エコノミストのデイビッド・ローゼンバーグはアメリカの景気後退はすでに始まっているかもしれないと考えている。
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株価が下げ相場の域にさらに近づくなか、ウォールストリートのトップクラスのストラテジストたちの間では株価暴落または景気後退、もしくは両方が起こるかもしれないという話題で持ちきりだ。
ただ、株価の下落や景気後退についての懸念は間違った方向に行っている、と著名エコノミストのデイビッド・ローゼンバーグは言う。ローゼンバーグは過去30年間マーケットを見てきたベテランで、2020年1月には経済調査会社のローゼンバーグ・リサーチを創業している。
ローゼンバーグの見方では、株が急激に売られ景気後退になるという状況はすでに始まっているというのだ。
「今こうして話している間にも景気後退はすでに始まっているかもしれません」と、取材に応じたローゼンバーグは話す。
「そう言われればそうとしか思えません。通常は景気後退の3〜6カ月前に株価はピークを迎え、景気後退に入る前に10~15%下落します。株価は景気の先行バロメーターですから、それが自然の流れです。今のマーケットの動きを見てみれば、もうすでにその状態が起こっています」
ローゼンバーグは同業者のコンセンサスに異を唱えることをいとわない。市場関係者の多くは2022年の株取引を強気にスタートし、コロナ禍以降続いている強い景気拡大は終わらないと自信を持っていた。
しかしローゼンバーグはその波には乗らず、数カ月前から株と経済の地盤は危うくなっていると警告してきた。2023年や2024年ではなく、数カ月後に景気が後退する可能性は75%だという2022年3月の発言は注目を集めた。
それから2カ月が経ち、景気が悪化しているというローゼンバーグの確信はさらに強まるばかりだ。今になって金融関係者は経済に何か問題が起こり始めているという意見にしぶしぶ同意し始めているものの、まだそれを受け入れられていない専門家たちもいるとローゼンバーグは考えている。
「景気後退が基本的に避けられないシナリオだという考え方を受け入れるべきです。2023年まで起こらないと思うのも非現実的です。『不景気は来年の話だ』というのはウォールストリートのエコノミストとして正しくないと思います。今年景気後退が始まったら、きっと『景気後退自体は予想していた』と言うのでしょうが、保身にすぎませんよ」
アメリカ経済は景気の原動力か、それとも砂上の楼閣か?
では、なぜ株価は下がり続けるのか。ローゼンバーグによれば、S&P500はすでにバブルの域に入っており、まともなレベルを超えていた。連邦準備制度理事会がマーケットに有利な金融政策をやめたら落ちることは分かりきっていたという。
一見しただけでは、アメリカ経済を悲観することがなぜ当然なのかは分かりづらいかもしれない。失業率は3.6%と歴史的な低水準となっており、2022年4月の雇用の増加は予想を優に超えていた。消費者も活発に支出を続けており、かつアメリカ人はそれほど借金を抱えていない。
こういった指標を見ていくと経済は絶好調だと思えるかもしれないが、ふたを開けてみれば今のアメリカは見かけ倒しだとローゼンバーグは考えている。
「木の向こうにある森を見なければいけません。非農業部門の雇用に関するニュースを見て『42万8000人、これでなぜ景気後退?』と考えるだけではだめです」(編集部注:アメリカの非農業部門の4月の雇用者数は42万8000人増加した)
さらに詳しく見れば、雇用面も含め、よからぬ兆候がいくつも見えてくるという。零細企業は3月から4月にかけて12万人を解雇している。民間部門の雇用者数の増加は加速していない。こういった傾向が続けば、遠からず失業率が上昇し始め、それが消費者支出の抑制につながり、家計もぐらつき始めるという。
さらに、41年ぶりの高インフレがアメリカ中を襲っている。価格上昇の2大要因であるサプライチェーンの問題とロシアとウクライナの戦争は終わる気配がない。
「100年前を振り返ればスペイン風邪の後に第1次世界大戦が起こっています。世界的な疫病の後に戦争が起こった。今回も同じことが起きています。このように供給サイドに起こったショックはインフレにつながります。1916年から1920年にかけて、アメリカのインフレ率は平均15%でした」
GDPの減少を懸念すべき理由
ただ不景気を懸念すべき一番大きな理由は、第1四半期にアメリカのGDPが660億ドル(約8兆5800億円、1ドル=130円換算)減少したことだとローゼンバーグは考えている。ウォールストリートの予想は1%増だったが、逆に1.4%の減少となった。従来の定義に当てはめると、次の四半期もマイナス成長なら景気後退ということになる。
多くのエコノミストたちは、想定外のGDPの減少は変則的なことだ、と逃げの説明をしている。UBSグローバル・ウェルス・マネジメントのアメリカ担当シニア・アナリストのブライアン・ローズ(Brian Rose)は、2022年4月下旬の文書の中で、この現象は輸出の落ち込みと政府の歳出の減少によるものだと書いている。アメリカは3月に史上最悪の貿易赤字を記録。輸出の減少がGDPを3%強押し下げた。
ローズはGDPについて、「コロナ禍が始まってから経済データには多くの要素が入り混じってきており、GDPの減少をそのまま悪材料だと受け取ってはいない。これを景気後退の始まりだとは考えておらず、ビジネス投資が依然として底堅い点は特に楽観的になりうる材料と見ている」と述べている。
ローズのこの説明にローゼンバーグは納得していない。コロナ禍前はアメリカのGDPのうち2.5兆ドル(約325兆円)を輸出が占めており、経済において無視できるものではないからだ。
「貿易収支は経済の一部です。それを7四半期連続でGDPから差し引いて考えている。企業の業績でも経済レポートでも、特定の項目を差し引く、つまり無視してもいいのは、その事象が一時的な場合だけです」
考慮すべき5つの投資
ローゼンバーグは3月に投資家のための12の防衛策を提示していた。それはまず、特定の10業種(エネルギー探査・生産、防衛、農業機械と肥料、ガスおよび電力会社、食料品小売・生産、医療サービス、医療技術、バイオテクノロジー、製薬、ヘルスケアREIT)の株に投資することだという。また、長期米国債と金への投資も推奨していた。
当然ながら、株と景気について悲観的なローゼンバーグの考えは今もほぼ変わっていない。強い成長が見込まれる航空宇宙と防衛関連の企業は今でもローゼンバーグが投資対象にすべきと考えている業種の一つだ。また、2022年に激しく売られたことを考えると長期債からはそろそろ手を引いた方がいいかもしれないと考えている。
それでも、マーケットの低迷からポートフォリオを守るため、いくつかの新たな投資先のアイデアはあるという。
見過ごされがちだが明白な投資先の一つが現金だ。ポートフォリオを全て現金化することは勧めないとしつつも、今後長期的にマーケットが低迷することを見込んでいるため、売却益を確定して現金を持っておくことは理にかなっているという。
「以前とは違って、現金にしておくといいでしょう」
よりリスクをとって利益を追求したい投資家に対しては、液化天然ガス関連のアメリカのエネルギー企業を勧めるという。これらの企業は、ヨーロッパ諸国がロシアの石油からなるべく早くシフトしようとしていることで、大きな利益を得られるはずだからだ。着実に配当を出す株もこの不確実な時期には賢い選択だという。
「自分で銘柄を選べるような知識のある投資家なら、景気後退期であっても経常的にキャッシュフローが潤沢で常に増配しているような、経済に大きく左右されない企業でポートフォリオを組むこともできます。それなら問題ないでしょう」とローゼンバーグは言う。
「きちんと備えをしている限り、今のような局面でも恐れることはありません」
(翻訳・田原真梨子、編集・大門小百合)