撮影:伊藤有
日産自動車が新型の電気自動車(EV)として注目を集める軽自動車を5月20日、正式発表した。5月12日の決算会見で20日の発表が明かされ、話題を呼んだその機種だ。
新型車の名称は「サクラ(SAKURA)」。価格は233万3100円(税込)から。20kWhの搭載バッテリーで航続距離180キロ(WLTCモード)をうたう。いま、新車で販売される国内大手メーカー製のバッテリーEV(BEV)としては、最廉価クラスにあたる。
Sグレードの価格設定は、補助金前提ではなかなかのインパクトがある。ボディサイズなど各種スペック表は記事末尾に。
出典:日産サクラ発表資料より
サクラは、EVやPHV向けの補助金(CEV補助金、軽自動車は最大55万円)の対象となる見込みで、適用すると実質180万円程度で購入できる計算になる。金額面で非常にインパクトがある。
プレス向けの先行試乗会から、試乗動画も含めつつ、気になるその実力を見ていこう。
「EV軽自動車でも室内広々」の秘密
正面からみると、日産ロゴ周辺のつるっとしたグリル部分が目に飛び込んでくる。水冷式ラジエターをもたないEVならではのデザインになっている。
撮影:伊藤有
日産サクラは、日産が取り扱うガソリン軽自動車「デイズ(DAYZ)」などで採用されるシャーシ(ボディの骨格)をベースに、EVの動力システムを載せた新型車だ。
その意味では、ゼロベースでEV向けにシャーシから新設計した電気自動車SUV「日産アリア」とは、設計のスタート地点が異なる。
EV化すると、ガソリンタンクの代わりにバッテリーを床に敷き詰めることになるため、室内高などの居住スペースが犠牲になりかねない。しかしサクラの場合は、バッテリーパック(容量20kWh)の搭載位置を工夫し、フロア下に追いやることで、室内スペースを犠牲にしないよう工夫している。
室内高は同じシャーシを使うガソリン軽自動車デイズとまったく同じ1270mmを確保している。
日産のEV軽自動車「サクラ」の床下に搭載されるバッテリー。デイズに比べて、最低地上高はバッテリーの分だけ低くなっている。
撮影:山崎拓実
運転席に乗り込んでみると、確かに「広い」。
運転席の風景。最も安価なエントリー「Sグレード」では、ハンドルが3本スポークタイプになるなど、さまざまな部分が廉価仕様になる(展示車がなかったため写真はない)。
撮影:伊藤有
昨今の軽自動車の頭上の広さや室内空間は各社工夫の結果驚くほどの余裕があるが、EV化しても本当にそのままだ。
この空間の広さは後席にも言える。
後席は座席のスライドも、背もたれの角度調整もできる(基本的にデイズの仕組みを踏襲している)。だから、運転席をドライビングポジションに合わせた状態でも、後席の足下は足が組めるくらい広い。
後席。軽自動車規格なので左右幅は大人2人座ればぴっちり。ただ、足下の広さの余裕は、へたな普通車よりよほど広い。設計の妙だ。
撮影:山崎拓実
後席。2人がけで、背もたれは中央で分割して倒すこともできる。トランク部分に荷物をあまり積んでいなければ、後席を後ろにスライドさせてさらに足元を広くできる。
撮影:伊藤有
後席を倒し、前にスライドさせたところ。トランク下の緊急時用の付属品スペースを開いたところ。
撮影:伊藤有
200万円超の「軽」、インテリアのレベルが高い
日産としては、このサクラを、日産における軽自動車のフラッグシップ(最上位機種)として考えているという。
最廉価モデルでも軽自動車としては高めの約233万円からという価格もあり、室内の装飾(インパネ)まわりは、EVらしい電化された装備と、デザインになっている。
助手席側。動画でも話しているが、ちょっとした棚のようにくぼんだデザインのインパネ部分がユニーク。カップホルダーもある。
撮影:伊藤有
ディスプレイはナビ部分(9インチ)とメーター部分(7インチ)の2つが液晶ディスプレイになっている。
一番安価なSグレード以外のモデルは、アリアに似た2スポークタイプのハンドル。プロパイロットも(2.0ではなく通常版だが)装備することができる。特に、自動駐車機能「プロパイロットパーキング」は軽自動車初の装備だ。
ちなみに、プロパイロット関連は最上位のGグレードのみ標準装備、中位のXグレードではオプション、Sグレードには装備不可だ。
このとおり、装備やインテリアだけでも、日産の力の入りぶりがわかる。しかし、本当の驚きは、EVならではの心臓部にあった。
試乗で「軽自動車がEVになる」インパクトを実感
撮影:伊藤有
サクラの実車試乗で何より驚いたのは、EV軽自動車としての動力性能だ。
軽自動車は、自動車メーカーの自主規制で最大出力47kW(64馬力)という制限がある。これはEVになっても変わらない。
が、スペック表をみるとデイズターボでは最大トルクが100Nmなのに対して、サクラはほぼ2倍の195Nmもある。しかもEVなので、ほぼゼロ発進の状態から最大トルクが出てくる。そのために、数値以上にパワフルに感じるのだろう。
ガソリン軽自動車の2倍のトルク
この差は乗り味にどんな違いを生むのか。
撮影:山崎拓実
日産社内のテストコースを、まずは「スタンダードモード」で走り始めた。試乗会当日は、関東圏は土砂降りの雨だったが、時速20kmくらいからスパッとアクセルを踏むと、シートに押しつけられるような軽い加速感とともに、一瞬「きゅきゅっ」とフロントタイヤが空転する。「こりゃすごい」と思わず言ってしまう力強さだ。
アクセルのレスポンスは、ECO、STANDARD、SPORTSの3段階に変えられる。切り替えスイッチはこの右脇の「DRIVE MODE」スイッチで切り替える仕組みだった。
撮影:伊藤有
面白いことに、モードを「スポーツ」に変えても、そこまで激変した印象はなかった。とにかく、並はずれた力強さがある(とはいえ、日産の開発担当者に聞くとちゃんと3つのモードで違いはあり、電費も異なるそうだ)。
これだけの加速力があれば、街乗りでは加速に不足を感じることはまずないだろう。また、首都高速のような入り組んだ高速道路の合流でも、ちゅうちょなく合流加速ができるはずだ。
ハンドリングには背の高さを感じる
何周か周回して慣れてくると、車両のクセのようなものも感じてくる。
まず比較的背の高い車両であるせいか、直線で素早く左右にハンドルを切ると、「ぐらっ」と傾くロール感がある。いかにバッテリーを床下に積んでいるとはいえ、アリアの試乗時に感じたようなハンドルを切った瞬間にわかるような「低重心」な運動性は、素人目線ではそこまで感じない。
もちろん、ロールすること自体は悪いことではない。ただ、操舵フィーリングの質の面で、「軽自動車っぽさ」を感じる部分だ。
背後から。右端の「ゼロエミッション」のロゴが軽自動車ながらピュアEVであることを感じさせる。
撮影:山崎拓実
また、コースの途中にあるギャップ通過時は、毎回「ドンッ」という強めの突き上げを感じたことも指摘しておきたい。
公道試乗ではないので、一般路でどんなフィーリングになるのかは別だが、こういった点には普通車とは違うクラスのクルマだということを意識させられる。
コーナーが連続するワインディングコースを走ったときにどんな印象に変わるのか気になるところだ。
気になる静粛性
助手席側の内装。この部分がくぼんだデザインになっていて、ちょっとした物を置いておける。過剰に装飾的ではなく、好ましいデザインだ。
撮影:山崎拓実
静粛性についても注目している人は多いだろう。
日産関係者によると、防音材(吸音材)についてはデイズなどからほぼ変わっていないという。ただ、走行モーターのマウント(搭載)を工夫した設計とすることで、上下振動を最小化し、静粛性向上につなげている。
静粛性については、短時間の試乗、かつテストコースということで、言葉にできる部分があまりない。違和感は特になかったが、ロードノイズや風切り音は公道を走ってみないとわからないというのが正直な印象だ。
アリアの公道試乗でも書いた通り、EVの場合は絶対的な静音性とは別に、エンジン音がないことによる体感騒音をどう感じるかがポイントだからだ。
軽EVのポテンシャルは高い。課題は航続距離
撮影:山崎拓実
こういった性能を持つEVで、さらに各種補助金が使えれば、233万円のモデルなら実質180万円台で購入できる可能性がある……これだけでも、サクラを選択肢の1つに入れるという人はいるだろう(東京都など自治体の補助金がある地域では、実質負担はもっと安価になるケースもある)。
そんななかで、気になるポイントは2つある。
気になるポイント1:航続距離
撮影:山崎拓実
まず1つは航続距離だ。日産は、20kWhの搭載バッテリーで航続距離180キロ(WLTCモード)をうたう。
実走行、かつEVが苦手とする高速道路の走行でこれが何キロになるか。公称値の8割だとすれば144キロ、かなり厳しく見て6割だと108キロだ。
仮に100キロ少々で充電が必要だった場合、例えば関東なら、東京23区〜御殿場/箱根の東名高速ドライブ程度でも、往路で1回充電が必要になるかもしれない。
個人的な感覚では、静岡周辺までの高速移動なら1回休憩(充電)を入れるのはまったく苦ではないけれど、御殿場/箱根程度なら往路は一気に目的地まで行きたいところだ。
気になるポイント2:バッテリーの温度調整機構
バッテリー満充電までは8時間。急速充電にも対応している。
出展:日産サクラ発表資料より
もう1つは、バッテリーの温度管理の問題がある。
サクラにも、アリア同様に温度調整機構は搭載されている。が、水冷式のアリアと違って、サクラはエアコンの冷媒を使った「冷却」システムになっている。水冷式と冷媒式の大きな違いは、寒冷地で「バッテリーを温められるか」にある(エアコン冷媒式の方がコストが抑えられるそう)。
つまり、冷媒式はその仕組み上、かなり寒い地域ではバッテリー性能が十分に発揮できない可能性がある(充電速度が遅くなる、航続距離に影響が出るなど)。
この点は日産も当然認識していて、一定の寒冷地ではユーザーの使用環境をよく聞いて、用途がEVに向いているかどうか、正直な案内をするオペレーションにしているという。
バッテリーの温度管理の問題は、充電速度にかかわってくる。特に寒冷地在住の人は頭に入れておくべき部分だ。
いずれにしても、テストコースでの試乗ではまだわからない部分も多い。発売前に公道試乗する機会があれば、試してみたいところだ。
(文・伊藤有)