EHTで撮影した天の川銀河中心の巨大ブラックホールの画像。
EHT Collaboration
「私たちの天の川銀河の中心にあるブラックホールを、無事に画像として今日お届けすることができました。観測から実に5年という長きにわたってみなさんが頑張った結果です。本当にこの日を迎えられてよかったと思います。」
国立天文台水沢VLBI観測所長の本間希樹教授はこう語った。
5月12日、世界中の300人以上の研究者が関わる巨大な国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライゾン・テレスコープ」(Event Horizon Telescope, EHT)の研究チームが、世界7拠点同時に記者会見を開催。
私たちの星「地球」が属する天の川銀河の中心に存在するブラックホール「いて座A(エー)*(スター)」の姿を初めて捉えたことを発表した。
EHTでブラックホールの姿を捉えたのは、2019年4月に発表された、地球から約5500万光年離れた銀河「M87」のブラックホールに次いで2例目だ。
最も近くにある、巨大ブラックホール
天の川銀河中心の巨大ブラックホール いて座A* (SgrA*)の電波観測画像。
NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt(天の川銀河の想像図)、Cho et al.(EAVNの画像)、EHT Collaboration(EHTの画像)
いて座A*は、地球から約2万7000光年先の天の川銀河の中心に位置する、地球から最も近い場所にある巨大なブラックホールだ。その存在自体は以前から予測されており、2020年には「天の川銀河の中心に、コンパクトな『巨大質量の天体』があること」を発見した物理学者らにノーベル物理学賞が授与されている。
今回の観測によって、天の川銀河を形作る上で重要な役割をしたであろう「巨大質量の天体」の正体がブラックホールであるということが決定的になった。
本間教授は、
「今日報告した天の川の中心にあるブラックホールは、私たちにとって非常に特別な天体です。近いからこそ、非常に精密にいろいろなことが分かります。2020年のノーベル賞も一つの例です。今後も相対性理論の検証など、非常に重要な『実験場』になるということは間違いありません」
と重要性を語る。
ブラックホールはその重力の強さから、光さえも飲み込んでしまう。そのため、ブラックホール『そのもの』を観測することはできない。今回撮影されたリング状の構造も、ブラックホールの周囲に存在するガスから放たれた電波を観測することで浮かび上がったものだ。
リングの直径は約6000万キロメートルであり、この値はアインシュタインの一般相対性理論で予言された値と一致していた。「一般相対性理論の検証」という意味で重要視されているのはこのためだ。
EHTが撮影した2つの巨大ブラックホール画像。(左図)今回発表された天の川銀河中心(いて座A*)の巨大ブラックホール。(右図) 2019年に発表された楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホール。
EHT Collaboration
いて座A*のリングの大きさは、2019年にEHTが初めて撮影した5500万光年先にある銀河・M87のブラックホールの画像に浮かび上がったリングの直径・約1000億キロメートルと比較すると非常に小さい。その理由は、M87のブラックホールの質量が太陽の65億倍と非常に巨大であるのに対して、天の川銀河の中心に位置するブラックホールの質量が太陽の400万倍と小さいためだ。
5年の歳月を経て明らかになった「私たちの銀河」
日本で開催された記者会見に参加したメンバー。前列一番左にいるのが、本間希樹教授。その隣にいるのが、森山小太郎研究員。
撮影:三ツ村崇志
M87と天の川銀河のブラックホールの観測がなされたのは、どちらも2017年だった。その後、M87のブラックホールの画像は2019年に発表されたのに対して、いて座A*の画像が発表されるまでには5年の歳月がかかった。記者会見では、この理由も明かされた。
日本の画像化アルゴリズムを用いたチームを主導したドイツ・ゲーテ大学フランクフルトの森山小太郎研究員は、「データを見た瞬間、時間変化しているだろうということが分かりました」と話す。
2017年に実施された、いて座A*の観測は10時間にも及んだ。しかし、それに対して、このブラックホールの様子は数分単位で変化していた。その結果、得られたデータは、ブラックホールの「10時間の平均値」のようなデータとなった。これが解析を難しくした。
言ってみれば、回っている扇風機を長い時間撮影した画像データから、扇風機の羽1枚1枚の詳細を見出さなければならないようなもの。研究チームはこの解析方法を確立し、検証するために、撮影から5年の歳月をかけることになったわけだ。
会見で質疑に答える、森山研究員。
撮影:三ツ村崇志
森山研究員によると、解析を悩ませた時間変化の原因は、ブラックホールに吸い込まれる「ガス」や「ちり」の動きによるもの。
実は、ブラックホールの周囲にあるガスなどの塊がブラックホールの周囲を一周するためにかかる時間は、ブラックホールの質量に比例する。
2019年に画像が発表されたM87の中心に存在するブラックホールの周囲にも、ガスなどは存在していた。しかし、あまりにもブラックホールが巨大だったことから、観測時間内に解析に影響を与えるほど顕著な時間変化はみられなかったようだ。
このように様子の異なる2つのブラックホールの画像が得られたことで、今後、銀河が形作られる経緯や、ブラックホールのさらなる理解につながっていくことが期待される。
また、本間教授はこうも語った。
「(今回撮影されたブラックホールは)私たちが住む天の川銀河の中心天体であるということで、天の川銀河が誕生してから今の姿になる上で、恐らく何らかの役割を担っていたであろうと考えられます。正確なことはまだ分かりませんが、私たち人類が天の川の中で生まれる中で、どこかで間接的に影響を受けていたことが分かってくるんじゃないかと思います」
私たちが住む地球が、ここに存在していること。
そこに生命が生まれ、私たち人類が誕生したこと。
もしかすると、今回EHTが撮影したブラックホールが、その最初のきっかけになっていたのかもしれない。
(文・三ツ村崇志)