バイデン大統領は本当に「四不一無意」に相当する発言をしていないのだろうか。
筆者は、米政府が中国側発表について「フェイク」と抗議していないことに加え、国営新華社通信がバイデン・習両氏の発言を詳細にくり返し伝えていることから判断して、バイデン氏の「四不一無意」発言があったのは間違いないとみている。
台湾海軍の揚陸艦艦長を務めた経験のある中華戦略研究所の張競研究員も筆者と同じ見方をしている。
台湾の国際問題を論じるテレビ番組にもよく登場する張氏は、香港の週刊誌(亜洲週刊、5月2〜8日号)の記事で「四不一無意」について、「中国政府とアメリカ政府の共通認識」と評し、中国にとって譲れない一線を意味する「レッドライン」になったと踏み込んだ。
張氏はさらに次のように書く。
「台湾政府は『四不一無意』(とのバイデン発言)がホワイトハウスのプレスリリースに見当たらないことを理由に否定している。しかし、『証拠がないのは不存在の証明にはならない』のだ。
ワシントンは中国政府のプレスリリースに異議を唱えたことはなく、それが、決して根拠がないわけではないことを証明している」
とは言え、「四不一無意」の内容はきわめて曖昧(あいまい)だ。角度によって見え方が変化する「玉虫色」だから、中国側から履行を迫られても、反論の余地はいくらでもある。
アジア太平洋地域の情勢は「波乱含み」
東アジアでは最近、韓国で保守系の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が誕生してバイデン政権をほっとさせる一方、フィリピンでは親中国のフェルディナンド・マルコス氏が大領領に当選し、中国包囲を狙う日米の「インド太平洋戦略」に陰を落とす。
この5月末には東京で日米豪印4カ国の枠組み「クアッド(Quad)」首脳会合が開かれ、サプライチェーン(供給網)から中国排除を狙う「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」がスタートする予定で、日米と中国の対立激化から情勢は波乱含みだ。
中国側は「四不一無意」の約束を盾にバイデン氏への批判を控える一方、ブリンケン米国務長官ら政府高官や米連邦議会議員を非難する、いわば「分断工作」を進める。
11月の連邦議会中間選挙に向けて苦戦が伝えられるバイデン政権に揺さぶりをかけるため、「四不一無意」を効果的に使うはずだ。
同時に、バイデン政権にピタリと寄り添う日本の岸田政権の対中政策にも、その刃は向けられるだろう。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。