厚労省の吉井弘和さん(左)と、財務省の片岡修平さんはともに外資系コンサル出身だ。
撮影:横山耕太郎
「なんで霞が関に?と驚かれますが、その決断に後悔はありません。霞が関の『外』から来た人の視点で霞が関の魅力を伝え、中途人材が活躍しやすい場所を作ることが私たちの使命だと思っています」
マッキンゼー・アンド・カンパニー出身で、2020年から厚生労働省で働く吉井弘和さん(40)はそう話す。
吉井さんは2022年3月、民間企業から霞が関に転職した官僚ら約15人の仲間ととともに、プロジェクトチーム「ソトナカプロジェクト」を結成した。5月には中途採用の課題についての提言をまとめ、各省や担当大臣、人事院に提案する準備を進めている。
プロジェクトチームには吉井さんのほかに、ボストンコンサルティンググループの出身者や、日系の大企業やベンチャー企業の出身者が参加している。
霞が関では、新卒での志望者が減少傾向にあり、特に若手の離職問題も深刻化。民間企業などからの中途採用への期待が高まっている。しかし中途採用の数はまだまだ少なく、霞が関の「新卒至上主義」は根強い。
民間から転職した彼らの目には、霞が関はどう映っているのか? プロジェクトの中心として活動する、外資系コンサル出身の2人に聞いた。
マッキンゼー在職中に米英留学
吉井さんは新卒でマッキンゼーに就職した。
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吉井さんは東大卒業後にマッキンゼーに就職。マッキンゼーでは金融機関向けに戦略立案やM&A(企業買収)の助言などを約4年半担当した。その後、コロンビア大学とロンドン大学に計2年留学し公共経営学修士を取得した。
「日本とイギリスの政治の制度比較を研究していましたが、実際の制度運用についても学びたかったので、もう1年イギリス滞在を延長しました」
吉井さんはマッキンゼーを1年間休職。日本人としては初めてイギリス与党保守党本部で政策調査を担当し、現在のイギリス首相、ボリス・ジョンソン氏のロンドン市長選挙では、マニフェスト作成や対立候補分析など選挙戦略にも関わった。
コンサルで行政支援に限界も
2012年に帰国してからは、マッキンゼーでヘルスケア企業のコンサルを担当。主に製薬や医療機器メーカーの企業戦略やマーケティング戦略、M&Aに携わった。
アメリカなどのマッキンゼーは、政府を相手にしたコンサル事業も展開していたことから、吉井さんも国内の自治体をクライアントとし、自治体が抱える医師の偏在問題などの課題にも取り組んだ。
しかし、日本でコンサルとしての立場で行政に関わるには限界も感じた。
「コンサルへの依頼は高額になってしまうことに加えて、コンサル案件にしても課題のリサーチに終わることが多く、インパクトのある仕事をする機会を得るのは難しかった」
厚労省への転職も考えたものの、当時はホームページを見ても中途採用の情報は見つからず諦めかけていた。しかし2017年に厚労省の業務とも関連が深い「社会保険診療報酬支払基金」の公募を知って応募。理事長特任補佐に就任した。
高い給与水準だった外資系コンサルに比べ、年収は大幅に減ったが「迷いはなかった」という。2020年4月からは厚労省保険局保険課の課長補佐に任期付きで就任。現在は、デジタル化された診療報酬明細書データを予防や健康づくりに活用する「データヘルス」事業などを担当する。
撮影:今村拓馬
マッキンゼー出身の吉井さんが、官僚になって感じるのは「霞が関の同質性の高さ」だ。
「コミュニケーションが効率的だというメリットがあるものの、現在のように対応する課題が複雑化している場合、人材の多様性も求められます。その意味では私のような異分子が果たす役割も大きいと自負しています」
ただ吉井さんのような、民間からの転職人材はわずかだ。
「霞が関の仕事はどこまでも公共を追求できる。そこに魅力を感じる人は民間でも少なくありませんが、霞が関が中途採用をしていることも、筆記試験が必要なく多忙な人でも応募しやすい採用方式が増えていることも知られていません」
霞が関の中途採用には主に2つのルートがある。人事院が実施している、国家公務員試験を受けるルートと、各省庁が独自で実施しているルートだ。各省庁による中途採用は、小論文と面接試験で選抜するのが一般的という。
駐在希望には「霞が関もおすすめ」
民間から転職してきた官僚らでつくる「ソトナカプロジェクト」のメンバー。人事院などへの提言内容について話し合った。
撮影:横山耕太郎
「実際のところ外資系コンサルに入社しても、なかなか海外駐在はできません。私は3年間、イギリス駐在を経験できたし、駐在中の待遇に関しても大手商社にひけをとらないレベル。中期的に駐在を希望している人のキャリアとしても霞が関はおすすめできる」
ボストンコンサルティンググループから財務省に転職した片岡修平さん(38)は、そう話す。
片岡さんは、京都大学卒業後にボストンコンサルティンググループに入社。通信の新規事業戦略や金融のM&A支援などに携わり、その後、ヘルスケア領域の投資ファンドに転職した。
投資ファンドでは多額の収入を得ていたものの、市況が悪くなると医療の事業再生など公益性が高い事業には、投資家の資金が回りにくい現実には違和感もあった。
「民間企業や投資家が利益を求めることは当然のこと。ただ、社会的な意義が高い事業が注目されないのはもったいない。投資家に頼らない道に興味を持つようになりました」
転機となったのは、主催していた医療経営の勉強会で知り合った厚労省の官僚から、国家公務員の中途採用を勧められたこと。
すぐに応募し、難関試験とされる旧・国家公務員試験Ⅰ種試験の経験者採用区分をパスし、28歳の時、財務省に採用された。
「現在では各省採用ルートが増えていますが、当時はそのルートはありませんでした。同時期に中途で入省したのは10人強で、財務省は私1人でした」
その後7年間、片岡さんのように中途で総合職として財務省に採用された人はいなかったという。
イギリス駐在で感じた日本の課題
片岡さんはイギリスへの駐在中、日本の公務員との違いを肌で感じたという。
撮影:今村拓馬
片岡さんは入省5年目で、希望していたイギリス駐在のポストを得た。
ロンドンの日本大使館で1等書記官として働いた3年間は、イギリス財務省や税関当局などからの情報収集を担当。毎年の国家予算の内訳や、税制の変更点、ブレグジットに関する通関や経済への影響、新型コロナ対策などテーマは多岐にわたった。
そんなイギリス駐在で痛感したのが、イギリスと日本の公務員の違いだ。イギリス財務省では、課長補佐だけでなく課長などの管理職ポジションも公募制を採用。民間や他省庁からも応募があり、官と民を行き来するのが当たり前だった。
「実力で評価されるからか女性の比率が多いのも驚きでした。2020年10月当時は、イギリス財務省の5つの総局長級マネジメントポストのうち、4つを他省庁出身の女性が占めていたこともあります」
片岡さんは2021年に駐在を終えて帰国。今回、このプロジェクトを始めた理由は、霞が関でも民間の行き来ができるキャリアの「リボルビングドア(回転扉)」を含め、柔軟性のある採用の必要性を感じているからだ。
「霞が関からスタートアップへの転職も増えていますが、労働市場で転職の選択肢が増えている中、私は官僚が転職を考えるのも当然だと思っています。問題は民間から来る道がまだ少ないことです。
転職後の職務内容が分かりにくいことや、官僚として適用される年次が不明瞭だという課題もありますが、人材戦略の一環として改善できる余地があると思っています」
まだまだ少ない中途採用
内閣人事局によると、2021年に「国家公務員法に基づく採用等」で在籍している人数は1651人、「経験者採用試験等による採用」による在籍者は1177人だった(いずれも期限を限らない採用)。対して、2021年の国家公務員(総合職・一般職を含む)は約27万人おり、中途採用者が占めるボリュームは桁違いに少ないのが現実だ。
霞が関の中途採用の課題について、ある男性官僚は「重要ポストへの登用などは生え抜きの官僚が占めている。出世の面では転職者が不利な面もある」と語る。
中途採用を増やし、また中途人材が活躍できる環境を整えられるのか。霞が関が抱えている課題は大きい。