困窮家庭の子どもたちへ無料の学習支援を行う認定NPO法人キッズドアが、医療系の大学進学に特化したコースを設立して初の受験シーズンが終わった。合格実績には千葉大学・防衛医科大学校・慈恵医科大学・日本医科大学・東京医科大学の医学部や、広島大学の歯学部など有名大学がずらりと並ぶ。
何がこうした結果を導いたのか。生活保護家庭や社会人になって数年を経てからの受験など、さまざまな困難を乗り越えた受講生らに話を聞いた。
国立大の医学部にも合格
医療系の大学進学に特化した無料塾が、華々しい合格実績を上げている。
撮影:竹下郁子
キッズドアが医師や薬剤師、看護師を目指す困窮家庭の高校生らを対象にした無料の大学進学支援を開始したのは2021年6月だ(参考記事:週5日、現役医学生らに質問し放題。NPOと病院がタッグを組んだ、医療進学専門“無料”塾の全貌)。
初年度の受験生は18人。以下が主な合格実績だ。
医学部:千葉大、防衛医科大学校、東京医科大、慈恵医科大、日本医科大、国際医療福祉大
歯学部:広島大、神奈川歯科大、明海大
薬学部:長崎国際大
看護学部:長野県看護大
その他:東京農業大・応用生物科学部(栄養科学科)
1日1食の受験生活乗り越えられた理由
キッズドアの医療コースでは参考書や模試代、教室への交通費もサポートしている。運営はSBCメディカルグループの寄付だ。
撮影:竹下郁子
千葉大学・医学部に進学が決まった男性(19)は、キッズドアの医療コースに通いながら1年間の浪人生活を送った。母子家庭で高校卒業までは生活保護。その後は母親と離れて1人暮らしをしながら医学部受験に挑んだ。
「この1年間でキツくなかったことを思い出すほうが難しいです。衣食住など生活のことも全て自分でやらなきゃいけなかったので……」(男性)
経済的な理由から食事は1日1食。常に不安と隣り合わせの生活の中で励みになったのは、キッズドアによる勉強や金銭面(参考書や模試代など)はもちろん、精神的なサポートだったという。
「月に一度スタッフの方々との面談があるのですが、ネガティブになりがちな僕にいつも『大丈夫だよ』と声を掛けてくれて。鬱々とする時は面談で話してもらったことを思い返すようにしていました。
普通の人からしたら当たり前のことかもしれないけれど、支えてくれる大人がいるってこんなに心強いんだなと」(男性)
学生時代に諦めた大学受験に挑戦
撮影:竹下郁子
通信制の高校を卒業してアロママッサージのセラピストとして働いていたが、一念発起。私立大に進学を決めた女性(20代後半)もいる。
大学進学には両親ともに反対しており、「金銭的にも厳しい」と聞かされていたため、高校時代は選択肢にすら入っていなかったという。
「働く中で、大学を出ていないことで悔しい思いをしたり、高卒と大卒で収入面に差があることも知りました。医療系を目指したのは、幼い頃に難病を患っていて医師の世界に感謝や憧れがあったからです」(女性)
女性がキッズドアに出会ったのは、受験勉強を始めて3年目の頃だ。
「この年齢に加えて、高校時代は全く勉強していなかったので、真剣に向き合ってくれる人がいなくて本当に苦しかったんです。でもスタッフの皆さんは大学に合格させたいという思いが強く、質問しても私が理解するまでとことん付き合ってくれました。
助けてくれる方がいるのはすごく嬉しかったです。どれだけ大変な時でも自分でなんとかしないといけないと思い込んでいたし、実際にそういう人生だったので」(女性)
国は受験料の支援拡充を
キッズドアの医療コースを担当する中島希さん。東京の教室にて。
撮影:竹下郁子
医療コースを担当するキッズドアの中島希さんは言う。
「医療コースでは浪人生も受け付けています。この女性のように、経済的な事情で高校時代に諦めた大学進学に挑戦したいという思いをサポートしたいと思いました」(中島さん)
一方で、経済的な壁は今も厚い。大学進学後の学費は国の制度(修学支援新制度)で減免されることが多いものの、そもそもの受験料が大きな負担になっているという。
「保護者の負担を考慮して、滑り止めの私立を受験できなかった受講生もいました。『みんなお守りだと言うけれど、お守りには高すぎる』と。共通テストの1万8000円(※大学入学共通テストは3教科以上を受験する場合は1万8000円かかる)すら払えない家庭もあるのが現状です。
国は受験料のサポートも拡充してほしいです」(中島さん)
キッズドアが2022年3月に住民税非課税世帯などの高校3年生・浪人生を持つ家庭601件を調査したところ、49%が受験校数は1校のみ。大学に進学したものの学費が支払えずに退学してしまう不安を抱える家庭が8割を占めた。
国の政策ひとつで子どもの人生は変わる
撮影:竹下郁子
冒頭の千葉大学・医学部に通う男性は、国の修学支援新制度で授業料を減免した上で、日本学生支援機構の奨学金も利用している。アルバイトも掛け持ちする予定だ。
「お金は子どもの力でどうにかできる問題じゃありません。国の政策ひとつで子どもの人生は変わってしまう。大学の進学費用は無償になってほしいくらいです」(男性)
前出の女性も同意見だ。加えて、就職氷河期世代の就労支援のように、自身のような現役時代に大学進学を諦めた社会人の支援も行ってほしいと話す。
「国の制度としてもっと拡充してほしいという思いはあるものの、今の学生さんは給付型の奨学金が充実していて羨ましいと思う面もあります。私の同年代やもっと上の世代など、経済的な理由で大学進学できなかった人へのサポートもしてくれると嬉しいです」(女性)
(文・竹下郁子)