米アンダーアーマー(Under Armour)が突然の経営トップ辞任を発表した。
Sorbis/Shutterstock.com
米スポーツアパレル大手アンダーアーマー(Under Armour)の創業者ケビン・プランクは2018年の投資家向け説明会で、同社の創業以来の歩みを3つのステージに分けて表現している。
「ゲット・ビッグ・ファスト(早く、大きく)」
「プロテクト・ディス・ハウス(足元を固めろ)」
「フューチャー(未来へ)」
5月18日、第3ステージの全貌が明らかになった。
大引け(=市場の取引時間終了)後、同社はパトリック・フリスク最高経営責任者(CEO)が退任すると発表した。6月1日付でコリン・ブラウン最高執行責任者(COO)が暫定CEOに就任し、取締役会はその間に常任を探すという。
米ウォール街はこの人事にネガティブな反応を示し、同社の株価は5月19日前場(午前中)の取引で11%下落した。
米金融大手モルガン・スタンレーは、アンダーアーマーの(パンデミックで受けたダメージからの)再建に向けた取り組みへの信頼が損なわれていると指摘。投資判断を「オーバーウェイト(買い推奨)」から「イコールウェイト(中立)」に引き下げた。
株価は11月前半に52週高値(27.28ドル)を記録したあと、66%の下落(5月19日終値)幅となっている。
フリスクは2017年7月にCOOとしてアンダーアーマーにジョイン。創業者でCEOを兼務していたプランクの会長就任に伴い、20年1月に昇任した。
フリスクのプロ経営者としての手腕は高く評価されており、CEO時代に「早く、大きく」に固執したプランクとは対照的だった。
5億7100万ドル(約740億円)規模の事業再編を断行するなどブレない経営者としての仕事を果たしたフリスクだが、パンデミックで毀損(きそん)した売上高の回復には至らず、退職金710万ドル(約9億2300万円)を受けとって退任。新たにコンサル契約を締結する幕切れとなった。
同社が米証券取引委員会(SEC)に提出した書類によれば、全社売上高のおよそ3分の2を占める北米部門は、2017年比で3%減の35億ドル(約4500億円)の売上に低迷。同時期に13%増の172億ドル(約2兆2300億円)と大きな成長を果たした業界首位のナイキ(Nike)に水をあけられた。
米投資銀行BTIGアナリストのカミロ・リオンは投資家向けレポートで、フリスクの経営実績を評価する一方、アンダーアーマーにはブランドの勢いがないと指摘。最高ブランド責任者(CBO)を兼務するプランクに批難の矛先を向けている。
「(フリスクのCOO就任後)ブランド改善と地位向上に費やしてきた6年の月日は無駄になり、アンダーアーマーは平凡なブランドになり下がる運命のようです。Z世代(1990年代から2000年代生まれ)の多くにとってアスリートブランドと言えば、真っ先に思い浮かぶのはナイキではないでしょうか」
リオンの見立てでは、先行きの不確実性に加えて(アンダーアーマーの業績回復に対する)投資家の焦燥感が高まることから、同社の株価は「良くても横ばい、悪いとアンダーパフォームも予想される」という。
今回のトップ人事発表は、アンダーアーマーが市場予想を下回る2022年1〜3月期決算を発表(5月6日)してウォール街を落胆させてから2週間も経っていない(同社は会計年度の区切りを3月末に変更、次の4〜6月期が第1四半期となる)。
米調査会社テルシー・アドバイザリー・グループ(Telsey Advisory Group)のクリスティーナ・フェルナンデスは投資家向けレポートにこう書いている。
「アンダーアーマーは過去2年間にわたってガイダンス(業績予想)を上回る結果を残しており、(2022年1〜3月期に)市場予想を下回ったことを驚きをもって受けとめています」
なお、アンダーアーマーは決算発表時に2023会計年度(2022年4月1日〜23年3月31日)の業績見通しを併せて発表しており、売上高について前期比5~7%の成長を見込んでいる。
同社はプランクが1996年に創業し、2020年までCEOを務めた。在任中の最終盤(2016年第3四半期まで)は26四半期(6年半)連続で売上高成長率20%超を記録。2014年には最重要のアメリカ市場で一時アディダスを抜いてスポーツアパレル業界2位に躍り出た。
米資産運用大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のアナリスト、トム・ニキッチは投資家向けレポートで次のように指摘する。
「アンダーアーマーが掲げる2023会計年度の成長目標は、かつて『早く、大きく』をモットーに経営にあたっていた現会長にとってはもの足りなく感じるだろう」
ただし、急成長を遂げたプランク会長のCEO時代には、過剰在庫や経営体制の脆弱性への対応に時間を要するなどさまざまの問題も起きている。
2010年代後半には会計処理をめぐってSECの調査を受け(和解済み)、法人用クレジットカードをストリップクラブ利用時の決済に使うなど、いくつかの不適切行為をめぐるスキャンダルも起こした。
カナダ金融サービス大手BMOキャピタル・マーケッツ(モントリオール銀行傘下)のアナリスト、シメオン・シーゲルは投資家向けレポートでこう分析している。
「アンダーアーマーのCEO人事は、(フリスク体制下の)事業再編ステージを脱却して再成長を目指す意思表示とみられます。
ただし、次のステージに移行する際には、かつてなりふり構わず成長を優先したことがさまざまな問題を引き起こしたことを忘れないでほしいと思います」
(翻訳・編集:川村力)