提供:東京大学 竹内教授
大豆やインゲン豆などの植物を原料に、まるで「肉」のような味わいや食感を作り出す——。
「大豆ミート」や「植物肉」など、いわゆる「代替肉」に対する注目度は年々高まっています。
日本でも、ハンバーガーチェーンをはじめとした飲食チェーンでの展開や、レトルト食品などとして市民権を獲得しつつあります。
一方で、現在主流となっている植物由来の代替肉とは別に、ウシなどの家畜の細胞を培養して「肉そのものを作ろう」という「培養肉」の研究開発も世界では加速しています。
2017年には、アメリカのフードテックベンチャー・Eat Just(イート・ジャスト)が、培養肉によるチキンナゲットの開発を発表。2020年12月に、シンガポールでの販売が承認されました。
国内でも、スタートアップのインテグリカルチャーが2022年に世界初の培養フォアグラの販売を目指し、研究開発を進めています。
他にも、2021年秋には、日揮HDが培養肉の開発・販売を手掛ける新会社オルガノイドファームを設立。2022年3月には、大阪大学の松崎典弥教授が島津製作所などと協力して培養肉ステーキを製造する3Dプリンターの研究開発を進めることを発表しました。
また、3月末に東京大学の竹内昌治教授と日清食品HDが「食べられる培養肉」※を共同開発したことも大きな話題となったばかりです。
※「食用可能な素材のみを使用すること」と「研究として食べられる制度を整えたこと」という2つの意味から「食べられる」と表現しています。
ここにきて日本国内でも注目度が高まりつつある「培養肉」。
5月の「サイエンス思考」では、培養肉の研究開発をそれぞれの視点で進めている、順天堂大学の赤澤智宏教授と東京大学竹内昌治教授に話を聞きました。
「やっぱり肉を食べたい」時の選択肢
「たった数年の間に、参入する企業の数が一気に増えてきました」
赤澤教授は、培養肉や植物肉(大豆ミート)を含む代替肉(代替タンパク質)市場の広がりをこう語ります。実際、参画する企業数は、ここ数年で国内外ともに急増。市場規模も、2030年頃には数兆円にものぼると言われています。
世界でそこまで代替肉が注目されている理由はいくつかあります。
まず第一に挙げられるのは、増え続ける世界人口に対して不足するであろうタンパク質を賄う必要があるためです。
国連の推計では、世界人口は2050年までに約100億人に到達すると言われています(2022年の世界人口は約80億人)。このまま人口が増加し続ければ、食糧の生産体制がいずれ破綻してしまうことは目に見えています。
人口が増える分だけ家畜を増やせばいいと思うかもしれませんが、家畜の飼育には大きな環境コストがかかります。単純に家畜の数を増やすことは、現実的ではありません。これが2つ目の理由です。
この他にも、家畜が増えることで生じる人獣感染症(鳥インフルエンザなど)のリスクを回避することや、大量生産・大量廃棄という現代の食品産業の中で「人間の食のために大量の動物を殺している」という現状を見直そうとする動物福祉的な動きも、家畜に頼らないタンパク質源として「代替肉(タンパク質)」を必要とする理由として挙げられることがあります。
こうした議論の中でまず社会に普及してきたのが、大規模な農場で大量に収穫できる大豆などの植物を原料にした「植物肉」でした。
大豆肉を使ったハンバーガーは、国内のハンバーガーチェーンでも見慣れてきた。
撮影:三ツ村崇志
当初、植物肉は大豆のニオイが強く、「肉」とは程遠いものでした。ただ、技術開発が進んだことで、今では本物の肉と見分けがつかないほど「肉らしい」植物肉も登場しています。
ただし、植物肉で本物の肉の味を完全に再現するには、最終的にはある程度添加物に頼らざるを得ません。
竹内教授も「成分という意味で、植物肉と本物の肉は違います。肉の本来の味を出そうとすると、どうしても難しさが出てきます。また、筋肉の線維や形態をナノレベルで再現することも難しい」と、一定の難しさが残ると語ります。
やっぱり、肉が食べたい——。
家畜に頼らず、環境コストなども考慮した上で「本物の肉」を食べる。そのための選択肢として、培養肉という可能性が注目されているわけです。
培養肉、最大の課題はコスト
モサミートが作った、培養肉のパティ。見た目は普通のパティそのものだ。
画像:モサミート
培養肉は、2013年にオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授が世界で初めて牛肉の培養細胞によるハンバーグを試作したことで、一気に注目されました。このとき作られた培養肉ハンバーガーの価格は、なんと3000万円以上とも言われています。
ポスト教授はその後、2016年にモサミート社を創業し、培養肉の市場投入を進めています。課題となるのは、なによりその価格です。
家畜の細胞に限らず、研究現場ではさまざまな細胞が培養されています。「細胞を培養すること」自体は、細かなコツはあるにせよ、技術的にそこまで大きな課題はありません。しかし、最先端の再生医療のように数百万円、数千万円かかるような肉を作っても誰も食べることはできません。「食品」として培養肉を普及させるには、安く大量培養する技術の確立が不可欠なのです。
また、培養肉を「本物の肉の代わり」にするには、一つ大きな壁があります。
こういったブロック肉も、言ってしまえば細胞の塊だ。
Atsushi Hirao/Shutterstock.com
私たちが日々食べている肉(ロースやもも肉など)は、筋肉や脂肪の細胞からなる組織です。しかし、単純に細胞を培養しただけでは、ブロック肉のようなものを作ることは困難です。培養しても、筋肉の線維がランダムに並んだ短いミンチ状の塊になってしまいます。また、筋肉の細胞を培養するだけでは、当然、脂肪などのほかの成分は含まれません。
ハンバーグのようにミンチ状の肉を再現する上では大きな問題はありません。しかし、ステーキ肉のように、筋肉の線維感がしっかり残り、適度に脂肪なども含まれる肉塊を、単純に細胞を培養して再現することはそう簡単ではありません。
そこで近年注目されているのが、組織工学的な手法を使って、培養した細胞から「組織的な肉の構造」を構築する技術です。
竹内教授は日清食品HDと共に、2019年に世界で初めてサイコロステーキ状の培養肉(筋線維が一方向に揃ったもの)の作製に成功しました。この3月に両者が再び共同発表した「食べられる培養肉」も、筋肉の細胞を特殊なゲル(血清培地)の上で引き伸ばしながら培養することで線維状の筋肉の細胞を作り、それを重ねることで「ステーキ感」を再現したものです。
また、大阪大学の松崎教授は、「3Dプリンター」を使って赤身の細胞を線維状に折り重ねることで、筋肉の線維を再現。そこに培養した脂肪細胞も組み込むなどして「サシ」が入った培養肉ステーキを作っています。
培養で組織ごと作る「オルガノイド」
順天堂大学の赤澤智宏教授。
撮影:三ツ村崇志
一方で、赤澤教授は「培養肉であえてステーキを作らなくてもよいのではないか」と、別の視点から培養肉の研究を進めています。
赤澤教授は、iPS細胞を培養して「ミニ肝臓」を作る研究などで知られる東京医科歯科大学の武部貴則教授と共に、培養肉の研究を進めています。このように細胞を培養することで自然と作られた3次元的な組織構造のことを「オルガノイド」と言います。
私たちの体は、もとはたった一つの細胞が分裂することで、臓器から手足の筋肉に至るまで、体のさまざまな組織を作り上げています。これは、ウシやブタなどの家畜も同様です。
赤澤教授らは、この生命にもともと備わっている仕組みを利用することで、生体の肉に近い肉を、培養皿の上で再現しようと考えています。
実際、赤澤教授は、筋肉の細胞にも脂肪の細胞にもなることのできる幹細胞※をウシから採取・培養することで、自然と筋肉の中に脂肪が含まれたような組織的な培養肉を作ることに成功しています。
※幹細胞とは、無限に増殖でき、複数の細胞系譜に「分化誘導」できる細胞のこと。分化誘導とは、幹細胞から、「筋肉の細胞」や「脂肪の細胞」といったように、特定の機能しか持たない細胞に変化していくこと。ひとたび分化すると、基本的には元には戻らないとされている(iPS細胞などの例外はある)。
培養中に自然と丸い組織構造を作った培養肉。血液の成分が含まれていないので、赤くはない。
提供:順天堂大学 赤澤教授
「よく増殖するウシの幹細胞(食肉幹細胞)をディッシュ状の培地に撒くと、何もしていないのに凝集して構造(筋肉のオルガノイド)ができました。ウシやブタ、ヒツジなどの偶蹄類(蹄が2つに割れている動物)で、同じようなことができることを確かめています」(赤澤教授)
現段階では実験室レベルの小さなスケールでしか実現できていないため、実用化に向けては大量培養の技術が必要です。
ただ、この方法では、培養条件を整えることで、赤身と脂肪のバランスを調整したり、脂肪細胞に含まれる脂肪の性質を調整したり(不飽和脂肪酸を多く含ませるなど)と、ある程度培養肉をデザインすることが可能です。
「例えば、肥満の人向け、アスリート向け、高齢者で筋肉が衰えている人向け、といったように、それぞれにカスタマイズしたエンドプロダクトを作れるかもしれません。
そうすることで、単に肉を模倣するのではなく、付加価値を付けた健康によい培養肉を生み出せるのではないかと思っています」(赤澤教授)
オルガノイドの技術を使えば、究極的には大きなブロック肉のようなものを作れるようになるかもしれません。ただ、そのためにはまだまだブレークスルーが必要で時間もかかります。であればむしろ、健康食としての付加価値をつけることで、培養肉をステーキなどの肉の代わりではない、新しい食べ物として提供しようというわけです。
培養して作られた筋肉のオルガノイドを色分けした画像。緑色の部分が脂肪。
提供:順天堂大学 赤澤教授
「食べられる培養肉を開発」の意味
最終的にどういった培養肉が市場を席巻していくことになるのか、現状ではまだ分かりません。
竹内教授は、
「培養肉が社会に定着する上で、どういった製造方法が適切なのかという点も踏まえて、さまざまな研究が多面的に実施されるべきだと思います」
と話します。
実際に普及していく上で、必ずしも培養肉を100%にする必要はないかもしれません。
先行して広まっている植物肉では、植物肉100%の製品はもちろん、通常の肉と混ぜて食べるケースもみられています。培養肉の培養コストが高い事を考えると、例えば植物肉や通常の肉と培養肉を混ぜ合わせた方が、コスト的に市場へ投入しやすくなるかもしれません。
東京大学の竹内昌治教授。
画像:オンライン取材の画面をキャプチャ
また、重要になるのは、やはり「肉の美味しさ」です。
この点に関しては、竹内教授が今年3月に食用可能な材料だけで作った培養肉を、東京大学の倫理審査専門委員会からの承認を経て実際に試食したということは、培養肉の美味しさを研究していく上で重要な一歩となりました。
竹内教授は、実際に培養肉を食べた感想を次のように語ります。
「細胞を集めて丸めただけでは、牛肉の味がしないということが分かりました。筋芽細胞が血清ゲルの中で融合して、歯ごたえなどは残っていましたが、味は培養液の味(食塩水のようなもの)でした。噛んだときに旨味成分のようなものは感じたのですが、鉄っぽい味というか、牛肉を食べたときに感じる味はなかったように思います」(竹内教授)
竹内教授が作った培養肉。
提供:東京大学 竹内教授
「作ったものを人が食べて評価する」という実験は、ヒトを対象とした実験です。研究を進めるには、倫理審査専門委員会を通じた審査が必要になります。今回、実験の一連のプロセスが承認されたことで、国内の研究機関で初めて、培養肉の試食ができる体制が整いました。
「実際に(細胞などを)作って生命現象を理解しようという試みは、いろいろな分野で行われてきましたが、食品分野ではほとんどありませんでした。ボトムアップで細胞から肉を作る研究が出てきたからこそ、肉本来の味について基礎研究を進めることができます」(竹内教授)
いったい何が肉のおいしさを生み出しているのか。研究現場で味を評価(官能評価)するプロセスが確立されたことで、実際に肉を食べて、味をフィードバックしながら、培養肉を作っていくことができるようになるわけです。
また、食品として市場へ投入することを考える上では、当然、安全性に関するルール作りも今後の課題の一つです。
科学技術を利用して作られた食品を普及させようとした場合、かつての遺伝子組換え食品のように、社会との間に摩擦が生じてしまう可能性があります。安全なものを作ることが大前提とはいえ、本格的に培養肉を社会実装していく段階では、行政と議論したり、パブリック・コメントなどを募集したりすることで、社会が納得できるようにコミュニケーションを取っていかなければなりません。
そういった意味では、「培養肉」という名前にも、工夫の余地があるかもしれません。
「よく『培養肉』という言葉に抵抗を感じると言われることがあります。もし代替案が必要になるのであれば、培養肉は巧みな技術を駆使して作る肉なので、『クラフトミート』と名前を付けても良いかなと思っています」(竹内教授)
10年後、20年後に、私たちの食卓には、いったいどんな「肉」が並ぶようになるのでしょうか。今はその過渡期に差し掛かっているといえるのかもしれません。
(文・三ツ村崇志)