REUTERS/Eric Vidal/File Photo
ビル・ゲイツ率いるブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(Breakthrough Energy Ventures)は先ごろ、電気自動車(EV)業界に迫るバッテリーのサプライチェーン危機の解決を急ぐリチウム関連スタートアップのマングローブ・リチウム(Mangrove Lithium)に2回目の投資を行うと発表した。今回はドイツの自動車メーカーBMWのベンチャーキャピタル部門、BMW iベンチャーズ(BMW i Ventures)との共同での投資だ。
ブレークスルーは2021年11月にマングローブの1000万ドル(約13億円、1ドル=130円換算)のシリーズAラウンドを主導していた。今回のラウンドで、マングローブの調達額は累計2500万ドル(約32.5億円)を超えた。
マングローブ・リチウムのサード・ダラCEO。
Mangrove Lithium
今回のラウンドでマングローブが得た出資額の正確な金額については投資家から明かされなかったものの、Crunchbaseによると、同社はシリーズA投資の時点でシードラウンドの300万ドル(約3.9億円)を含む合計1300万ドル(約16.9億円)を調達していた。
マッキンゼーの推計では、バッテリー市場は2030年までに少なくとも3600億ドル(約47兆円)規模になると見積もられている。マングローブのようなスタートアップにとっては大きなチャンスだ。
自動車メーカーは、今後数年での発売を発表している数十車種の新型EVに使用するバッテリーの製造に必要なリチウムの供給を確保しようと躍起だ。コンピューターチップ不足と同様のバッテリー不足を回避するために、何十億ドルもの投資や提携などできる限りの対策がなされている。
しかし、リチウム不足は改善するどころか悪化する可能性が高い。S&Pグローバル・コモディティ・インサイツ(S&P Global Commodity Insights)の見通しでは、リチウム供給不足は少なくともあと5年は続くというのだ。
一方でリチウム価格は高騰している。また、リチウム開発に関する許認可や建設、抽出には少なくとも5年はかかるかもしれないと、ファンド運用会社グローバルX ETFs(Global X ETFs)でリサーチディレクターを務めるペドロ・パランドラニ(Pedro Palandrani)は語る。つまり、需要を満たすのに十分な供給を得られるのは当分先になるということだ。
ブリティッシュコロンビア州バンクーバーに本社を置くマングローブ・リチウムは、リチウム抽出やEVバッテリー製造を行う会社ではない。ブリティッシュコロンビア大学のプロジェクトからのスピンオフとして2017年に創業した同社は、採掘されたリチウム原料とリサイクルされたリチウムから、バッテリー製造の主原料である炭酸リチウムや水酸化リチウムを生産する技術を持つという。
マングローブはこの技術のライセンスを抽出会社、バッテリーメーカー、自動車メーカーに供与する。
北米に商業プラントを建設
マングローブは、同社の技術の有効性を証明するために、今年北米に商業プラントを建設することを検討している。供給へのアクセスやテスラなどの企業への近さといった観点から、戦略的な場所に建設したいという。候補地はネバダ州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、オンタリオ州、ケベック州などだ。
マングローブは、商業プラント建設は外国製造依存からの脱却という同社の使命を後押しすると考えている。特に、バイデン政権が約束したアメリカのバッテリー製造増強のための31億ドル(約4000億円)の助成を受けるために自動車メーカーが国内での調達を検討している中ではそうだ。
「(バッテリー)不足がEVの市場投入に深刻な遅れを生じさせかねない事態になっていると人々が気づき始めています」と、マングローブ・リチウムのCEOであるサード・ダラ(Saad Dara)は語る。
「多くの製品が太平洋を渡ったりオーストラリアからアジア市場へ行ったりする代わりに、北米を経由してここで精製することができる。つまり、よりローカルなサプライチェーンを持つことになるのです」
リチウム需要は2030年までに240万トン
ビル・ゲイツのファンドもBMW iベンチャーズもバッテリー産業への出資は今回が初めてではない。両社はリチウム抽出会社のライラック・ソリューションズ(Lilac Solutions)の1億5000万ドル(約195億円)のシリーズBラウンドや、バッテリー関連スタートアップのアワ・ネクスト・エナジー(Our Next Energy)の2500万ドル(約32.5億円)のシリーズA投資に参加している。
BMWは2030年までに自社の全世界売上の半分がEVになることを見込んでいる。そのBMWにとって、今回の投資は戦略的な動きと見ることもできる。
マングローブは2023年半ばに生産を開始し、当初は年間最大3000トンを生産することを計画している。ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンス(Benchmark Mineral Intelligence)によると、リチウム需要は2030年までに240万トンに達する可能性があるという。
ベンチマークで最高データ責任者を務めるキャスパー・ロールズ(Caspar Rawles)は、需要を満たすために生産されたリチウムはどれほど少ない量でも助けになるとして、次のように語る。
「業界で240万トン欲しいというなら、それを実現するための新しい処理技術が必要になります。今のリチウム価格を見れば、市場が極度に逼迫していること、高まる需要を満たす供給がないこと、リチウムがセルバッテリーやEV普及の制約要因になるシナリオが見えつつあることはすぐに分かるでしょう。
新しい技術は歓迎されるべきものでしょう。特にそれが、まったく違う地域から来た技術だったり、地政学的リスクを軽減できるものであればなおさらですね」
(編集・常盤亜由子)