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日本を巻き込む、水素の獲得競争。「脱ロシア」で水素シフトを加速させるEU

2020年1月にフランスのポーで披露された新型水素バス「Febus」

2020年1月にフランスのポーで披露された新型水素バス「Febus」。

REUTERS/Regis Duvignau/File Photo

ヨーロッパで水素の利用に向けた動きが加速している。

欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会とEU域内の水素関連事業者から成る組織欧州クリーン水素同盟(European Clean Hydrogen Alliance)は5月5日に、域内の電気分解事業者による「水素生産能力を2025年までに現状の10倍まで拡大」する共同宣言を発表した。

つまり、現在は1.75ギガワット程度である域内の電気分解事業者による水素生産能力を、2025年までに17.5ギガワット相当にまで引き上げることを目指す。そのためには法整備と投融資支援、さらに原材料の供給網の組織化が不可欠であるとして、それぞれについてサポートを強化する方針を欧州委員会らが示した形だ。

「欧州クリーン水素アライアンス」とは何か

欧州クリーン水素アライアンスは2020年7月に設立された。欧州環境事務局(EEB)や欧州気候行動ネットワーク(CAN Europe)などの有力な市民社会組織に加えて、ボッシュやシーメンスといった大手民間企業、ドイツ銀行や伊ウニクレディトのような大手金融機関、欧州自工会(ACEA)のような業界団体、各国の政府組織が参加している。

元来、欧州委員会はクリーンエネルギーの1つとして水素を重視している。2050年までに温暖化ガス排出の実質ゼロを目指す戦略「欧州グリーンディール」でも、水素の利用に前向きな姿勢を示していた。とはいえ、このタイミングで欧州委員会が水素活用の動きを加速させようとした最大の理由は、ロシアとの関係の悪化にある。

「脱ロシア」がEUの水素シフトを加速させた

2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻した。この事態を受けて欧州委員会は、3月8日に「リパワーEU」と名付けた政策文書を発表、ロシア産の化石燃料の利用を2030年までに取り止めると発表した。同時に欧州委員会はこの政策文書のなかで、水素の生産能力の年1000万トン以上に引き上げるという目標を掲げた。

つまり欧州委員会は、エネルギーの「脱ロシア」化戦略を実現するための1つの戦術として、水素に白羽の矢を立てたわけだ。

実際に欧州委員会は、去る3月22日、水素関連事業を「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」に定めたうえで、研究開発過程を中心に加盟国による補助金の給付を容認する意向を表明している。またEUの開発銀行である欧州投資銀行(EIB)も、EU域内における水素関連事業への投融資を強化するスタンスを強めている。

すでに欧州委員会は、脱炭素化の要である電気自動車(EV)の車載用バッテリーの関連企業を「欧州バッテリー同盟(EBA)」として組織化し、IPCEIに基づき、各国政府がバッテリーの研究開発に対し補助金を給付することを容認している。欧州委員会は水素にも同じスキームを適用しようとしていることになる。

再エネによる「グリーン水素」重視のEUにのしかかるコスト

ドイツ・ケルン近郊にあるシェルの製油所

ドイツ・ケルン近郊にあるシェルの製油所で開かれた、ヨーロッパ最大の電気分解によるグリーン水素プラントの1つ「REFHYNE」。2021年7月2日の立ち上げイベントにて撮影。

REUTERS/Thilo Schmuelgen

ところで、水素はその製造過程における温室効果ガスの排出量に応じてグレー、ブルー、グリーンの3つに分けられる。欧州委員会が優先するのは、製造過程で温室効果ガスが排出されない「グリーン水素」だ。欧州委員会は温室効果ガスを多く排出するグレー水素のみならず、排出が抑制されたブルー水素も容認しないスタンスである。

グリーン水素の製造に用いられる電力は、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(再エネ)や原子力がメインにならざるを得ない。とりわけ欧州委員会は、再エネで生まれる余剰電力を用いた水素製造(水電解)を目指している。再エネ由来の電力で水素を得るという流れこそ、欧州委員会にとって最も望ましい形となる。

図 水素の生産コスト(2018年)

(注)CCUS: Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage (出所)IEA , The Future of Hydrogen.

一方で、グリーン水素の問題点はその生産コストの高さにある。

現状、水素の生産コストは、再エネ由来のグリーン水素のコストが最も高く、化石燃料を用いたグレー水素の方が圧倒的に安価だという事実がある(図参照)。また、気象条件に左右される再エネは安定性も低いため、再エネ由来の水素もまた安定性を欠くことになりかねない。

実際に2021年の欧州では、悪天候を受けて主に風力発電が不調であり、電力価格の高騰につながった。今後もこうした事態が起きるたびに電力価格が高騰し、水素の生産コスト増にもなりかねない。いくらクリーンなエネルギーだからといって、安定性と経済性に劣るままでは、水素のエネルギーとしての普及は望みにくい。

「水素製造コスト」で有利な国・不利な国

とはいえ、水電解に用いる電力を再エネに限定するなら、水素の生産コストは高止まりせざるを得ないだろう。特にドイツやスペインは、再エネによる発電を重視しているため、水素の生産コストが高止まりする可能性が高いと筆者は考えている。

うちドイツのショルツ政権は、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに再エネ投資を急増させる姿勢を鮮明にしている。

またスペインのサンチェス政権の場合、ロシアによるウクライナ侵攻の前から、2050年までに発電の100%を再エネ化する方針を示していた。スペインで同方針が堅持されるうちは、水素の生産に関しても再エネ電力の利用が前提になる。つまり、スペインには再エネの安定性や経済性の懸念が残り続けることになる。

他方で、発電の半分以上を安定的な水力発電で賄えるオーストリアや、ほぼ半分を賄うことができるクロアチアやルクセンブルクといった一部の小国ならば、水素の生産コストを安価に抑えることができるだろう。それに原子力発電が中心であるフランスの場合も、水素の生産コストを低くすることができるかもしれない。

日本は世界的な水素獲得競争にどう立ち向かうか

川崎重工が手がける世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」

川崎重工が手がける世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。オーストラリアで液化された水素を、日本まで輸送する。

動画『川崎重工: 液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」進水式』より

普及期という事情を考慮し、補助金によって水素の価格を引き下げることも考えられる。しかし、それは市場の効率性の阻害と表裏一体だ。再エネのみならずそれ以外の発電手段による電力でも水素の生産を目指す方が現実的かもしれない。

日本でも経済産業省を中心に、有識者が水素の利用について議論を重ねている。2021年8月には脱炭素技術の開発などを支援する2兆円の政府基金(グリーンイノベーション基金)から、大規模水素サプライチェーンの構築に3000億円が、また再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造に700億円が配分されている。

経済産業省は、日本では水素の生産に限界があるとして、早くから輸入の必要性を主張している。すでに2022年1月から2月にかけて、オーストラリアとの間で液体水素の輸入に関する実証実験を済ませてもいる。ヨーロッパ程ではないにせよ、日本もまたロシアとの関係悪化は、水素の利用に向けた動きを加速させるだろう。

それに日本だけではなく、ヨーロッパでもドイツなど「水素の輸入に積極的な国」がある。石油やガスと同様に、水素についてもまた世界的な獲得競争が激化する可能性は高い。官民が一丸となった対応が必要となる一方で、政府による支援が民間の活力を削いでしまうことがないよう、その在り方には慎重を期していく必要がある。

(文・土田陽介

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