東京・上野の東京国立博物館(東博)が創立150周年を記念し、所蔵する国宝の全作品を展示する特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』を10月18日~12月11日に開催する。5月20日の記者会見には担当する研究員が登壇し、特別展への意気込みと見どころを専門家の視点から語った。
「次にできるとしたら50年後かも……」
東京・上野の東京国立博物館(東博)は創立150年を記念し、10月〜12月にかけて所蔵する国宝の全てを展示する特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』を開催する。
記者会見での解説資料スライドより/Business Insider Japan
展覧会のキーワードは「89件の国宝」と「150年の歴史」だ。
“国宝”と“歴史”を軸に「東京国立博物館の国宝」と「東京国立博物館の150年」の二部構成となる。
東博の所蔵品はおよそ12万件。このうち所蔵の国宝89件に加え、重要文化財24件を含む選りすぐりの計150件の作品を特別展で公開する。
東博の国宝所蔵数は、一つの博物館としては国内最大のコレクション。内訳は以下の8分野に及び、日本の国宝(美術工芸品)のおよそ1割を占める。
- 絵画(21件)
- 書跡(14件)
- 東洋絵画(4件)
- 東洋書跡(10件)
- 法隆寺献納宝物(11件)
- 考古(6件)
- 漆工(4件)
- 刀剣(19件)
これら89件の国宝を一定期間に一挙公開することは、東博150年の歴史でも初めてのことだ。
博物館では通常、文化財の保存と公開の両立を図るため展示品の公開期間を制限している。そのため、およそ1年〜数年間のサイクルで分野ごとに数点ずつ計画的に公開するスケジュールを組んでいるという。
つまり、一定の期間にまとめて公開するためには、数年後を見越して展示計画を調整する必要がある。
特別展を担当する東博の研究員で列品管理課登録室長の佐藤寛介さんは「各分野の研究員の理解と協力により、創立150年だから奇跡的にできたこと。仮に次にできるとしたら50年後になるかもしれません。この展覧会にかけている意気込みを感じ取っていただければ……」と、この特別展にかける思いを語った。
展示方法にもこだわる。作品によって素材や形状も多種多様なため、それぞれに最適な展示デザインや照明を追求し、「理想的な展示空間と最高の鑑賞体験」を目指すという。
ここからは「東京国立博物館の国宝」で展示される国宝89件のうち、佐藤さんが解説した「見どころ」を紹介する。ぜひ、鑑賞の参考にしてほしい。
・絵画
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:絵画では、平安仏画の「孔雀明王像」や室町水墨画の「秋冬山水図」(雪舟等楊筆)、桃山絵画の「檜図屏風」(狩野永徳筆)、江戸絵画の「鷹見泉石像」(渡辺崋山筆)など21件を展示。まるで日本美術の教科書のような、豪華な内容です。
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」は、鎌倉時代に描かれた現存する最古の合戦絵巻で、武士たちが身につけた甲冑や刀剣をリアルな描写がみどころです。
これまではスペースの都合で限られた場面しか展示できませんでした。今回の展示では展示期間は2週間と限られていますが、全長9メートル50センチの全場面を展示します。
・書跡
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:書跡は、日本美術の中で絵画と並んで高く評価されています。
「円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書」は、日本的な和風の書を生み出した三跡(三蹟)の一人、小野道風の数少ない真筆の一つです。
2024年のNHK大河ドラマの主人公が紫式部になったと発表がありました。紫式部は『源氏物語』の中の一節で、小野道風の書を「今風で素晴らしい」(「手は道風なれば、今めかしうをかしげに」)と絶賛しました。
紫式部をときめかせた小野道風の書を見ることができる貴重な機会になります。
佐藤さん:「元永本」とよばれるこちらの古今和歌集は、ほぼ完全な形で伝わる現存最古の古今和歌集です。流麗な書の美しさ、華麗な装飾が施された紙の美しさも見どころです。
・東洋絵画、東洋書跡
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:中国の書画は日本の書画の発展に大きな影響を与えたとともに、調度品として有力者たちが大切に伝えてきました。こうした由来、伝来も見どころの一つです。
「紅白芙蓉図」は中国南宋の宮廷画家・李迪(りてき)の代表作で、南宋の花鳥画の最高峰の一つです。
佐藤さん:「虎丘紹隆あて印可状」(流れ圜悟)は、中国北宋の禅僧・圜悟克勤(えんご・こくごん)が弟子の虎丘紹隆に書き与えた印可状(お墨付き)です。
墨蹟(禅僧の筆跡)では現存最古のものといわれ、墨蹟の筆頭に挙げられる名品中の名品です。
この書が桐の筒に入った状態で鹿児島県の坊ノ津海岸に漂着したという言い伝えから「流れ圜悟」とも呼ばれます。
・法隆寺献納宝物
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:聖徳太子ゆかりの奈良・法隆寺から明治11(1878)年、皇室に献納されたものです。
戦後、東博に引き継がれた319件のうち11件が国宝に指定されています。
古代の美術工芸の貴重な品々で、正倉院宝物より更に古い7世紀のものを含んでいることも特徴です。
写真の「竜首水瓶」は法隆寺献納宝物の代表的なもので、金属製の水瓶(水差し)です。
器全体の形はペルシア風、注ぎ口は中国風で龍の頭をかたどっています。胴体には4頭のペガサスが彫刻されており、シルクロードを介した東西の文化交流によって生まれたものとされています。
・考古
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:銅鐸は、弥生人の米作りのお祭りに使われた可能性があると考えられています。
表面には、当時の人々の暮らしぶりや生き物など絵画が記されており、弥生人の世界観、美意識、技術力の高さを教えてくれます。
「埴輪 挂甲の武人」は、何度も切手のデザインに採用されたり教科書にも乗っているので、日本一有名な埴輪かもしれません。
大規模な修理のためしばらく展示されていませんでしたが、3年に及ぶ修理後の初公開になります。
修理に際した調査・研究が修理にも生かされ、その成果もご紹介します。
・漆工
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:漆を用いた工芸品は東アジア各地で見られますが、日本では「蒔絵」という金の粉末を用いた技法が独自に発達しました。
「片輪車蒔絵螺鈿手箱」と「片輪車螺鈿手箱」は、平安時代末期〜鎌倉時代にかけて高度に発展した日本の蒔絵の代表的な作品です。
「舟橋蒔絵硯箱」と「八橋蒔絵螺鈿硯箱」は江戸時代のもので、時代としては若いものながら、それぞれ本阿弥光悦と尾形光琳という天才的な芸術家の卓越したデザイン感覚によって生まれた唯一無二の造形。これが高く評価され、国宝となりました。
・刀剣
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:東博の国宝としては刀剣は絵画に次いで数が多く(19件)、一つの博物館の所蔵数としても日本最多です。
今回は「国宝刀剣の間」と名付けた部屋で全期間を通じて展示します。刃文や「打ちのけ」をより美しくご覧いただけるよう、ケースの形状や照明にもこだわります。
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:刀剣をテーマにした人気ゲームのキャラクターになった6振の国宝刀剣も勢揃いし、ファンの皆さまをお待ちしております。
一振ずつ、じっくりでもよし。時代や地域による違いを見比べるもよし。それぞれの刀剣がもつ物語に思いを馳せるもよし。日本刀の魅力にドップリと没入していただきたいと思います。
刀剣についてはもう少し詳しく説明させてください。
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:「太刀 銘 三条(名物 三日月宗近)」と「太刀 銘 安綱(名物 童子切安綱)」はともに有名な太刀ですが、刃の部分の寸法が奇遇ながら全く同じなんです。刃の長さが80センチ、反りが2.7センチあります。
しかしながら、刀身のシルエットが随分違うとお気づきになると思います。
三日月宗近は刀身が細身で、手元の部分が強く反って先が細くなっている。全体的に優美な印象を与えます。
一方、童子切安綱は刀身が全体的にカーブを描いており、ガッシリとした力強さがあります。
これは京の都を拠点とした宗近に対し、伯耆国(現在の鳥取県)を拠点とした安綱という作者の居住地の地域文化が刀の姿に反映されているのではないかと思います。
記者会見での解説資料スライドより。
撮影:吉川慧
佐藤さん:「太刀 銘 吉房(岡田切)」は備前国(現在の岡山県)の福岡一文字派の吉房の代表作で、「刀 金象嵌銘城和泉守所持 正宗磨上本阿(花押)」が相模国(現在の神奈川県)の刀工・正宗の作になります。
両方とも「力強い作風」と評されますが、その表現や印象はかなり違います。
吉房は華やかな刃文を刀身全体に焼き入れることで、外向きの力強さを表現している。それに対し、下の正宗は地鉄や刃文を強調することで、内に秘めた強さ、内在する力強さが表現されている。
こういった違いは、やはり実物をじっくり見ることで感覚的に理解できるものだと思います。なかなか写真や言葉では伝え切れない部分があるので……。
やはり刀剣に限らず国宝になるような作品は、自らオーラのようなものを発しています。
佐藤さんは刀剣・甲冑などの研究が専門。取材時に「岡山県出身なので、個人的には“大包平”など備前刀が好きですね」と教えてくれた。大包平は今回の特別展でも展示される。
撮影:吉川慧
佐藤さんは会見後、Business Insider Japanの取材に対し、今回の展示の魅力について、こう語ってくれた。
実物でしか味わえないものってやっぱりありますよね……。
国宝の刀剣が普段、リアルの同じ空間で並ぶことってまず無いんです。展示スケジュールがあるので、同時展示があっても二振りぐらいなんです。
それを一つの空間で19件を全て並べるのは初めてのことで、ある意味“神降臨”みたいな……。圧の強い、濃密な空間になると思います。
ぜひ、その雰囲気を味わってほしいです。もちろん、私も味わったこともないんですよね……。そんな特別感を味わっていただければと思います。
150年の歴史を「追体験」しよう。
国立東京博物館は今年で150周年を迎える。
撮影:吉川慧
第二部「東京国立博物館の150年」では、日本の博物館の歴史とも言える東博の150年を3部構成で紹介する。
東博は、1872年に旧湯島聖堂の大成殿で開催した博覧会を機に発足した「文部省博物館」をルーツに持つ。1882年には現在地に移転。その後、旧宮内省の所管となり、1889年には帝室博物館に。日本最大の博物館の礎となった。
プレス資料より。
撮影:吉川慧
1923年の関東大震災では旧本館が損壊する被害を受けた。太平洋戦争中には美術品を疎開させ、戦争末期には観覧中止に。食糧難から敷地を農地として開放したこともあった。
終戦後は1946年3月に観覧を再開。1947年に宮内省から文部省に移管され、52年に「東京国立博物館」となった。現在は文化庁の所管となっている。
今回の特別展では、こうした明治〜令和まで150年の歩みを「追体験」できるような展示構成にするという。
約100年前の展示ケースなども活用し、レトロな展示空間の再現を試みるという。明治天皇が明治維新後の東京行幸で京都から乗った鳳輦(ほうれい)も展示する。
プレス資料より。
撮影:吉川慧
東京帝室博物館時代に展示していたキリンの剥製標本も、約100年ぶりに国立科学博物館から里帰りさせる。戦後に収蔵されたコレクションにも焦点をあて、最新の収蔵品である2メートル80センチの「金剛力士像」も公開する。
プレス資料より。
撮影:吉川慧
2021年11月、佐藤さんは東博150年の歴史を振り返る意義についてBusiness Insider Japanの取材にこう語っている。
東博の150年の中でどのようにコレクションが形作られていったか。国宝の1割という質・量とも圧倒的な東博のコレクションを皆さんと一緒に味わっていただきたいです。
いつ頃、どういった経緯で所蔵品がコレクションに入ったのか歴史的な経緯にも触れつつご紹介します。
博物館の命はコレクションです。それが150年の歩みの中でどのように形作られていったか。これが実は日本近代史の流れとリンクしているんですよね。
(渋沢栄一が主人公だった)NHKの大河ドラマ『青天を衝け』と同じ時代に、東博は産声をあげています。まさに日本の近代化と博物館の歩みを、東博は体現していると思います。
150年という、かけがえのない機会でのみ実現できる、素晴らしい展示になると思います。このタイミングでこそ、精一杯できる展示をして、至高のものを御覧いただきたい。
リピーターの方はもちろん、東博にお越しになったことがない方にとっては、まるっと東博の魅力を味わえる機会になります。初めての方にこそご来場いただきたいと思います。
富田淳副館長も「展示される作品は、ドラえもんで言うところの『どこでもドア』なんです」と表現。実物の作品に触れることで「ドア」を開けて、歴史や美術の流れ、様々なドラマ、東博150年の歩みに想いを馳せてほしいと話した。
銭谷眞美館長は「新しい生活様式による社会の変容の中にあって、私たちも大きな節目を迎えます。150周年は博物館のありかたを再確認して『私たちにとって、博物館がなぜ必要なのか』を考える機会だと受け止めています」と挨拶。
その上で、「過去と未来の架け橋として、広く社会をつなぐプラットフォームとして、皆さまと一緒に新しい一歩を」と、150周年への想いを語った。
特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』のポスター。「すべて公開」の文字通り、所蔵する国宝の全作品を公開する。
撮影:吉川慧
なお、『国宝 東京国立博物館のすべて』で展示される国宝89件は、作品保護の観点から期間中に展示替えがある。
絵画・書跡は前期(10月18日〜30日・11月1日〜13日)と後期(11月15日〜27日・11月29日〜12月11日)で大きく入れ替わる。長谷川等伯の「松林図屏風」など、2週間のみ限定で展示される作品もある。89件の国宝を全て見たい場合は、公開日程に注意が必要だ。最新情報は随時、公式サイトをチェックしよう。
展示スケジュール1(2022年5月20日発表時点)
撮影:吉川慧
展示スケジュール2(2022年5月20日発表時点)
撮影:吉川慧
(文・吉川慧)