世界4大会計事務所「ビッグ4」の一角が、従業員に働き方の選択を委ねることを決めた。それも永久に。
PwC(プライスウォーターハウスクーパース)が2021年10月、クライアント支援業務に従事する全米の従業員4万人を対象に、勤務場所を問わないリモートワークを可能にすると発表したのは記憶に新しい。
過酷なワークカルチャーで知られる会計事務所業界ゆえに、この方針転換がもたらす利益は少なくない。が、困難な課題を伴うこともまた間違いない。
世界会計事務所大手PwCの人材獲得部門(アメリカ・メキシコ)を率いるロッド・アダムス。
Courtesy of PwC
PwC米国プリンシパルで人材採用・オンボーディング担当責任者を務めるロッド・アダムスは、先般のリモートワーク許可決定について、従業員に選択肢を与えることが目的だったと語る。
「どのように働きたいか、個々人が持つニーズや希望を実現するためにどう活用するか、従業員それぞれが自らの判断でコントロールできるようになるのがリモートワーク導入のメリットです」
PwCは最近(5月6日)、従業員に充電時間を確保してもらうことを目的に、2022年中にアメリカとメキシコのオフィスを合計2週間閉鎖する計画を発表した。
7月と12月に予定されているこの2週間の休暇は従来の有給休暇とは別途設定され、今後3年間で24億ドルを投資する同社の福利厚生強化計画の一環と位置づけられる。
アダムスは、これからキャリアをスタートするアソシエイトにはバーチャルでも対面でも同じレベルで人間関係を構築できる力が求められると指摘する。
30年前に比べるとさまざまなツールが充実し、バーチャルな環境でコラボ(協業)し、アソシエイトの成功に不可欠な信用と親密な人間関係を築くインフラは整っているとアダムスは語る。
「バーチャルな環境を選ぶとその人の成長にネガティブに作用するといった思考停止な決めつけ、思い込みはあってはならないと考えています。人間関係を構築し、真摯に耳を傾ければ、(バーチャル環境がベースだとしても)新しいことは学べるし、対面環境と同じスピードで発展・成長することは可能です」
PwCでは現在も新人アソシエイトを対象に見習い(アプレンティスシップ)制度を運用しており、コーチングやフィードバックを受けながら会社生活をスタートさせることができる。
同社のアソシエイトはそれぞれに担当するセクターが違っても、仕事のやり方がセクターごとに違うだけで、クライアントに対しては同じ支援サービスを提供する。
例えばチームミーティングでは、一部の参加者は同じひとつの部屋から、別の参加者はビデオ会議ツール経由で議論に参加することになる。PwCのアソシエイトはクライアントが望むスタイルでのミーティングに順応する必要がある。
ただ、これからアソシエイトとして加わる従業員たちは、大学の講義でバーチャルツールを使ったり、外出制限を余儀なくされたパンデミックのさなかでインターンシップに参加したり、今後必要となる経験をすでに持ち合わせている可能性が高いとアダムスは語る。
「当社の従業員はみなクライアントのために成果を出すしかない強烈なプレッシャーのもとで仕事をしており、それはバーチャルであろうが対面であろうが変わりません。どんなやり方であろうと、クライアントが当社の仕事に期待するものが変わるわけではないのです。
当社はサービスの提供方法が変わったとしてもこれまでと同じように成果を出し続けますし、同時に従業員の健康と幸福を守るための積極的な取り組みを進めていく考えです」
クライアント支援業務を担当するチームはほかにもそれぞれに従業員の福祉に焦点を当てた独自の取り組みを行っている。
例えば、(シフト制でチームの一部が)確実に午後5時に終業できる曜日をつくり、気兼ねなく私生活に時間をふり向けることができるようにしているのがそれだ。
どこにいても仕事ができるようになったことで人材のプールも広がったと、アダムスは永久リモートワークのメリットについて語る。
実際、いまや全米50カ所以上に広がるPwC拠点の近傍に住んでいなくても、リクルーターと連絡をとって同社のポジションを得ることが現実に可能なのだ。
「会計事務所業界では以前から長いこと、どこで働くかあらかじめ規定されていないのが当たり前でしたが、今回あらためて勤務場所が自由とされたことで柔軟性がさらに高まり、そうしたキャリアパスを望む人たちにとっても素晴らしい機会になったと思います」
リモートワークには、働き方が異なる人が集まって仕事をすることから生まれる課題も伴う。そのためPwCでは、勤務場所や時間帯が異なるメンバー同士が協業する際、いかにしてチームをリードし、サポートすればうまくいくのか、ガイダンスを提供している。
「全従業員を対象に、新たな働き方への移行を支援するためのトレーニングに着手しました。今後数カ月かけて、ひとり漏らさず、すべての従業員が仕事の成果を出す機会を均等に得られるよう徹底してやりたいと思います」
採用の観点から見ると、人材市場はいま過熱状態にある。
PwCへの関心はかつてないほど高く、2021年の秋採用では600校以上の大学でエントリーレベルの人材とコンタクトし、うち伝統的黒人大学(=南北戦争以後に創設されたアフリカ系アメリカ人向けの高等教育機関、全米に約100校)も35校に達している。
アダムスによれば、直近の2021年秋シーズンの採用プロセスには7万5000人近い応募があり、同シーズンとして過去最高を記録。同社側もエントリーレベルの採用数目標を前年比20%引き上げている。
「対面であろうとバーチャルであろうと、重要なのは人間関係とネットワークの構築であることに変わりはありません。そのことをこれから就職する人たちは忘れないでほしいと思います」
(翻訳・編集:川村力)