リード・ヘイスティングス率いるネットフリックスは、同社の企業文化をまとめた「カルチャーガイドライン」の改訂に踏み切った。その背景には何が?
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ネットフリックスといえば、その型破りな企業文化をとりまとめたカルチャーガイドライン(以前は「カルチャーデック」と呼ばれていた)が有名だ。
2009年に初めて公開されたカルチャーデックは、当初は125枚のスライドだった。従業員は無制限で休暇をとっていい、経費の承認は不要、といった同社の方針はアメリカのビジネス界で反響を呼んだ。
メタ(Meta)のCOOであるシェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)はカルチャーデックを「シリコンバレーから生まれた最高の文書」と絶賛したほか、専門家たちはこれをきっかけに他社も自らの企業文化を明文化し、透明性を高めるようになったと指摘する。
ネットフリックスの共同CEOリード・ヘイスティングスは、2020年に出版した共著書『ノー・ルールズ(原題:No Rules Rules: Netflix and the Culture of Reinvention)』の中で、同社の取り組みを自ら詳しく説明してもいる。
しかし、ネットフリックスの企業文化は高く称賛される一方で議論も巻き起こしてきた。成果を挙げるために容赦なく高いハードルを課す(「月並みな成果しか出せない社員には十分な退職金を提示する」とカルチャーデックには記されていた)、「有能だが協調性がない」人材は受け入れない、といった点だ。
業界誌ハリウッドリポーターが報じたところでは、同社は2021年7月、プライベートでのやりとりではあるもののSlack上で同僚を批判したマーケティング部の幹部3人を解雇した。この時には、ネットフリックスの価値観のひとつである「誠実さ」(「本人に面と向かって言えないようなことは誰の前でも言わない」と以前のバージョンには記されていた)が世間の耳目を集めた。
そんなカルチャーガイドラインが、2022年5月12日に改訂された。第一報を報じたのは業界誌バラエティだ。
この改訂がなされたわずか数日後の5月17日、ネットフリックスは150人のフルタイム従業員、傘下のアニメ制作スタジオの70人、ソーシャルメディア・パブリッシング事業の60~70人の契約社員を解雇した。
今回の改訂は、ネットフリックスが、事業を拡大する過程で「成長痛」に直面していることを物語っている。改訂にあたってネットフリックスが全社員に意見を求めたところ、1000件を超すコメントが寄せられたという。
スタートアップとして創業したネットフリックスはデジタル技術を用いて破壊的な変革を起こし、世界中に1万1000人以上の従業員を抱える一大エンターテインメント企業へと成長を遂げた。
だが現在、ネットフリックスはストリーミング配信の熾烈な競争や不安定な経済情勢に晒されている。今回の改カルチャーガイドラインの改訂から、ネットフリックスの今後の方向性についてどんなことが読み取れるのか、専門家に聞いた。
リプレゼンテーションvs.芸術的表現
「ネットフリックスのカルチャー:卓越性を求めて(Netflix Culture — Seeking Excellence)」と題された最新のカルチャーガイドラインには、「リプレゼンテーション(訳注:社会の多様性を正しく反映させること)の重要性」「芸術的表現」といった新しい指針が盛り込まれた。
ここには、テクノロジーとコンテンツ制作を融合させる企業がリプレゼンテーションと表現の自由のバランスをスクリーン内外で保とうとするジレンマが如実に表れている。
DEI(Diversity, Equity and Inclusion:多様性、公平性、包括性)に特化したブティック系コンサルティング会社、レディセット(ReadySet)の共同創業者兼CEOであるイボンヌ・ハッチンソン(Y-Vonne Hutchinson)は、次のように話す。
「本来は、リプレゼンテーションと表現の自由が対立するのは好ましくありません。でも時には相容れないこともあります。コンテンツが特定の個人やコミュニティに弊害を及ぼすこともありえますから」
ネットフリックスでは2021年10月、トランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)のジョークを含んだデイヴ・シャペル(Dave Chappelle)のコメディ『デイヴ・シャペルのこれでお開き』がネットフリックスで配信されたことに反発し、一部の従業員がストライキを決行した。ネットフリックスは社内通達やインタビュー取材を通して、この抗議活動を支持すると表明している。
今回ガイドラインに追記された芸術的表現の項目でも、そのような抗議を改めて容認する姿勢を見せている。「誰もが当社のサービスをすべて気に入り、賛同するわけではありません」として、次のように続けている。
「私たちは共に仕事をするクリエイターの芸術的表現を支持し、多様な視聴者や好みを考慮してコンテンツを制作します。何が適切なのかを判断するのは視聴者であり、ネットフリックスが特定のアーティストや発言を検閲することはありません」
このことに関し、「ネットフリックスは従業員の不満というコストと、アーティストへの忠誠心から得られる恩恵を天秤にかけているんです」と話すのは、米資産管理会社ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のアナリスト、マイケル・パクター(Michael Pachter)だ。
「ネットフリックスはデイヴ・シャペルだけでなく多くのアーティストに巨額の投資をしていますからね。おとがめを受けずに自己表現ができる安全な場だと、クリエイターに思ってもらいたいのでしょう」
社内騒動のコストよりクリエイターに肩入れするほうがメリットが大きいと踏んでいるのだろう、とパクターは見る。「社員が大量に辞職でもしない限り、カルチャーガイドラインの改訂を撤回しないでしょう。あるいは幹部がごっそり辞めたとなれば、見直すかもしれませんが」
価値観を体現する行動を
新たなガイドラインには、リプレゼンテーションや倫理、社会貢献の3つの項目が新設されたほか、「valued behaviors(バリューに沿った行動)」(以前は「real values(重視されるバリュー)」)と表現を変えたり、同社の求人サイトの「ワーク・ライフ・フィロソフィ」にも二重で掲載されていたストックオプションの項目を削除したりするなど、細かい調整も加えられた。
新たに追加された、「リプレゼンテーションの重要性」という項目には、「ネットフリックスの会員はスクリーン上で多様なストーリーや人物を視聴したいと考えているため、私たちの職場やリーダーにも多様性が反映されるべきです」と記されている。
この文言は、こうした価値観を明文化した点では進歩だが、それが実践されて初めて効果が得られるものだ、とレディセットのハッチンソンは言う。
「実際はちょっと複雑なんです。リプレゼンテーションに関する部分は重要ですが、ガイドライン全体と照らし合わせてみる必要があると思います」とハッチンソンは話す。
ハッチンソンいわく、メディア企業にとってエンパワーメントへの投資——これまで見過ごされてきた声を拾い上げ、多彩なストーリーの発信やマーケティングに企業が資金をどれほど投入しているかは、リプレゼンテーションと同じくらい重要だ。
「ホリスティックアプローチ(さまざまな媒体を組み合わせ、広告効果を最適化する手法)をとることが理想です」とハッチンソンは話す。
ネットフリックスが5月17日付で大量解雇したことで、インクルージョンをめぐる同社の取り組みには懸念の声が上がっている。特にネットフリックスのファンサイト「Tudum」やバーティカルメディア(黒人に特化したStrong Black Lead、LGBTのMost、アジア・太平洋諸島系のGolden、ラテン系のCon Todo)事業から解雇された人の多くは、女性や有色人種だったからだ。
ネットフリックス広報担当者はInsiderの取材に対し、一部のTudumの従業員については、契約社員からフルタイム社員へと転換したと回答している。
「当社は、ソーシャルメディアに関する重要な業務を社内に移行するなど、そのサポート体制を見直しています。当社のソーシャルメディアは成長とイノベーションを続けており、それらに多額の投資を行っています」と広報担当者は話す。
リプレゼンテーションに関する指針は、芸術的表現に関する方針と見解が対立する可能性がある。後者はこう結んでいるためだ。
「たとえ個人的な価値観に反する作品であっても、私たちは社員として、ネットフリックスが多彩なストーリーを提供するという原則を支持します。職務によっては、有害と感じる作品に関わる必要があるかもしれません。もし当社のコンテンツの多彩さを支持しがたいと感じるのであれば、ネットフリックスはあなたにとって最適な職場ではないかもしれません」
つまり、ネットフリックスの社員は自身が賛同できないコンテンツにも携わるよう求められているということだ。仮にトランスジェンダーの社員が、自分のアイデンティティを疑われたり、損なわれたりするプロジェクトに取り組むよう強いられるとすれば、社内で不満が高まるだろう。実際にこれがもとでシャペルの番組への抗議活動に発展している。
リプレゼンテーションと芸術的表現、どちらがより重要なのか。不満がくすぶるなか、ネットフリックスに重い問いが投げかけられている。
※最新のカルチャーガイドラインと旧バージョンの比較はこちら
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)