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労働時間や有給休暇取得率をしっかりと管理したり、パワハラ的な言動を取り締まったりと、近年、多くの企業が「働きやすい職場」の実現に向けて取り組んできました。
その効果もあり、いわゆる「ブラック」と呼ばれるような職場環境は、以前に比べて改善されているようです。
人間関係は良好だし残業も多くない、上司から理不尽に叱り飛ばされることもない。では若手社員は満足なのかというと、必ずしもそうではないようです。
職場がホワイトすぎると、「この職場で自分は成長できるのだろうか」と不安を覚え、転職に踏み切る若手がじわりと増えている——Business Insider Japanの記事「『ゆるい大企業』を去る若手たち。ホワイトすぎて離職?働きやすいのに“不安”な理由」では、そんな傾向を伝えています。
ブラックすぎても、ホワイトすぎてもダメ。となると、企業はどのようなバランスを心がけて若手を育成すればよいのでしょうか。
今回は、成長意欲が高い若手が、「ゆるい」職場を見限って去っていく事態を防ぐために、上司ができることをお伝えします。
今時の若手は「キャリア開発」の機会を求めている
大学生向けのキャリア教育においても、メディアの記事にしても、「キャリア自律」がさかんに発信されています。
終身雇用が崩れ、もはや会社は「定年まで安泰のレール」を敷いてくれない。自分のキャリアは自分自身で構築していかなければならない……若手にはそんな意識が根づいています。
そのため、今いる会社が居心地のいい環境であったとしても、「成長」「スキルアップ」を感じられなければ、不安を抱くようになっています。
「残業するなと言われるけれど、もっと働いて早く経験を積みたい!」——そんな声もたびたび聞こえてきます。
大手企業に勤務する若手であれば、スタートアップやベンチャー企業に就職した友人たちが20代にしてマネジメントポジションに就いている姿を見て、焦りを感じることも。
ちなみに30代になると、「ベンチャーで働く友人はCxOポジションに就いているのに、自身は主任止まり。上のポストが空いて裁量権を持てるまでにあと何年もかかってしまう……」と転職相談に来られる方が少なくありません。
とはいえ、ベンチャー企業であっても、若手が「成長できる環境」に満足しているわけではない現実があります。
プレイングマネジャーも多いベンチャー企業では、上司自身に余裕がなく、マネジメントがしっかり機能していないケースも多々あります。そのため、メンバーに対して、個々の能力や志向に応じた適切なアサインができていないのです。
特にコロナ禍以降はリモートワークが中心となり、メンバーの仕事ぶりを把握しづらく、コミュニケーションも希薄になりがち。本来の力量よりもレベルが低い仕事しか与えられていないメンバーが「飽きている」「物足りなく感じている」ことに、上司は気づいていません。
担当業務を早々にこなして時間を持て余し、「スキルアップ」を目的に副業をする若手も増えています。本業ではできない仕事を副業で経験し、そちらに可能性を感じて転職するケースも見られます。
1on1でニーズをつかみ、ミッションの与え方を工夫
上司がとるべき対策は、まず、自身の若手時代の感覚で今の若手を捉えないこと。そして、1on1ミーティングの機会を設けること。
1on1を行っていても、業務の進捗や目標達成状況の確認に終始するケースは多いようです。あるいは、「最近どう? 何か問題ない?」「特にありません」「ならよかった」で終わってはいないでしょうか。
若手は「ちょっとしたモヤモヤ」「何となく物足りない」程度の気持ちを、わざわざ発信しません。そして、それらが蓄積していくと、「いきなり退職」につながるものです。
上司は、「今の仕事に対してどう感じているのか」「自身のスキル、キャリアについてどう考えているのか」にもっと注目し、対話をすることが大切です。
同じような質・量の仕事をして、同じような成果を挙げていたとしても、メンバーによって、満足していたり不満であったり、捉え方はさまざまです。
上司がそれを理解し、その人にとってほどよい量・質の業務にアサインすることが大切です。
では、成長志向が強いメンバーに対しては、どのようなミッションの与え方をすればいいのでしょうか。
一例をご提案します。
ゴールだけ示し、自由にやらせる
同じ仕事であっても、パフォーマンスを出しやすいやり方は人それぞれです。細かく指示を受けたい人もいれば、少しのヒントやアドバイスがほしい人、完全に自分の考えで進めたい人もいるでしょう。
自走力が高いメンバーに対しては、細かい指示は出さず、ゴールだけを示して自由に行動させるのも有効です。
独自に戦略を立てて工夫を凝らすことに夢中になれば、退屈さを感じている暇はないでしょう。
ワンランク上のミッションにアサインする
私がお会いするエグゼクティブには、こんな体験談を語る方が多くいらっしゃいます。
「先輩や上司が突然辞めたため、自分がその役割を担わざるを得なくなった。自分の力量を超えたミッションを与えられたことで、結果的に急成長できた」
こうした状況を、上司が意図的に作り出してみてはいかがでしょうか。
そのメンバーの現時点の能力を超えた、難易度がワンランク高い仕事にチャレンジさせるのです。
ただし、重要なミッションやポジションへの抜擢となると、同僚、特に先輩から嫉妬の目を向けられ、関係がこじれるおそれもありますよね。
それを防ぐためには、誰かリーダークラスのメンバーに意図を伝え、「サポーター」「パートナー」に任命するのがおススメです。サポーターを置き、他のメンバーとつなぐ役割、悩んだ時に相談に乗る役割を務めてもらうといいでしょう。
部門外のプロジェクトへ送り出す
部署内で特別なミッションを与えることが難しい場合、「社内横断プロジェクト」へ送り出すのも一つの手です。
例えば、社長直轄で新規事業のアイデアを出し合うようなプロジェクトや、最近であれば「DX」「働き方改革」「SDGs」などのテーマで議論するプロジェクトに参加させるのです。
他部署・他職種の社員と交流することで新たな刺激を得られますし、経営や事業の骨格に携わるような経験をすることで、成長欲を満たすことができると思います。
「挙手」の制度を設け、運用する
上司が一方的にメンバーの担当業務・役割分担を決めている組織であれば、「挙手」「立候補」の制度を設けてみてもいいでしょう。
「こんな案件があるが、やりたい人!」と投げかけ、自ら手を挙げてもらうのです。余力があるメンバーに、興味があるプロジェクトを手がけるチャンスを提供しましょう。
また、「こんな取り組みをしたい」と、メンバーが意見・要望を出しやすいような仕組みをつくったり、機会を設けたりしてはいかがでしょうか。
学びのプラットフォームを用意する
成長意欲やキャリア構築意識が高い人は、外部のセミナーで学んだり、副業を通じて新たなスキルの獲得を図ったりしています。
しかし、社内に「新たな学び」の機会が豊富にあれば、ある程度のニーズが満たされ、退職までには至らないかもしれません。
とはいえ、新たな研修制度などを導入するにはコストもかかりますし、一つの部署だけで決断できないことが多いと思います。
そこで、自身の部署内やチーム内だけでもいいので、ナレッジ共有のプラットフォームを設けてはいかがでしょうか。
大げさなものではなく、社内SNSやチャットツールなどに専用のスレッドを設けるだけでも構いません。メンバー同士が新しい情報や成功事例などを共有できる場を作るのです。最初はリーダーが率先して投稿することで、スレッドの活性化を促しましょう。
「日常の学び」が習慣化されている風土を醸成していくことで、「成長を求め、ゆるい職場から去る」という道を選択するメンバーは減るのではないでしょうか。
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※本連載の第78回は、5月30日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。