対面でのイベント開催も増えつつある昨今。参加者にとっても運営側にとっても不安や悩みが尽きないのが、会場での差別やハラスメントだ。スタートアップ企業が主催するイベントでは、「アンチハラスメントポリシー」と呼ばれる行動規範を設けることが増えてきた。参加者や登壇者はもちろんスポンサーもその対象で、SNSの投稿にも範囲が及ぶ。
スポンサーもSNSも対象
アンチハラスメントポリシーが設けられた「CryptoAge」主催のイベント。
撮影:西山里緒
直近では、ブロックチェーンや暗号資産などに携わる若手のコミュニティ「CryptoAge」が主催したWeb3をテーマにしたイベント(2022年4月)、そして日本CTO協会が主催した「Day One」(2022年4月、オンライン開催)などで設けられている。
Day Oneのアンチハラスメントポリシー(行動規範)は以下のようなものだ。
私たちは、以下のような事柄に関わらず、全ての人にとって安全な場を提供することに努めます。
・社会的あるいは法的な性、性自認、性表現(外見の性)、性指向
・年齢、障がい、容姿、体格
・人種、民族、宗教(無宗教を含む)
・技術の選択そして、下記のようなハラスメント行為をいかなる形であっても決して許容しません。
・脅迫、つきまとい、ストーキング
・不適切な画像、動画、録音の再生(性的な画像など)
・発表や他のイベントに対する妨害行為
・不適切な身体的接触
・これらに限らない性的嫌がらせ※スポンサーや登壇者、主催スタッフもこのポリシーの対象となります。性的な言葉や画像はいかなる発表やワークショップ、パーティ、Twitterのようなオンラインメディアにおいても不適切です。
※ハラスメント行為をやめるように指示された場合、直ちに従うことが求められます。ルールを守らない参加者は、主催者およびスポンサーの判断により、退場処分や今後のイベントに聴講者、登壇者、スタッフとして関わることを禁止します。
※もしハラスメントを受けていると感じたり、他の誰かがハラスメントされていることに気がついた場合、または他に何かお困りのことがあれば、すぐにスタッフまでご連絡ください。警備員や警察への連絡などを含め、安心してカンファレンスに参加できるようにお手伝いさせていただきます。
ポリシーには“オープンソース”を脈々と活用
アンチハラスメントポリシーは誰でも活用できるよう公開されている。
出典:ギークフェミニズムWiki
Day Oneにはオードリー・タン氏や小林史明デジタル副大臣らが登壇。スポンサーにはグーグル・クラウド・ジャパン、ヤフー、日本マイクロソフトなどが名を連ね、参加登録者は4070人に及んだ。上記のアンチハラスメントポリシーはイベントトップページに記載されており、参加する全員が遵守するよう明記されている。
Day Oneは2018年に開催されたエンジニアイベント「KotlinFest」のポリシーを元に作成しているが、大元はギークフェミニズムWikiなどに掲載されている、Creative Commons Zeroライセンスで作成された英語表記のものだ。
Day Oneを主催した一般社団法人・日本CTO協会理事の広木大地さんは言う。
「エンジニア業界では2010年頃からイベントでアンチハラスメントポリシーを設けるようになり、今では“当たり前だよね”と言えるくらいに普及してきました。
エンジニアは理系人材の中でも男性比率が高く、過去のイベントでは反省すべき点もありました。
このポリシーはオープンソースのようなものなので、イベントのたびに文章を推敲したりアップデートしながら取り入れてきたんです」(広木さん)
登壇者の心理的安全の確保にも
日本CTO協会理事(レクター取締役)の広木大地さん。
撮影:オンライン取材の模様のスクリーンショット
Day Oneでは前述の通りイベントページに掲載した上で、オープニングセッションでも口頭で説明。困ったことがあれば事務局のスタッフに相談してほしいと伝えたという。
「運営にとって大切なのは、参加者が安心して声を上げられる環境をつくることです。相談窓口を設けてアンチハラスメントポリシーを策定することで、コミュニケーションの基軸ができます」(広木さん)
一方で、登壇者の心理的安全性を確保することも重要だ。広木さんが過去に携わったイベントでは、「クソシステム」「クソコード」という内容を含む講演を予定している登壇者から、「クソ」という表現の是非について運営事務局に相談があったことも。
「個人や他者のアイデンティティへの中傷、心理的な暴力ではないことを説明して、許容し得る表現だと説明させていただきました。
アンチハラスメントポリシーで禁止しているのは差別やハラスメントであり、過激に見える表現全般を取り除いていきたいわけではありません。こうしたポリシーは参加者だけでなく、登壇者の心理的安全性を守ることにもつながると思っています」(広木さん)
(文・竹下郁子)