人工知能(AI)の活用は、企業にとって「もうそろそろ」でも「なる早」でもなく、他でもない「今日から」始めるべき経営の必須条件となっている。
REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
本記事は2022年5月17日(英語版)に公開された寄稿記事だ。その後、史上何度目かの人工知能(AI)ブームの最中にある現在、記事内で指摘された内容は予言的に感じられ、企業経営者にとっては一種の「最後通告」とも読める。
執筆者のナカイ・ジュンタ氏は、データ管理・分析基盤を提供するデータブリックスのバイスプレジデントで、金融サービス・サステナビリティ・サイバーセキュリティ市場参入戦略部門のグローバル責任者を兼務する。
英語版の公開から1年が過ぎたが、あらためて日本語訳をBusiness Insider Japan読者に提供したい(なお、当時のインフレ環境に言及する記載は若干割愛させていただいた)。
データブリックス(Databricks)バイスプレジデントのナカイ・ジュンタ氏。
Junta Nakai
AIの有用性や必要性について「語るだけ」の企業が存続できる余地(耐性領域)は狭まりつつあります。
(2022年夏にピークアウトしたとは言え)今日のようなインフレ環境においては、業務や製品、サービスにデータとAIを活用して利益を確保する取り組みが、企業にとって非常に重要になります。
AIへの移行を急がない企業は、移行を加速させた企業に比べて大きな不利を背負うことになるでしょう。
長期金利の上昇は一般的に、借入れや資金調達などの資本コストを増加させるため、企業(と消費者)を圧迫して景気を減速させます。
そうなれば、何かに資金を投じる経営判断はことごとくその妥当性をより厳しく問われることになるのです。
インフレと高金利が変える企業の意思決定のあり方
インフレと高金利は、企業の意思決定を以下の3点について変化させます。
- 経営トップは利幅の堅守を求められる
- 資本コストの増加に伴って、機会費用も増加する
- (何かの実現に求められる)タイムラインが短縮される
こうしたトレンドはいずれも、米配車サービス大手ウーバー(Uber)のダラ・コスロシャヒ最高経営責任者(CEO)が従業員向けの社内メールで強調したものです。
上記3点について、コスロシャヒCEOは次のように詳細を補足しています。
1の利幅の堅守について:
「コスト管理・削減について、さらに徹底した全社的な取り組みを進めます」
2の機会費用の増加について:
「(資本コストの増大に注目する向きは)獲得可能な最大市場規模(TAM)に目を奪われるばかりで、大きな利益やフリーキャッシュフローを生み出す方法は知らないのです。私たちはそれを示さなければなりません」
3のタイムライン圧縮について:
「いまはフリーキャッシュフローとの戦いです。私たちはスピード感を持って前進できるし、前進しなくてはなりません。目の前の問題を直視せず、ピボット(方針転換)が遅れる企業も出てくるでしょうが、その多くは消えていくでしょう。厳しいですが、それが現実です」
パンデミックの地獄の底から人々を救い出してくれたのはテクノロジーの力でした。そして、迫りくる景気後退からの回復を実現してくれるのも、おそらくテクノロジーなのでしょう。
コスロシャヒCEOが従業員に伝えたように、ピボットが遅れた企業は、インフレ、高金利、低成長の時代を生き残ることができないかもしれません。
この激動期をどうすれば生き残れるのか?
この新たな経済環境を生き残れるのは「アジャイル(機敏)な」企業です。と言っても、どうしたらアジャイルな企業になれるのでしょうか?
リーダーシップ、企業カルチャー、そして人材が大きな役割を果たすことは疑いのない事実です。が、そうした組織の卓越性さえあればアジャイルな企業になれるわけではありません。
決定的に重要な役割を果たすのはテクノロジーです。その点、ウーバーのようなデジタルネイティブ企業には、レガシーな組織に対する圧倒的な優位性があります。
デジタルネイティブ企業は、経済のあり方が激変する中、スマートでデータドリブンな経営判断を実現しようと、徹底したクラウドベースのデータプラットフォームを構築し、完成させるための取り組みを長年続けてきました。
ところが、それ以外の企業は取り組みが遅れ、いまになって自社でプラットフォームを構築するか、デジタルネイティブ企業と同じような機能を利用できるプラットフォームを購入するかの判断を迫られています。
タイムラインが短縮されたことで、企業の経営トップたちは(「そのうち」ではなく)「まさに今日」、自社構築か外部からの購入かを選ばねばならなくなっているのです。
イノベーションによるコストの合理化
今日の世界は、クラウドコンピューティングやオープンソースソフトウェア、データアナリティクス/AIの登場により、過去とは全く別の場所へと変貌を遂げました。
これら三つのイノベーションは、好ましくない経済状況の下でも利益を確保し、成長を実現するためのかけがえのないツールになり得ます。
第一に、ほとんどの企業にとっては、データセンターを自社で所有・管理するより、マイクロソフト・アジュール(Microsoft Azure)やアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、グーグルクラウドプラットフォーム(GCP)などのクラウドサービスプロバイダーを活用したほうが安く済みます。
クラウドサービスを活用するということは、ITインフラを自社で構築、管理、更新する必要がなくなるということです。企業は従量料金を支払うだけなので、多くの場合コスト削減につながります。経済のボラティリティが高い時期にはとりわけ有効な手段です。
第二に、オープンソースソフトウェアがあれば、企業は一般的な課題を解決するためにわざわざ資金を費やす必要がなくなります。
今日、多くのセクターでオープンソースソフトウェアの普及・利用促進に取り組むコンソーシアムが設立され、企業の垣根を超えたコラボレーションが行われています。
例えば、OHDSI(Observational Health Data Sciences Informatics)プログラムは、ヘルスケア企業が直面する共通の課題に対処するために多様な分野の関係者が連携し、健康・医療データの価値を引き出すオープンソース・ソリューションを生み出すことを目的としています。
その存在のおかげで、医療機関や製薬会社、医療保険会社はそれぞれにゼロから何かを生み出す労力をかけることなく、医療的判断の質の向上に注力できるわけです。
そして最後に、データアナリティクス/AIは人手に頼っていた作業を自動化し、効率化を促進して最適なコスト構造を迅速に実現することができます。
例えば、自然言語処理(NLP)技術を用いたAIチャットボットをコールセンターに導入することで、顧客サービスコストを最大30%削減可能です。企業はコールセンターに現時点で年間約1兆ドルもの予算を投じているので、それを考えると、AIチャットボットの導入だけでも相当なコスト抑制を実現できることになります。
また、データアナリティクス/AIにはイノベーションを加速させる側面もあり、企業の成長鈍化が課題となる中で新たな収益源の創出につながる可能性もあります。
優位に立つにはAIが必須
十分な利益率を確保し、資金の投下先を厳しく選別し、なおかつ従来より短縮されたタイムラインの中で業務を遂行することを求められている経営トップにとって、クラウドコンピューティング、オープンソースソフトウェア、データ/AIなど技術導入に関する経営判断は決定的な重要性を持つことになります。
最終的には、企業がこれらの能力を有しているか否かが、従来とは大きく異なる経済パラダイムにおいて競争優位性を獲得できるかどうかの分水嶺になる可能性が高いのです。
ポストパンデミック期に至るまでおよそ10年にわたって続いた低金利と高成長の時代が本当に終わるのだとすれば、クラウド、オープンソース、AIはもはや「持っていて損はない」ものではなく「持っていなければならない」ものになるでしょう。